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空想科学オカルト小説 南方呪術島の冒険  作者: 雲居 残月
第八章 古より蘇りし呪術的世界
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第五十二話 獅子と兎の狩猟ゲーム

 レオナルドは、密生する木々のあいだを懸命に進んだ。足元は木の根が這い、枝が複雑に絡み合っている。

 前に踏み出そうとすると、枝や葉、蔦などが前を塞ぐ。一歩前に出るにも、多くの時間を費やさなければならなかった。


「五分経った。行くぞ!」


 ギレルモの大きな声が響いてきた。

 長いと思われた五分は、予想以上に短かった。ギレルモの声が考えていたよりも近くで聞こえたことに焦りを覚える。

 幾ばくも前進していない。自動小銃を掃射されれば殺されてしまう。レオナルドは物音を立てないようにしながら、必死に距離を取ろうとする。


 意外なことに、ギレルモはすぐに銃を撃ってこなかった。レオナルドは闇の中、相手を探そうとする。しかし、姿は闇だけではなく、森に紛れている。

 レオナルドは気がつく。自分は迷彩服を着ている。ギレルモの目には、レオナルドの姿は森の一部にしか見えないのだ。


 少し冷静になった。周囲を見渡し、自分が置かれた状況を把握しようとする。


 夜の森には無数の音が満ちている。獣の鳴き声、虫の声、生き物や風に揺さぶられる木々の音。そうしたざわめきが、絶えず周囲を覆っている。


 巨大な羽音がした。上空を見上げると、大きなセミが飛んでいる。人間から羽化したセミかもしれない。

 足元に視線を落とすと、少し離れた場所に黒いアリの姿が見える。どこか近くの石像から溢れ出たのだろうか。他にも、数十センチメートルのトンボや、数メートルのムカデ、現在では絶滅した節足生物たちが森を移動していた。


 一歩動くと人の笑い声が聞こえてきて、ぎょっとした。前方の葉のあいだから光が漏れている。


 レオナルドは腰を屈めて覗き込む。質素な短衣の男女がいた。服の色は真紅である。クリムゾン――色の名前をレオナルドは思い出す。

 祖父に聞いたことがある。コチニールカイガラムシから取れる染料だ。中南米で古くから養殖され、利用されてきた。その色の服を身に着けた人々が、狩りの獲物を枝にくくりつけて歩いている。


 過去の世界が見えているのだろうか。レオナルドは自分の精神を疑った。時が重なり合っている。眼前の光景から、目を離すことができなかった。


 人々がなにかに気づき、膝を突いた。賑々しい装束をまとった男たちが現れる。彼らは、木の板に黒曜石の刃を挟んだ剣を持っている。

 マヤやアステカなど広く中米で用いられていたものだ。鉄器のなかった南北アメリカでは、それに代わる石器が、スペイン人との接触まで使われ続けた。この島の文明は、そうした諸文明から派生したものなのだろう。


 武装した男たちは、虫を髣髴とさせる仮面を被っていた。胸には美しい色をたたえた虫の化石を飾っている。

 レオナルドは太古の文明を、もっと見ようとして一歩踏み出す。万華鏡のように世界は変転して、葉のあいだから熱風が流れてきた。


 そこは虫の楽園だった。一メートルはあろうかというトンボが宙を舞っている。構造色をきらめかせる大振りの蝶が優雅に羽ばたいている。イシキリゼミにそっくりなセミは、三十センチメートルを超える巨体で求愛の歌を歌っていた。


 地面にはアリの姿もある。彼らは女王アリを担ぎながら駆けている。

 アリたちは、その世界では強者であり弱者であった。より大きな虫に食べられながら、集団で襲いかかり、他の虫を捕食していた。彼らは生態系の一員だった。


 レオナルドは一歩踏み出し、ゆっくりと葉をどける。明るい日差しの光景は、掻き消すようになくなった。

 葉の向こうに石像が現れた。虫の模様の入った石像は、細い溝で覆われている。その姿を見たとき、なにを模した姿なのか、ようやく理解できた。


 これはクモの巣に囚われた虫なのだ。どの石像を見ても、なんの虫なのか分からなかった理由は、クモの糸で捕縛された姿だったからだ。島に配置された石像は、時を司るクモに捕まった餌たちだったのだ。


 石像の溝――クモの糸の隙間から、時を越えて次々と虫たちが溢れ出てくる。その光景をながめながら、ギレルモにどうやって勝てばよいのか、レオナルドは考える。


 手に持った拳銃を見た。弾倉に入っている弾は一発のみだ。この弾丸でギレルモを倒すのは難しい。森の中では、相当近づかなければ命中させることはできない。そしてもし外せば、待っているのは自動小銃の掃射だ。


