希望への譚詩曲ー受け継がれる光ー Act-3
フェアリアに潜む影。
暗躍する者達が狙うのは、マコト達の研究。
そう、時間がなかった。
最早、決断を下すより方法がなかったのだ・・・
フェアリア皇都・・・
此処には神を祀る教会があった。
フェアリア全土の中でも屈指の教会が。
・・・その地下、石の階段を下った先に古くから伝わる裏の神殿があった。
闇の世界を模ったとされる神殿。
そこに居るのは・・・・
「主様、これからどのように取計えば宜しいので?」
かけた声の主は影も観えない。
「そなたには別の用事があるのだよアンネ。
消身術師アンネ・パルミーア君・・・」
声に背を向けた、銀髪の司祭らしき者が答える。
「私に何をせよと命じられるのです、聖教会の主クワイガン様は?」
クワイガンと呼ばれた司祭が片手を挙げると。
「今は唯。彼女の身を護るのだよアンネ」
「御意・・・」
どこに居るのか。
少女の声は気配と共に消え去る。
司祭は細く笑うと、正面に掲げられたタペストリーを見上げた。
そこに描かれた逆十字に手を掲げて・・・
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「戦争になるんだって?!」
「いや、皇王様がお認めになられる筈が無かろう?」
士官達が喧々諤々と意見を言い合う中、参謀次長は目を瞑ったまま聞き流していた。
「ロッソアと干戈を交えて勝てると思うのか?
戦力比を考えてみろ、1年も経たずに占領されてしまうぞ?!」
戦術参謀が匙を投げる。
「何を言うか!わが国には魔法の部隊が出来つつあるのだ。
ロッソアもおいそれとは攻略出来まい!」
戦備部長が言い返す。
彼の謂わんとするのは魔法の戦車を保有し始めれた自慢なのか。
「ロッソアは未だに開発できてはおらんと聞いたぞ。
我が方に勝機がないとなぜ言い切れる?!」
戦備部長の発言に気を強くしたのか、肩入れして来る戦略班員。
「それにだな、我が方には友邦からの支援を取り付けた。
彼の日の本から秘密裏に新兵器の譲渡を承諾させれたのだ。
後半年もすれば到着するだろう、そうなれば増々我が方に勝機があると思われる!」
戦略班員が周りを睥睨して言い放った。
「待て!その事は極秘なのだ。この場に於いてもだ」
初めてヘスラーが口を開いた。
次長としての発言であることに変わりはないが、
「ヘスラー、何の事を言ったのかね。
私達参謀本部にも上がってはきておらんようだが?」
参謀総長が次長の言葉に被せて来る。
「総長閣下には事が確定次第に、ご報告申し上げます」
実力者でもない繰り上げ総長を軽くあしらって、ヘスラーが口を噤んだ。
「兎に角ですな、開戦やむなしの方向で行くのが妥当と思われます」
ヘスラー一派の開戦主導者達に因って、軍部は戦争の準備を急ぎ始めた。
会議が終わった後。
残ったヘスラーの元へ、一人の将校が耳打ちした。
「そうか、では私はあの家に向かうとしよう」
黒縁の眼鏡の中でニヤリと碧眼が哂った。
「参謀次長、いよいよで・・・ありますな?」
将校がヘスラーの態度に息を呑む。
「そうだ、奴等の研究は殆ど掌握できたのだからな。
売り払ったとしても問題あるまい・・・ロッソアが買うというのなら」
眼鏡の中を覗き込む将校に応えて。
「後は、真総統猊下に承諾を取り付けるだけだ」
立ち上がったヘスラーが薄気味悪い笑いを溢した。
それは、既に夜の帳も降りた・・・日曜日の夜の事だった・・・
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「姉さん、今日も遅いね?」
たまの外出日。
ミハルは家でマモルと両親の帰りを待ち侘びていた。
「うん・・・そうだね?」
また、暗い顔をするようになってしまった姉の顔を観て、マモルは二人の帰りを待ち望んだ。
「今日はミハル姉が帰る日だと知っていたのに・・・」
途切れがちな会話を繋げようとしているマモルに、
「いいの・・・マモル。
また次の日があるんだから・・・」
それがいつの日になるのか、ミハルにも分かってはいなかった。
両親の顔を観れるのが、いつになるのかなんて・・・・
「次の外出日にはさぁ、みんなで出かけようよ。
晴れた日だったら郊外まで行ってさ。思いっきり燥ごうよ?」
マモルにさえ、この日がどんな日になるのかを想い計る事は出来なかった。
「そうね・・・この次には。みんなで揃って笑えれば良いね?」
微笑んだミハルが頷いた時、部屋にあるべき物がない事に気付いた。
「あれ?マモル。古文書は?戸棚にあった本はどうしたの?」
母ミユキが大切にしていた古ぼけた本が無い事を訊ねる。
「ああ、あの本ね。実は昨日、お母さんが持ち出しちゃったんだよ。
今日の実験に使うんだって言って・・・それと・・・」
立ち上がったマモルがポケットの中から取り出したのは。
「これ・・・この髪飾りを僕に手渡したんだ」
ミハルに見せたのは。
「それって!お母さんが大事にしていた魔法の石じゃないの!」
昔、一度だけ観た事がある。
風邪をひいた時に一度だけ観た事があった。
魔法を掛けてくれた母の左髪に輝いていた髪飾り。
「蒼く輝いて、お母さんの髪の毛も蒼く染まっていた・・・そう、瞳の色まで」
それが魔砲の力だとは分からなかったが、今でもはっきり覚えていた。
「そう?僕は知らないけど、ミハル姉には覚えがあるんだね?
