第百十二話「新たな日々に向けて」
第百十二話「新たな日々に向けて」
戦々恐々としつつも、待ち望んでいた都船第二陣が到着したのは如月二月、その初旬のことであった。
「寒州岩沢国、熊辺村の番太郎と申します」
「寒州岩沢国、平原村の長一郎でございます」
熊辺と平原は同じ岩沢国の隣村同士だったが、魔妖襲来にて岩沢国は鬼に呑まれてしまったという。
大名を筆頭に侍は尽く討ち死に、名誉は守られ官位も追贈されたがお家再興の目もなく岩沢国は廃国とされ、行き場を無くして途方に暮れていたところを、都の公家から手を差し伸べられたそうだ。
こちらに来た五百数十人は岩沢国やその周辺国十数ヶ村の集まりで、親族を頼ろうにも同じく村が滅んで行き場がなかった者や、心機一転、新天地でのやり直しを望んだ者達であった。
「京北浪人、倉本験三郎でござる」
験三郎は都に出て十年、一旗揚げるべく仕官先を探していたが、どうにも都会の空気が合わず、彼を慕ってついてきた弟分ともども、こちらに流れてきたらしい。
食い扶持を稼ぐのに旅籠の用心棒や公家の護衛などをしていたそうだが、第二陣の浪人をまとめ上げているところをみると、腕も器量もそれなりに持っているようだった。
「よろしく頼む。飢えぬようには手配しているが、しばらくは混乱すると思う。すまんな」
領内各村の混雑具合は、楔山の城を見るまでもなく酷い有り様だが、数日は休憩していくという船頭達の言葉に甘え、船を民人の仮の宿とさせて貰っている。
小吉の手配と頑張り、そして大勢の人を一気に投入したお陰もあって、幾つかの長屋はもう棟上げにこぎ着けていたが、流石に間に合うわけもなかった。
多少なりとも救いであったのは、新津を起点とした小さな貨幣経済圏が、回り始めていることである。
飯は出るし寝床も用意されているが、日当も出るのだ。
身の回りの品を買い足し、あるいは腹を満たすことも出来た。
勘内の本店も、品数を増やして対応しているという。
他地域への波及も、今は兎党主導の行商と、勘内の店と結んだ卸売りおよび仕入れがせいぜいだが、それでも小さな火がついたのだ。
この火はやがて、新城を町として発展させる種火となるだろう。
だが……今は腹を満たすのがやっとの小さな経済の回転でも、都暮らしの男衆が集まれば、賭け事や女遊びに発展するのは間違いないと、戌蒔や小吉から進言を受けていた。
意味は分かるし自然な発展であるが、殿様としては頭の痛いところでもある。
息抜きの出来る遊び場所は必要でも、無軌道に暴走されれば対処のしようがない。
「……いっそ、こちらで用意するか」
「お殿様、何か策がおありで?」
「うん、まあ……なくはない。但し、実際には絵に描いた餅としか、言い様がないな」
授業で習ったりテレビで知った江戸時代の風俗や、こちらで再現できそうな現代の遊び場を思い出しつつ、そのシステムをどうするか、少し考える。
江戸時代なら例えば吉原、現代でならテーマパークとまでは言わないが、施設を一ヶ所にまとめ、繁華街か専門店街のようにひとまとめにはできないだろうか?
あるいは、競馬や競艇のような、公営賭博は?
