47、タダほど怖いものはない
改めてメガネのおさげの女の子……ニアちゃんと、マルセルさんの話を聞いた。
どうやらマルセルさんは、人から服のインスピレーションを得るタイプの仕立て師……デザイナーさんなのだとか。今回は丁度目の前を通った私たちに焦点が当たったらしい。
「店長はお客さんがいない時、大体外にいます」とはニアちゃん談だ。毎日数時間は通る人たちを見て、そこからデザインを描いているらしい。
「朝、昼、晩に分けて見ているのよ。やはり服は一日中着るものだからねぇ」
「店長、もう少しお店を手伝ってくださいよぉ……」
「あら、ちゃんと手伝いは雇っているじゃない?」
「そうじゃなくてぇ……」
肩を落とすニアちゃん。まあ、マルセルさんは相当な自由人みたいだから大変そう。きっと彼女には彼女しかわからない苦労があるんだろうな、と思う。
「それよりも、何故俺たちは呼ばれたんだ? 服の図案を描くだけだったら、別に店に拉致……引き込まなくても良いと思うのだが」
エクス、ニアちゃんに釣られたのか拉致って言っちゃったよ……。まあ、完全にあれは拉致だったけどさ。
そういえばニアちゃんが、『気に入った人は拉致してくる』って言ってたよね……え、もしかしてモデルになれとかそんな話? そんなモデルになるような美貌は……してるわ。スタージアが綺麗すぎるのよ。
エクスもこの国では珍しい黒髪だし、なんだかんだ顔立ちは整っているのよね。
マルセルさんは両の手のひらを合わせて、微笑んだ。
「それなんだけど、お願いしたいことがあってね? 最近冒険者用の服を作ろうと思っているの。その試作……二作くらいかしら? をアナタたちに着てもらえないかしら? アナタたち冒険者でしょう?」
彼の話によれば、この『メゾン・ド・マルセ』で販売している服は普段着と正装の二種類なのだとか。生地からこだわり、腕によりをかけて作られる洋装は非常に人気で、王都にも支店ができているほどだ。
多くの貴族たちがこぞって彼の制作した盛装を手に入れようとするほど、貴族間では人気デザイナーの一人なのだそう。
王都でも望まれている彼が何故ここから離れないのか、理由はひとつだ。ダンジョンで入手できる素材を利用して服を作っているからである。では、ダンジョンのお膝元であるこの街で、何故彼が冒険者用の服を製作していなかったかと言うと――
「やっぱりここにいると、冒険者用の服も作ってみたいなと思うんだけどね……今まで忙しくて手が付けられなかったのよ。やっと時間が空いたわーと思って道行く人を観察していたら……なんと私の目の前を、服の広告になってくれそうな二人が通っているじゃない! 本当に天からの思し召しかと思ったわ!」
「つまり、店長はエクスさんとマリさん用に服を誂えますので、それを着ていただければ……という話です」
「ええ。ニアの言う通りよ。と言っても、別にここで製作したと言いふらさなくて良いわ。聞かれたら答えるくらいで」
あー、歩く広告塔ってやつかな? と私は判断した。日本の時の私だったら、その辺の人に混じってしまうかもしれないけれど……スタージアの顔だったらそうなるよね。
よく見れば、マルセルさんは私たちと話しながらも、左手はスケッチブックの上。しかも喋っている最中もペンがずっと動いたままだ。そしてたまにページを捲る音がする。どうやら想像図を描き終えて、次に進んでいるらしい。
エクスも彼の異様な様子に気がついたのか、少し顔が引き攣っている。確かに、私たちの方へ顔を向けながら、左手は機械のように休むことなく動いていたら……ちょっとシュール。
それよりも、お礼で二着渡してくれるなんて……マルセルさんは結構太っ腹なのね。と思っていたら、ニアちゃん曰く普段は一着らしい。どうやら、今までにないほど多くのイメージが湧いているらしく、いつまでもマルセルさんの手が止まらない。ニアちゃんもそのことに驚いているくらいなので、相当なのだろう。
「貰えるものなら貰うが、お願いはそれだけか?」
エクスはマルセルさんに答える。そうよね、日本でもそうだった。タダより怖いものはないのよ?
警戒するエクスと私。そんな私たちの顔を見て、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしたマルセルさんだったが、にっこりと笑った。
「そうね、あともうひとつお願いがあるのよ。今のところではあるんだけど、その服に必要な素材がダンジョンにあってねぇ……指定した数の分、取ってきてもらえると嬉しいわ」
「もし依頼された素材が入手できなかったら、どうするんだ?」
「あら、どうもしないわよ? ただ、その時は申し訳ないのだけど、服が無料で渡せないかもしれないわ。でも、欲しい素材は上層から中層にかけてだから、鍛錬のついでに取ってきてもらえると助かるのよ」
どの層まで行くのかは分からないけれど、鍛錬のついでなら取って来られるかもしれない。そもそもモデル料に二着服を貰うのは、流石に多い気がしなくもない。いくら広告塔とは言ってもね。だって、先ほどちらりと値札を見たら、日本で言う百貨店内に入っているブディックくらいの値段はしそうなのよね……この店。貴族御用達、っていう理由が分かる気がする。
エクスの協力が必要だけど……ついでで良いなら、素材を納入するのもありだと思う。
そんなことを考えている私。一方でエクスの考えは分からない。どうするんだろう、と不思議に思っていると、マルセルさんが口を開いた。
「そんな無茶な依頼をするつもりはないわ。それに、アナタなら大丈夫だと思うのよ。ねぇ、『荒咬みのエクス』くん?」
「知っていたのか……」
「数年前に私も冒険者としてダンジョンに入っていた時、実はアナタを見かけたことがあるのよ。今回は……アナタがその時に降りていた階層までの素材を依頼する予定だから、引き受けてもらえると嬉しいわ」
そう言って片目を瞑るマルセルさん。
彼曰く、数年前までは自分で服の材料を取りにダンジョンへ入っていた時期もあったらしい。今は滅多に入ることはないけれど、単独でダンジョンへと入るらしいので、相当の実力者なのだろう。
エクスはまだ考え込んでいた。そこまで深く思考している理由は――
「ねえ、エクス。それくらいなら良いんじゃない?」
「マリ……」
多分私の存在だ。
最近思うの。エクスは私に対して過保護になっている気がする。あの名前の思い出せない……黒ライオンの件からね。
だから、私がエクスの背中を押しても良いはずだ。




