【国防省へ③(To the Ministry of Defense)】
コンコン。
ドアのノックされる音。
時計を見ると、まだ18時30分。
迎えにしては、早すぎる。
ユリア?
いや、ユリアは病院で、おそらく侵入者などが入らない様に守られているはずだから抜け出せないはず。
誰だろう……。
慌てて服を着てドアを開けると、そこにはニルスと、その後ろにハンスも居た。
“どうしてハンスが……”
その疑問が浮かぶ前に、思わず飛びつきそうになるのを堪えた。
「どうした?」
「もうナトちゃんが恋しくなったってさ」
ニルスが笑って後ろを振り返ると、困った顔をしたハンスが「馬鹿」と言った。
「っで、本当のところは?」
「夜の会議に呼ばれた」
「しかし、夜の会議までは未だ1時間以上もあるぞ」
「折角だから一緒に夕食を食べようと……これは僕が誘ったんだけど、明案でしょ」
「食事は、もう済んだのか?」
「いや」
そう言えば、今朝レーションを食べたきり、食事をするのをすっかり忘れていた。
「なら一緒に行こうよ」
ニルスに連れられて近くのレストランに入る。
メニューを見ている時、ニルスの携帯が鳴った。
「ちょっと失礼」
ニルスが席を立ち、外に出る。
「どれがおススメだ?」
「さあ、私もココ初めてだから」
「前に来たときは何を食べた?」
「ホルプツィとウハ―、それにサーラとヴァリェーニキ」
「聞いても、何の料理高分からんな」
「ホルプツィはウクライナ風ロールキャベツ、ウハ―は川魚のスープでロシア料理。サーラは豚脂身の塩漬けで酒によく合う。ヴァリェーニキはウクライナ風餃子でポーランドのピエロギやトルコのマンティに似ている」
「美味しかったのか」
「うん」
「じゃあ、それを頼もう」
わたしはチキンのストロガノフ煮込みと、ボルシチを頼むことにした。
「それにしてもニルスの奴、遅いな」
ハンスが携帯を取り出して連絡しようとしたとき、ニルスが慌てて戻って来た。
「僕の分は、まだ頼んでないよね」
「ああ。俺たちも選んだだけで、まだ注文していない」
「すまない。夜の会議に提出する資料の一部に不備があって戻らなくちゃならない。言い出しっぺなのに、申し訳ない」
それだけ言うと、ニルスは走って店を出て行った。
相変わらず、良い人。
そして、嘘が下手。
ニルスが、そんなミスをするはずがない。
最初から、ハンスと私を一緒に食事させるために、1人で企てた事なのだろう。
そう思いながら目の前に居るハンスの目を見つめると、ハンスも同じことを思っていたらしく、私と同じように困った顔の目が笑っていた笑っていた。
「よくやったな」
「ありがとう」
「闇が深そうだな」
「もう、報告書を読んだのか」
「当たり前だ。一応階級的には、俺はお前の上司だ」
「階級的にはってなんだ?もともと上司だろう?」
「今はな」
「今って……これからもズットそうだ」
「ああ」
こんなことを言われると、なんだかハンスがどこか遠くに行ってしまいそうで、少し寂しくなる。
ハンスもそのことに気が付いて「まだ仕事中だが、こう拘束時間が長くては体がもたん、軽くワインでも飲むか」と明るく言ってくれた。
食前酒として運ばれてきたワインで乾杯する。
直ぐに注文した料理も揃う。
「ワインはフランスかイタリア、スペインだと思っていたが、意外に旨いな」
「もともと旧ソビエト時代は、東側最大のワイン供給国だったからな。ところでまだ聞いていなかったが、何故義勇軍ではないハンスがここに呼ばれた?」
「……さあ、それについてはサッパリ分からん」
「サッパリ?」
「いつ決まった?」
「今日の午後13時20分。お前が民家の電話を借りて、ユリアたちの救出を報告した直ぐ後だ」
「なるほど、忙しくなりそうだな」
「腐れ縁だな」
「あー、その言われ方、チョット落ち込むかも」
「そんなに気の弱い玉か!?」
「酷いな」
グサッ!
ハンスの前に置かれたホルプツィの1個にフォークを突き刺し、頬張った。
「おぉっ!俺のロールキャベツを食いやがった!」
「油断しているからだ」
グサッ!
ハンスが反撃してストロガノフ煮込みのチキンを取って食べた。
「あぁっ!私のチキン!」
「ロールキャベツを口に入れて、トロ~ンとした目をしているからだ」
「トロ~ンとなんかしていない!」
「いいや、味に酔いしれていた」
「ええい黙れ!今度はこっちの攻撃だ!」
ハンスの頼んだヴァリェーニキを1個強奪した。
「ええい、争いは御免だ。これならどうだ!」
ハンスがお互いの皿をテーブルの真ん中に並べた。
「どうだ。これなら取り合いにはならんだろう」
ハンスが自慢げに腕を組んで威張った。




