よく似た世界
楽しい時間は、すぐに終わってしまう。
一応今日のレストランは、完全予約制かつ、部屋の数である三組までしか一日にお客を取らない、リラックスした雰囲気と、きめ細やかなサービスが売りの高級店なので、長居しようと思えば出来た。
けれど、一通り食事を終え、蝋燭が燃え尽きようとする時間は、確かに丁度いいのだ。
それ以上、楽しみを引き延ばそうとすれば、きっとその時間は楽しみとは呼べないものになってしまう。
それに、一番楽しい時間が終わっても、私はこうして皆と屋敷への家路を辿っている時間が、嫌いではない。
少し目線を上げて、星空を見た。
地球とは違う――ような気がする。
私は天文少女ではなかったけれど、冬と夏の大三角、それにオリオンや北斗七星ぐらいは分かる。
今なら死兆星見えるんじゃないかと北斗七星を探したら、それ自体が見つからなかったのは、いい思い出だ。
やっぱりどこか違う惑星なのだろうか。
この世界は、地球によく似ている。
一日は二十四時間。
一年は三百六十五日。四年に一度うるう年を入れて調整している。
太陽は一つ。
重力は多分1G。
魔族や魔獣もいるけれど、人間を含めた同じ生き物がいて、野菜や果物にも、知っている物が多い。
言語だって、そうだ。
魔法の名前はちょいちょい英語だし、主観的には私は日本語を喋っているのだが、通じている。
文字は読めないものが混ざる時があるけれど。
ここが未来の地球とか、過去の地球とか、そういう事を考えてしまうぐらい似ている世界だったが、大陸の地図はパンゲア含めて私の知っている世界とは特に似ていない。
だから私が立てた仮説は、次のようなものだ。
無数の世界が存在し、異世界からの召喚呪文とは、似ている世界にのみ干渉する事が出来る。
何故か似ている、のではなく。
実は同じ、なのでもなく。
『似ているからこそ、そこの住人を呼び出せた』のではないかと。
それは、どんな確率だろう。
ほとんど同じ星の大きさで。
文化が似ていて。
言語が似ていて。
生物相も似ていて。
天文学的、という確率を超えて、きっとそれは数学の深淵を覗き込むような確率だ。
猿がランダムにキーボードを打ったらシェイクスピアの戯曲が完成する事があるかもしれない――ありえない確率でも、可能性があるなら否定は出来ない時に使われる例えだ。
この世界は、きっとランダムな戯曲。
この世界は、きっとその確率を超えて、私の世界と繋がったのだ。
他にどれぐらい似た世界があるのか、分からない。
さらにその中から私が選ばれた理由も。
経緯からして、ランダムだとは思っているけれど、体質や人種が関係する可能性は十分にある。――特に、魔力量だ。
私は、確かめるつもりはない。
知的好奇心はあるが、異世界への強制召喚というのは、されて愉快な行為ではないのだ。
ここは、私の生まれ故郷ではない。
たまに醤油とか味噌とか大豆由来の食品が恋しくなる。
家族や友人に会いたいとも思う。
沢山の記憶が欠落した私が、本当にその人達にとっての家族や友人でいられるかは、また別の話だけど。
……この世界に来たのが、『私』ではなかったら。
人格者で、人を説得する術を知る、優しい人だったら。
医療技術持ちとかで、人の殺し方ではなく、人の救い方を教えられる人だったら。
殺し合う以外の未来を示す事が出来る人だったら。
もしかしたら、戦争を終わらせられたかもしれない。
私の世界では、未だ道の途上ではあっても、少しずつ人は争いをやめようとしているのだから。
でもきっと、優しい人は、あの城壁の上で死んだだろう。
私は、人間扱いされなかった。
話など聞いてもくれなかった。
燃料として、使い潰されるだけの存在だった。
だから私は、尊厳を取り戻すために抵抗した。
せめて人間として死ぬために、とてもよく似た世界の……『人間』を、この手で殺したのだ。
私がこの世界に来た事に、きっと特別な意味はない。
けれど私は、あの場所で、命を拾った。
ブリジットに助けられて。
リズに出会って。
どんな事をしても、守りたいものが出来た。
きっと、こんな風にして人は戦争をしたのだろう。
人が人を殺してはいけない理由なんて……別にないのだ。
ただ、世界が平和なら、きっと今日のような幸せを味わえる人も多くなるというだけで。
「ところでマスター。今日のとこ、高級レストランじゃないですか?」
「――うん、まあね」
深い海のような思考の底で、リズの声が聞こえて、ふっと現実に引き戻された。




