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第十九話 「演目 二つの剣」

 女は語る。これはかの国の王から授かりし秘剣であると、この剣がどれほどバライソの血を啜ってきたのかと。


 男は語る。成る程我が国にはそのような至宝はない。ならばその剣、私が頂戴しよう。バライソの民の血で染まったその剣ならば、必ずやお主らを討滅してみせよう。


 嘗て戦争があった。男は皆戰場に駆り出され、女は略奪を恐れ、子供は石を積み上げた。バライソは危機にあった。


 魔法打ち消す魔剣ダルダニア。四祖の魔法ですら、かの剣の前では届かなかった。たった一振りの剣に魔女は皆斬り伏せられ、軍隊は中央から散り散りとなった。


 女は語る。世迷い言を言うなと。私に近寄ることすらできぬお前に、何ができるのかと。


 男は語る。魔法は利かぬ、そして我が国は魔法の国である。しかし、断じて魔法だけの国ではない。魔法を依代に、幸福で堅実な民が研鑽を重ねて紡ぎ上げた国である。


 取り出したるは蒼く輝く鱗の剣。澄み渡る蒼が煌めき、女は思わず手で顔を覆った。魔剣ダルダニアに負けず劣らず、鱗の剣は鞘走ると、ありありとその存在を主張する。


 男は語る。これは我が国の民全てを背負うパンテリェの剣である。巌国シャンデリのように特別高名な鍛冶屋もいない。ラチューンのように鱗を扱う職人もいない。しかし、これは我が民が血を涙と汗を流し形作られた剣、いわば国剣である。


 私は魔法使いである。剣の良し悪しは知らぬ。だが、魔剣ダルダニアであろうと、この剣は折れぬ。この剣に斬る力は無い。この剣に殺す力はない。だが、この剣は、バライソの民ある限り決して折れはしない。


 男は走りだした。杖を捨て、己の全霊を剣に込め、魔剣ダルダニアと国剣パンテリェが打ち合った。





 「四祖はそれぞれ魔法の頂点に立った人だったけれど、バライソだけはあんなふうに剣で戦った逸話があったんだ」


 うきうきと話すユーリは、本当に楽しそうで、微笑ましく感じるほどだった。こういう子供っぽいところもあるんだ…。ヒーローショーを楽しむ子供もきっとこんな感じなのかな。


 「ユーリさんが剣も魔法も使うのは…」

 「うっ、恥ずかしいけど…まぁそういう理由もあるかな」


 男の子は異世界でも英雄に憧れるものなんだね…。あまりこういうことを指摘された経験がなかったのかもしれない。はにかんで笑って、耳まで真っ赤だ。ちょっと、可愛いかもしれない。




 終幕が近づく。男は手に入れたダルダニアとパンテリェを用いて戦場を駆け巡り、戦争は終わるかのように見えた。全ては順調なように見えた。


 しかし、男の様子は日に日に可怪しくなっていた。夜になれば徘徊し、周囲の目すら気にせず色欲に狂い、度々癇癪を起こして人を切るようになった。これが、魔剣ダルダニアによるものだということは誰も知らない。勝つためにダルダニアを手にした男は、いつしか周囲から疎まれ始めていた。


 男は語る。私が、私がこの戦争を勝利に導いたのだぞ!私がいなければこの国は滅びてしまったというに!


 少年は語る。父上は変わったと。この瞼に焼き付いた、パンテリェを誇らしく握る姿はもう無い。母を殺した貴様は最早この国の王ではない!貴様の暴虐もここまでだと。


 男はパンテリェを手にした息子を前に、あっさりとダルダニアを落とし、吸い込まれるようにその胸元へ蒼い刀身が突き刺さった。





 「悲しいお話でしたね」

 「バライソの歴史ある演劇は悲劇が中心だからね。アイラは喜劇のほうが好みだった?」


 私達は、人通りの少ない木陰で小休憩をとっていた。演劇の圧倒的な迫力と、観客の熱気に、少し疲れてしまった。


 そういえば、古代ギリシャ演劇も悲劇が中心なんだっけ。私はあまり悲しい話は好きじゃない。ハッピーエンドが好きだ。ローマとギリシャの演劇の好みがわかれたように、私の思想とバライソの文化もやっぱり違うんだろう。


 「どうでしょう…実はちゃんと演劇を見たのは今回が初めてで…」

 「そっか。それじゃいつか喜劇も見に行ってみようか」


 嬉しそうにユーリは「何を見よっか。あれもいいなぁ」なんて呟く。まるで次のデートの言質を取られたみたいだ。


 「そ、そんな…ご迷惑を…」

 「俺が良いって言ってるんだから。それともアイラは嫌?」


 顔を覗いてきたユーリから目を逸らす。そういう言い方はなんか卑怯だ。断ったらユーリを傷つけてしまうし、袋小路だ。


 「違います…。嬉しいです。嬉しいんです…でも」


 そう、嬉しくないわけじゃない。誰かからこんなにも思われること自体は、形は何にしろ嬉しい。


 でも、今日一緒に歩いて、改めて分かった。すごく場違いなんだ。女としての私が、男で…それもとびっきりのいい男だろうユーリと肩を並べる姿に違和感を覚えてしまう。今朝精一杯の度胸を振り絞って、女として生きてみようと思ったのに、実際に行動するのと考えるのじゃ違いが有り過ぎる。


