【国家安全保障会議①(National Security Council)】
久し振りにハンスと一緒に食事が出来て、この上もなく楽しかった。
会議まで少し時間があったので、私は一旦ハンスと別れて隣の病院に走り、ユリアに会いに行った。
「あら、ナトちゃん早速来てくれたのね」
病院が貸し出すパジャマを着た元気そうなユリアを見てホッとする。
「メディカルチェックは?」
「何ともないわ。と言っても本番は明日らしいけど」
「えっ、じゃあ今日は?」
「聴診器と血圧、尿検査と視力・聴力にレントゲンのあと血液採取して問診って感じで、普通の身体検査ね。明日はMRIなどを使ってもっと専門的にみるらしいの、大袈裟ね」
ユリアは大袈裟だと言って笑ったが、私はそうは思わない。
ミサイルに追われて、200キロ近い猛スピードで木々を薙ぎ倒したとはいえ、山に不時着したのだから体は相当なダメージを受けているに違いない。
今元気でいられるのは興奮状態が続いているからに違いないが、それが覚めたときが心配でならない。
万が一脳に血栓があった場合一晩で死に至るケースと有ると言うのに、MRIを明日にするなんて、なんてのんびりした病院なんだ。
あまり時間がなかったので、ユリアにはそういう可能性もあるからと伝えて、熱いシャワーを浴びたり動き回ったりしないようにと伝えて帰った。
ユリアも私が心配しているので、分かったわと素直におとなしく過ごすと約束してくれた。
ユリアと別れて病院を後にして再びホテルに向かうと、まるで私をずっと待っていたかのように、食事を終えて別れた位置のままハンスが立っていた。
“まさかね……”
ハンスは忙しい身だから、私が病院に行っている30分もの間、何もせずこんな所に立っているはずがない。
「ハンス」
何故か近付いて声を掛けるまでハンスは私に気付かなかった。
「ユリアは大丈夫だったのか」
「勿論よ。だって彼女は、空のエースなんだもの」
「それにしても、200キロ近いスピードからの着陸だぞ」
「分かっています。ですから安静にして置くようにチャンと伝えました」
ハンスがユリアの事を心配してくれているのが、まるで自分の事の様にうれしくて、思わず子供がするように手を握って前後に振ってしまった。
20時00分丁度に迎えが来て、私たちはいったん義勇軍の仮事務所でニルスの作成した会議資料に目を通して、20時30分にニルスに呼ばれて会議室に案内された。
「あれ、ニルス中尉は?」
帰ろうとするニルスに声を掛けると、今日の勤務はこれで終わりだと言って帰って行った。
会議室には大勢の閣僚や軍の上層部が居て、チェルノワ大統領も出席していた。
「たいそうなメンバーだな」
「ウクライナの重大問題にかかわる事ですから」
私の呟きに、ニルスが同じように小声で呟き返す。
「発言を求められることはないかも知れんが、もし発言を求められても控えめにしろよ」
ハンスが私に釘を射す。
私たちはイザック准将の後ろの席に座り、会議が始まった。
先ず内務省の官僚から、現在の治安状況の説明があり、北部ベラルーシとの国境付近や南東部に親ロシア派の過激派が集結しつつある旨が報告される。
次に国防省の官僚が現在治安維持活動に当たる軍内部の組織変更を手掛けているが、全部隊の編成が終了するには相当な時間を要することが伝えられると、他の部署の官僚から次々と質問があった。
「それはロシア系の排除に時間が掛かると言う事か?」
「まだ排除と言う段階では……」
「ロシア系移民が誰なのか、把握していないと言う事か?」
「把握は出来ています」
「だったら何故そんなに時間が掛かる。ロシア人を前線部隊から外してしまえば済む話だろう!」
「隊員たちには様々な役割があり、それで1つの部隊として成り立っているのです。それにあからさまに排除することは、他の隊員にも影響が及ぶかと」
「影響は既に及んでいる!ナトー中尉の報告書によれば、音信不通になっていた救出部隊では既にロシア系隊員による裏切り行為が行われて多くの隊員を失っているではないか」
「今は治安維持のため迅速な軍の立て直しが必要で、ロシア系が隊に交じっていたのではいつ裏切られるか分からなくて隊員たちも任務どころではないだろう!」
「皆一様に訓練で技術を身に着けているのだから“案ずるより産むが易し”“習うより慣れろ”で直ぐに軍が機能する方向で進めてもらいたい」
「そうだ。敵がまだ少数のうちに徹底的に叩いておかないと、ドンバス戦争の二の舞になるぞ!」
各大臣や閣僚が、軍部の対応の遅さを非難し始める。
「警察はどうなんだ!?ナトー中尉の報告書では、警察のパイロット2名が過激派組織の一員を輸送したとあるが、大丈夫なのか?」
「消防庁は、どうなっている!火災の際に従来通りに行動できるのか!?」
「経済戦争への対応はどうなんだ。送金などのシステムがダウンすると大変なことになるぞ」
非難の流れは国防省に留まらず警察を管轄する内務省にも飛び火し、さらに消防など管轄する保安庁や経済省などにも連鎖して、会議はそれぞれの省庁への責任追及合戦の様相を呈し紛糾していった。