 レオナルドは石像の位置を正確に頭に入れる。そして目と耳に神経を集中して、ギレルモの気配を探る。

 これまで感知できなかった、様々な光や音を感じた。おぼろげながら、生き物の気配も分かる。自分の感覚が研ぎ澄まされて、超常の能力が開花しているようだ。


 離れたところにギレルモがいることに気づいた。距離はまだある。ここから撃っても当たらないことは知っている。

 レオナルドは、ギレルモの姿を見失わないようにしながら、自分の立つ場所をゆっくりと変えた。そして石像を挟み、ギレルモと対面するところまで移動した。


 罠だと悟られないようにギレルモの気を引かなければならない。そのためには、大きな犠牲を払って、ギレルモの油断を誘わなければならない。


 レオナルドは、遠方のギレルモを観察しながら拳銃を構える。そしてギレルモがこちらに顔を向けた瞬間に引き金を引いた。


 森に銃声が鳴り響く。閃光を目撃したギレルモは、レオナルドを発見して笑みを浮かべた。レオナルドは背中を見せて走りだす。


「待て!」


 ギレルモが追跡を始めた。レオナルドは必死に密林を駆ける。

 いつ銃弾を浴びせられてもおかしくない。しかし、すぐには撃ってこないだろうと予想した。ギレルモは、足を狙い、腕を吹き飛ばし、拷問の末にレオナルドを殺すことを望むはずだ。


 引き金を引かず、ギレルモはレオナルドとの距離を詰めようとする。ギレルモは身軽に木の根を飛び越える。レオナルドは、振り返りながら懸命に逃げた。


 ギレルモの動きが止まる。ギレルモは石像の間近に立っていた。時間のねじ曲がった場所に、自ら足を踏み入れていた。


 一メートル以上ありそうな巨大ムカデが足に絡まる。五十センチメートルはありそうな巨大ゴキブリが腰まで這い上がる。

 大きな甲虫やトンボもいた。それらを押しのけるようにアリの大群がギレルモの体を下から覆い始めていた。


 ギレルモは体を動かして、必死に虫を振り払う。しかし、無数の巨大な虫たちが、ギレルモに襲いかかる。


「レオナルド!」


 ギレルモは絶叫した。目は怒りに満ちていた。顔は鬼のようになっている。

 自分が陥っている窮地の原因は、全てレオナルドにある。崇拝する人を葬り、自分をも滅そうとする悪魔の化身。ギレルモは、その敵を殺そうと一歩前に出る。


「レオナルド、殺してやる!」


 全身を虫に取りつかれながら、ギレルモは懸命に前に進む。

 呪術を否定していたギレルモが、呪術によって呼び出された虫たちに全身をさいなまれる。血しぶきが飛び散り、足の骨が露出する。腹の皮や肉が食い破られ、腸が露わになる。


「あああああぁぁぁ!」


 人間を絞り上げたような声がギレルモの口から漏れた。それでも、ギレルモはレオナルドに向かってくる。地面に膝を突き、四つん這いになる。

 腕を伝って虫が体に登り始める。殺意の目がレオナルドを射貫く。裁断機を思わせる音が森に響く。ギレルモは地面に伏す。顔も虫に食い破られる。それでもギレルモは、這ってレオナルドに近づこうとする。

 ギレルモの全身が虫の海に沈んだ。無数のアリが、彼の肉片を引きちぎり運んでいく。そのたびに、人体の盛り上がりは低くなっていく。そして完全に姿が消えた。


 餌を失った虫たちは、新たな食料を求めて散っていく。無数の傷がついた骨だけが残された。

 ギレルモの死体は骨になってさえ、レオナルドに怒りの表情を向けていた。怨念がそこに残されているようだった。


 虫がレオナルドに寄ってくる。新たな餌を求めているのだ。急いでこの場を去らなければならない。ぐずぐずしているとギレルモのように食い殺されてしまう。

 レオナルドは吐き気をこらえながら、その場を離れた。大声を出して、アルベルトとマリーアの名前を呼び続ける。


 車のクラクションが森に響いた。レオナルドは自分が向かっていた方向が間違っていたことに気づく。

 二人のもとに戻らなければ。極度の緊張のせいで、肉体は激しく疲労していた。その体を鞭打ち、レオナルドは歩き始めた。

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