【ハンスからのプロポーズ①(Marriage Proposal from Hans)】
「お疲れ様!」
「ナトちゃん、まだ帰らないの?」
「ああ、まだ少し調べたいことがあって……悪いけどエマ、先に戻っていてくれ」
「OK!」
エマとニルスの2人にはバレバレな事は分っている。
けれども少しでも長くハンスの傍に居たくて、様々な理由を着けてはパソコンや専門書の置いてある司令部に入り浸っている。
なのにハンスはいつも連れなく、パーテーションの向こうの司令官室に戻ってしまう。
でも今夜は違う。
珍しく、司令部の居室で私と同じように何かを調べていた。
「何を調べている?」
「地理と化学」
ハンスに聞かれて、専門書のページを捲りながら、素っ気なく答える。
本当は、ハンスと少しでも長く居るためなのに。
「そっちは?」
「俺は、何も」
「じゃあ何のために、ここに残っている」
「お前が居るから」
司令部の責任者として残っていると言う意味は分かっているつもりだったが、急にそんな事を言われて心臓がトクンと鳴った。
「揶揄うな」
「揶揄っていると思うのか?」
「いや……」
資料に向けて俯いていた顔を起こせないまま答えた。
心臓がドキドキと早鐘を打ち鳴らし、体が抱きしめて欲しいと痺れるように疼く。
興奮した息の漏れる音が、ハンスに聞かれそうで怖い。
「なあ、この任務が終わったら、一度俺と一緒にドイツを旅行してくれないか?」
「ケルン大聖堂やノイシュヴァンシュタイン城を案内してくれるのか」
「ああ、お前が行きたい所は、どこでも案内してやる」
いつになく落ち着きのないハンスが、それを隠すために明るく応えるが、違和感しかない。
「おかしいぞ。何を隠している?」
回りくどいのは嫌だから率直に聞くと、意を決したようにハンスが席を立ち、こっちに向かって歩き出す。
“何!?”
何だか訳の分からない予感めいた物を感じて、体が硬直して動けない。
コツコツと近づいて来る足音が心臓の鼓動とシンクロする。
椅子に腰かけた高さに合わせるように、ハンスが私の前で膝をつく。
「両親に会って欲しい」
「何のために……」
カラカラに乾いた喉から出した声が掠れてしまった。
「初めて会ったあの日から、ずっと好きだった。これからもズット一緒に居たい」
ハンスの手が私の手を包み、小さな小箱を握らされた。
“これは……?もしかしてプロポーズ?”
“ナトー”
夜中に急に目が覚めた。
薄っすらと起きているのではなく、妙にハッキリと。
確かに今、誰かに呼ばれた。
おそらく夢の中このことに違いない。
でも声は外から掛けられた気がした。
ジャージの上にコートを羽織り外へ出る。
星が奇麗。
ひょっとして、お前たちが私を呼んだのか?
星たちが“そうだ”と言わんばかりに、一斉に瞬いてみせた。
「フッ」
その瞬く煌めきが可愛らしくて、思わずホッと息が漏れる。
「観客は一人。チケットも買っていないけれど、いいですか?」
“いいとも。だが時間までだ。それでいいか?”
「It's no use.Thank you(かまいません、ありがとうございます)」
そう答えると、一瞬今まで瞬いていた星たちの動きが止まる。
チケットもポップコーンもなく、そして寄り添ってくれる人もなく……そう、目の前にあるのは瓦礫に埋もれていたあの日の様に真っ暗な闇。
「Open Sesame」
言葉も知らない赤ん坊だったはずなのに、何故かそう言った気がして口ずさんでみた。
すると直ぐに真夜中のショーは始まる。
幾つもの流星が北の空からこっちに向かって、流れてはすぐに夜空に消える。
赤や青色に光る尾を引く、火球クラスも幾つも飛んでくる。
次第に流星群は激しさを増し、北の空だけではなく西の空からも飛来して、真っ暗な夜空に幾つもの綺麗な線を描く。
空気の抵抗に負け、空中で砕け散る火球の破片。
まるで花火大会の様。
静かに目を瞑ると見えてくるのは、その花火大会とは似ても似つかない光景。
あちこちの地面で花火が炸裂し、火花や炎が飛び散る。
動き回る兵士たちの間を一直線に飛び交う流星。
空から地上に向かって降り注ぐ火球。
これは花火大会ではない。
戦争だ。