その『遊び場』に行くことその物が娯楽になるようなら、この上ない。
現在は黒瀬を素通りしている甲泊と草州御樹原の航路も、新津の整備も関連して引き込みを行えば、外からの客も呼び込めるかもしれない。
しかし重要なのは、元締めとなる人物だ。
こちらでコントロールすることが出来なければ、悪所を育てる餌を自らの手で与えるだけの話になってしまう。
だが、経営能力を持ちながらも、遊び場の管理が同時に出来るような人材……。
「そんな都合のいい人物など、そうそう転がっているわけがないと思う。居ても大抵は大店の主人か大名のお抱えで、間違っても引き抜けないだろうなあ」
「……正に、仰るとおりで」
やはり、ここでも人材難に行き着いてしまうのかと、ため息が出た。
▽▽▽
更に数日。
何とか一千の民の受け入れを……いや、飯が食えて、屋根の下か陣幕で寝られるだけというぎりぎりの線を保つのに、苦労は多かった。
とりあえず、手の付けられそうなところからと、都から来たうちで、こちらの招聘に応じて仕官を決めた者達を庭に呼ぶ。
発展を見越した新たな黒瀬に向けての布石、その第一陣だ。
「正八位上、北御室正邦」
「ははっ!」
「下士組頭格、西見廻組組頭に任じ、三両一人扶持にて召し抱える」
「ありがたき幸せ!」
見廻組は、警察と消防を合わせたような組織である。
常設の治安部隊……とまで言うと格好のつけすぎだが、御庭番衆を裏に回す為にも見廻組は必要と、戌蒔より希望が出されていた。
悪人を捕まえるのも仕事なら、火消しの指揮も行い、時には民を守り、魔妖の矢面にさえ立つという。
そこそこの町では、一番良く見るお侍らしい。
正邦がリーダー、その付き人は足軽として二両一人扶持とした。都の衛士ならもっと貰っていたと思うが、もちろん、予め説明して納得させている。
文句の一言さえも出なかったが、その理由は、俺の後ろでにこやかな笑顔を見せていた正四位下典侍北山中将殿こと、資子殿であろう。
彼女が元の女房名を名乗って挨拶しただけで、正邦らの背筋がぴんと伸びた。
都から来た官位持ち達が官位を笠に着ようにも、絶対に逆らえない程度には差が大きいのである。
……和子の『元実家』については、詳しく知る女房らも口をつぐんでいたし、本人が口にすることも滅多にない。無理に知らせる必要もないだろう。
「従八位下、小田師隆。下士役方格、勘定役に任じ、五両三人扶持にて召し抱える」
師隆とその一族は、領内各地に散らばることとなった。
……算術と書類、両方をまともに扱える人材は貴重で、当然のようにどの上士も部下に欲しがった。無論、俺も信且も手元に欲しい。相談の上、国でまとめて抱え、派遣という形式にしている。
また、小吉から会所にも吟味役として一人派遣して欲しいと要請があり、送り込むことになった。
「京北浪人、倉本験三郎。下士組頭格、東見廻組組頭に任じ、三両一人扶持にて召し抱える」
正邦が遠山より西、験三郎には東にある新津と新城を任せる。
更に国が大きくなれば、また人数や地域の割り振りを再考することになるだろう。一旦は、東下生え抜きの足軽を四人ほど配下につけることとした。
「寒州浪人、本多八郎。下士役方格、剣術指南役に任じ、三両一人扶持にて召し抱える」
補佐役の源田義助も同じく取立て、槍術指南役に任じた。
黒瀬足軽の教官役として、総力の底上げを期待している。
「では、よろしく頼むぞ。皆の働き次第では、黒瀬の国全体が本当に変わる」
「ははっ!」
以上、役方格三名、組頭格四名、足軽格九名が、本日より黒瀬の新たな侍となった。
仕事の説明は信且らに任せたが、元が小さすぎる黒瀬である。
都の省府に勤務していた彼らの方が、細国では扱わない『町』の仕事には慣れているかもしれないなと、その背を見送った。
「お仕事はお済みになられました?」
「ごめん、思ったよりも時間が掛かった」
呼びに来てくれた和子に手を引かれ、二の丸の奥間に向かう。
嫁さん達の寝室だが、今は物置兼婚礼準備室となっていた。
「ほら、一郎のが出来上がったよ!」
「……アン、ありがたいけど、立派すぎないか?」
「正装だから、他の時にも使えるんですって」
見慣れた、と言うほどでもないが、俺が知るのとほぼ同じ黒紋付きの羽織袴に、裃――肩の張った袖無しの上衣が用意されていた。
素材はあまりよろしくないのですがと、先に言われていたが、十分すぎるほど立派なものである。
「じゃあ、ありがたく着させて貰おう。……アン達の衣装は幾ら立派でもいいんだが、自分のだとどうも気が引けるなあ」
嫁さん達の衣装も、衣紋掛けに並んでいた。
十二単ではないようだが、幾重もの布を重ねた平安装束っぽいものに、如何にも婚礼という白無垢、なんとウエディングドレスまである。
嫁さんや女房達の力作、その集大成であった。
……予算も当初の百両から倍の二百両に膨れ上がっていたが、領民に配る祝い餅などの振舞物も急遽倍どころではなく必要になったせいでもあり、今少し、今少しと、女房衆からの懇請を断れなかった俺のせいでもある。
「さあさ、一度着付けてみてくださいまし。寸は間違いないと思いますが、確かめてみなくては、頷こうにも頷けません」
「ありがとうございます、資子殿」
婚儀の日取りはフローラ様によって選ばれ、既に知らされている。
……幸い、婚礼の儀式と付随する行事は東下の武家事情に合わせて組まれ、無茶なことにはならずに済んでいた。
俺の希望で遠山の神社へご報告に行く他は、賑やかでこそあれど、酒食中心の出費に収まっている。
まあ、うん。
どちらにせよ、結婚式の新郎など花嫁の添え物に決まっているわけで。
俺なら嫁さんも四人、添え物度合いが常人の四倍になることは、必然だった。