そんな大切な石を、今になってどうしてくれたんだろう?」
突然ミユキから渡された事の意味が分からず、マモルが小首を傾げると。
「なにか・・・嫌な気分。
なぜだか判らないけど胸騒ぎがする・・・」
胸ポケットを押さえたミハルが呟いた。
そこに収められている碧き宝珠を押さえて。
昨日まで此処に在った本が消え、両親から手渡された二つの石が二人の元に残された事実。
そこに在る意味とは・・・
「私、二人の元に行かなきゃ。入れなくても良いから研究所に行かなきゃ」
「姉さんが行くんなら僕も行くよ!」
二人が慌てて外出しようとした時の事だった。
地鳴りのような振動を伴い、強烈な衝撃波が襲って来た。
そして・・・轟音が二人の耳を打ちのめした。
ミハルもマモルも、衝撃波と轟音に耳を塞いでしゃがみ込んでしまった・・・
それより一刻前の研究所では・・・・
「プロフェッサー島田!研究所を軍が取り囲んでいます!」
研究員の叫びにも動ぜず、マコトは最終チェックを続けていた。
「皆さん、慌てずに。私と夫は此処に残ります。
全員で外に逃げてください、何も持たず、一刻も早くに!」
ミユキの言葉に促された研究員達が、素直に出て行くのを観て。
「もう・・・最期みたいね、あなた」
澱んだ黒い目でマコトに覚悟を仄めかせたミユキに、
「そうだねミユキ。これからも一緒に居るから・・・」
遂に来るべき日が訪れた事を悟った。
「ええ・・・お願い、私のマコト。
きっと・・・この娘も、そう願ってくれているわ」
未だに眼を開かず眠り続けるリーン皇女。
唯、前とは違って脳波に微かに反応が現れていたのだが。
「闇の者は気付いたようだ、この娘が本来の目的では無いのだと。
唯、何かの理由で手放そうとしていないだけだ・・・」
マコトは機械のスイッチに手をかけて答える。
「そう、あなたの言った通り。
この娘は人質として魂を捕まえられたままなの。
誰かを誘き出す為に、誰かの魂まで捕らえる為に・・・」
微笑んだミユキが機械に取り付けられた寝台に横たわる。
「私はその為に今日まで耐えて来たの。
闇の力が身体を冒し続けて来るのを・・・この日の為に・・・」
額に装置から延びた電極を取り付け、マコトにある物を求めた。
机に乗せられてあった古文書を手渡して欲しいと。
マコトが本をミユキに差し出すと。
「あなた・・・覚えてる?