 「やっぱりわからないんです…。ユーリさんが私を好きでいられる理由が…。だって、気持ち悪いじゃないですか」


 だからこそ、ユーリの気持ちが理解できない。好きだ好きだと言われても、どうして好きなのかが全然理解できない。不安なんだ、どうしようもなく。


 「私が人形なのは事実です。しかも、中身の性別はバラバラ。いつまた昨日のようにユーリさんを襲おうとするかもわかりません。ユーリさんには…相応しく無いんじゃないかって…」


 言葉にすればいくらでも自分の欠陥は出てくる。醜い人形。大体、子供も産めない人形を愛してどうしようというのか。


 怖い。そんな不安定な好きじゃ、直ぐに捨てられるだけ。ユーリのことはとうに信じているけど、人間いつ興味関心が他に移るか分からない。こんな事を言えばユーリにも迷惑で、面倒な奴と思われるかもしれない。でも、お前なんていらないと、そう言われるのが怖いんだ。


 「アイラ、今の自分を嫌いにならないで」

 「でも、もしかしたら私は、あの魔剣ダルダニアかもしれませんよ?いざ本当に好きな女性が現れて、結婚だとか、跡継ぎだとかの問題が起きた時に、ユーリさんを混乱させて、苦しめるかもしれない」


 ユーリは貴族の息子で、きっとグリンズヒッツの跡を継ぐ。だというのに、こんな人形にかまけていていいはずがない。それに、もしも、もしも私がユーリを愛してしまったら…きっと良くないことが起こる。今でさえ見苦しく生きているというのに。


 それにマスターのこともある。最後に見たマスターは錯乱していてよくわからかったのが正直な感想だけど、マスターは私を求めていた。マスターとどう接していいかは分からない。明日マスターと会って、どうなるかもわからない。


 だから、ユーリの期待に応えることなんて出来ない…。


 「泣きそうな顔してそんなこと言う子が、魔剣なわけないじゃないか」


 不思議な感覚だった。ふわふわと宙に浮くような、そんな感覚。自分の頭が撫でられていることに気付いたのは、顔を上げようとした時だった。


 「俺は今のアイラが好きなんだ。戸惑うアイラの挙動が好きだ。感情的に叫ぶ君も好きだ。恥ずかしそうに顔を赤らめる君が大好きなんだ」

 「う…でも…」


 これがナデポというやつなのか、不思議な安心感に包まれる。更には言葉責め…並の女ならもう全てを投げ出し、彼に任していたかもしれない。


 「でもじゃない。アイラは不本意かもしれないし、男に戻りたいなんて考えているかもしれないけど、俺のこの気持は嘘偽りない本物なんだ。」



 「それに、アイラの自己嫌悪は間接的に俺を否定しているのと同じだよ?」

 「そんなつもりじゃ!」


 うっ、痛いところを突かれた。これじゃ後にも先にも進めない。どうしようどうしようと悩んでいる内に、ニヤニヤと笑うユーリの顔が映った。


 「ずるいですよ…」


 ユーリはわかってやっていたのだ。少し癇に障って、右手で脇腹をつんと刺す。そういうのはもうちょっとフランクな会話でやって欲しい。


 あっ。一瞬の隙を突かれて、私の右手が引っ張られ、私の体がユーリの胸に収まった。


 「いつかアイラの歩みたい道が決まる。元の世界に戻ろうとするかもしれない。俺と同じように世界を廻りたくなるかもしれない、でも、その時まで、こうやって一緒にいたいんだ」


 ほ…ぎ…。なななな…!?


 「ゆゆっ、ユーリさんそういえばスイーツはどうしましたか!?間に合わなくなっても知りませんよっ!?」


 危うく叫びそうになった!日本人にとって唐突なハグは過剰過ぎる!他人と接触することすら恋人を除けば珍しい文化圏だっていうのに。焦るな、焦っちゃ駄目だ!よし、今のは上手く躱した。この距離だ。この距離で平静を保とう。ユーリに近寄りすぎるのは危険だ。危うく心臓が破裂するところだった…。





 「アイラ、そっちは反対方向なんだけどな…」


ちょっと量少なめに…ですが明日は丸一日休みなので次回は遅くとも二日の内にあげたいと思います。

デート回はこれっきりで、後はダイジェスト形式です。

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