この本があった図書館の事を。
マコトと出逢えた日の事を・・・」
受け取った古文書を胸に押し抱いて訊いて来る。
「忘れる筈が無いじゃないか。ミユキがそっと観ていてくれたじゃないか?」
マコトの答えに頷いたミユキが眼を閉じる。
「そうだったわよね、あなたは一心不乱に勉強していたっけ。
声を掛けるのも憚れるくらい・・・輝いて観えた。
この人になら何もかも差し出したって惜しくは無いと思えたの。
本当よ・・・今でもはっきりあの時の心が蘇るもの・・・」
懐かしんでいるというより、思い出の中に何かを見つけようとしているように見える。
「こんなに穢された今でも、私はあなたが大好き。
あなたと別れる事が辛い・・・だから、傍に居て欲しいの。
最期の瞬間まで・・・この娘と一緒になったとしても。
闇に染まってしまうとしても・・・」
「ああ・・・離れたりしない。君の傍にいつまでだって居るから」
魂の転移に必要な力がある事に気付いた。
ミユキの聖なる力では不可能だった訳に気付いた。
マジカを転移出来た時に気付いたのは・・・
「ルキフェルの呪いによってマジカ嬢は魂を奪われかけた。
その魂を転移出来たのはミユキの魂に闇が巣食ったから。
ルキフェル以上の悪魔が呪いを懸けたから・・・女神を求めて」
ミユキから話された事実を受け止め、遂に辿り着いた今。
「闇の力でのみ、魂の転移は行う事が出来る。
強力な闇の力に因ってのみ・・・魂は宿る事が出来る」
マコトはスイッチに手をかけ、片方の手でミユキの手を掴んだ。
「ええ、漸くこの時が来たのですもの。
私の運命を終えられる時が。鍵を開く時が来たのですから」
握り返したマコトを振り仰いで、微笑むミユキの瞳から涙が零れる。
「きっと、あの子が。
あの子達の手で、救われる日がくる。
この世界が終わるのを防いでくれる・・・そう信じているから」
微笑んで涙を零すミユキに。
「そう言い切れるのはなぜだい?
その日まで目覚めないというのかい?」
問い掛けるマコトに首を振ったミユキが。
「ううん、あなた。もう少し前に・・・この娘が目覚める時に。
私もあなたも・・・取り戻せるから、きっと希望を」
ミユキはリーンではなく、古文書を観て応える。
「護ってくれるの。
私とリーン、そして闇を司るあなたを。
魂を操る者となったマコトを・・・救いに来てくれるの。
・・・教えてくれたのよ・・・女神が」
古文書を抱きしめたミユキが、涙を零して微笑んでいた。
涙の訳を知ったマコトもミユキに頷く。
もう、何も心配する事は無いのだと。
運命を引き継ぐ者の手に、委ねる時が来たのだと。
その時、研究所に詰め寄っていた軍が突入を図る物音が聞こえて来た。
「あなた・・・待っていてね。時が来るまで・・・離れないでね?」
「ああ、勿論だ。きっといつか・・・ミユキの微笑みを取り戻せるその日まで」
手にかけていたスイッチを引き下げる瞬間、
「さぁ、往こうミユキ!約束の地まで!」
最期の微笑みを浮かべたミユキに永遠を誓った。
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
突入した兵士達の前に、教授が立っている。
光の消えた魔鋼機械の前に立っている男は、兵士達に向かって一言溢した。
「遅かったじゃないか、君達。早速だが運び出して貰おうか!」
兵士達は後退った。
教授にではなく、後ろにある機械の影を見てしまったから。
停まっている筈の機械に蠢く、妖しい影を見てしまったから。
影は生きている者のように蠢き、横たわった二人に纏わり着いていた。
「悪魔だ・・・悪魔が機械に宿っている!」
一人が恐慌状態になり逃げだすと、突入した者達は後ろも振り返らず逃げ出した。
「愚か者達め、私の研究を不意にすると言うのか?」
俯いた教授が歪な笑みを浮かべる。
「まだだ。まだ私の求める物は完璧ではない。
必要なのだ、もっと必要なのだ!若き力ある魔法使いが。
この国以外にもいる筈だ、私を満足させてくれる魔法使いが!」
天を仰いで求めるマコトが叫ぶ。
自らが執り行った禁断の術に冒されて、
その瞳は黒く澱み、床に堕ちた影が蠢いていた。
・・・悪魔に呪われたかのように・・・・
マコトは賭けを実行に移した。
ミユキの身体に潜む闇の力を解放させて、約束の時を封じようとしたのだ。
リーン皇女の魂を救わんが為、ミユキの運命を食い止めるため。
魂を機械に留め置いたのだった・・・・
だが、闇は再び機械を作動させた者に呪いを懸けた・・・マコトへと。
次回!いよいよ最終話!!
2人の子供達は真実を知らされない。
闇の下僕は、まだ知らなかったのだ・・・ミユキには希望が残されていた事に。
<理>の希望が存在している事に・・・
次回 希望への譚詩曲ー受け継がれる光ー Act-4
諦めない君は、希望の光を観る!受け継がれた希望が闇を討つ!




