希望への譚詩曲ー受け継がれる光ー Act-1
女神に告げられていた。
運命の日が訪れると・・・
約束の日は遂に、鍵を開かんとしていた・・・・
私立の学園中等部に進学したミハルも、15歳を迎えようとしていた。
弟のマモルは進学先の公立中年部の受験を控えて勉強に励んだ。
フェアリアの学級制度は5・4・3制。
つまり初等5年、中等4年、大学3年制を採っていた。
14歳のミハルは中等部2年。
12歳のマモルは初等部5年。
二人は違う道を歩み始めていた。
それはフェアリア歴・新皇紀175年春の、まだ寒さの残る頃だった。
帰って来たミハルが、何も言わずに自室へと入って行くのを。
「お帰りミハル姉」
呼び止めたマモルが、浮かない表情のミハルを観て。
「また・・・苛められたの?」
勉強机から立ち上がって姉に訊く。
「ううん、大丈夫。ごめん、心配かけて・・・」
俯いたまま、暗い表情で答えるミハルに寄り添うと。
「なにが大丈夫なもんか。
ミハル姉を苛める奴等なんて僕がぶっ飛ばしてやるから。
だからそんな悲しい顔をみせないでよ、お姉ちゃん」
いつの間にか、マモルはミハルと同じくらいまで身体が大きくなっていた。
いつの間にか男の子らしく頼もしくなってきていた。
小さな頃はあんなに甘えっ子だった弟なのに。
「ありがとうマモル。でもね、喧嘩は駄目だからね。
私達は移民の子なんだから、目立たないようにしてなきゃ駄目なんだよ?」
昔はあれ程活発だったミハルが、どうしてこんなにおどおどとした言葉を吐くようになったのか。
「ミハル姉、気にしちゃ駄目だって。
お父さんやお母さんの仕事に文句をいう奴等は、ほっとけばいいんだよ!
何も知らないで悪口ばかり言う奴等に、構っちゃいけないよ?」
これが理由。マモルの言った通りの事。
島田家が移民して早、もう5年が経つ。
いつの間にか世間にも来訪理由が知られ、未だ成果が上がらない研究に悪評が立ち始めた。
ミハルの親の事だと知った級友達から罵られる毎日。
初めは言い返していたミハルだったが、苛めを受けて心が折れてしまった。
次第に元気がなくなり、やがて言葉数さえも少なくなっていった。
塞ぎ込む姉を観て、マモルは自分が姉を護るのだという意識が強くなっていった。
同じ私立中等部への進学を希望したのだが、
成績の良いマモルを公立の中等部へ進学する事を教師達が勧めた。
「僕、本当は姉さんの居る私学に行きたいんだ。
行ってミハル姉を虐める奴等をぎゃふんと言わせたいんだ!」
そう言って教師達の勧めを断り続けたマモルを、両親が諫めたのだが。
「マモル、お姉ちゃんは大丈夫だから。
君はもっと勉強してお父さんやお母さんのお手伝いをしてあげてね」
ミハルの言葉には逆らう事が出来なかった。
両親の研究を引き継ぎ、自分が解決するのだと志していたマモルの夢を一番理解していたのはミハルだったから。
一番大好きな姉にそう言われてしまったら、断る術がなかったから。
その姉が日を追う毎に、塞ぎ込んでいくのが堪らなかった。
今直ぐにでも学校に乗り込んで、姉を虐めた者に鉄槌を下してやりたいと思う。
自分がどうなろうとも姉を庇いたかったから。
「僕にもっと力があれば。もっと強かったら・・・」
部屋に引き込む姉の姿を見るにつれ、自分が情けなく思えてしまう。
「いつかは。いつかきっとミハル姉を助けるんだ。
ミハル姉をこの手で護れるように強く成ってみせるんだ!」
この決意がいつかきっと果たせられるようにと、姉の後ろ姿に誓っていた。
ミハルの事を案じていたのはマモルだけでは無かった。
「そうですか、判りましたプロフェッサー島田。
そのように取り計らいましょう、貴君の頼みでもあるのですから」
髭を蓄えた将官が快諾してくれた。
「ファブリット少将閣下、身勝手な願いだとは思いますが何卒お計らいください」
大佐時代からの旧交を頼って、マコトが訪れたのは。
「私が教頭を務める幼年学校に編入すれば、学園内に寄宿しなければなりませんが。
そのご覚悟は為されてください。まぁ、全校生全員のことですから仕方ありませんがね」
官営の幼年学校というのは、卒業すればほとんどの生徒がそのまま大学へと進学する事になる。
その大学まで卒業すれば国軍の士官に任官できるのだが。
「はい、少なくても私達がフェアリアに居る間の期間。
軍隊に入隊するまでとは言いませんが。数年でもお願いしたいのです」
マコトに寄り添ったミユキが、編入を強く希望していた。
「そうでしょうな、御心配には及びません。
娘様を預かるのは初めてではございませんから、どうかご心配なさらず」
快諾した教頭ファブリット少将が、マコトの手を握り会見を終えた。
幼年学校から帰る道、マコトは心配だった。
あの日からみるみる元気がなくなって行く妻の事が。
身体を壊した訳でもないのに、表情に柔らかさが喪われてしまったミユキの事が。
「大丈夫よ、あなた。ミハルはあの学校でなら虐められないから」
自分の事より娘を心配するミユキが、薄く微笑む。
その微笑みは影を伴い、儚げに映る。
「ミユキ、今日はもう帰ろう」
促すマモルに頷いたミユキは、俯いたまま足を進めるのだった。
傾き始めた夕日に照らされた二人の影が、長く地に堕ちていた。
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「そんなの勝手過ぎるよ!ミハル姉に断りもなく決めるなんて!」
マモルが叫んだ。
両親から突然言い渡された編入の話に。
当のミハルは答える事も出来ず、黙って頷いたのだが。
「ミハル姉の事を思うのなら、いっそのこと日の本に帰れば良いだろ!
こんな国にいつまで居たらいいんだよ?!そうじゃないのか!」
声を荒げて両親に突きかかるマモルを。
「いいの、マモル。私の事で言い争わないで」
俯いたままのミハルが止める。
もう何もかもが嫌になってしまっているのか、抗う気力さえも無くしているのか。
「お母さん達に心配かけたのは私だから。
お母さん達が勧めてくれるのなら、その学校に行くから・・・」
両親を前に、ミハルが受け入れる。
姉の返事を聴いたマモルが驚き見詰める中。
「でも、私が気に病んでいる本当の事だけは知っておいて欲しいの。
私が元気がない本当の訳を聴いて欲しいの。
お父さん、マモル。お母さんの事が心配じゃないの?
昔は優しく微笑んでくれていたお母さんの事が心配じゃないの?」
マモルがハッとしてミハルを観る。
「私ね、自分の事だけならこんな風にはならないよ?
大好きだったお母さんが、日に日に変わって行ったのが気になってたの。
それが今は笑ってもくれない、微笑んでくれてもどこか寂しそう。
私はお母さんの事が心配。お母さんにもしもの事があったのならと思うと。
だから、寄宿する事だけが気がかりなの。
お母さんの顔が観れなくなることが悲しいの」
俯いたまま話すミハルの声が、マモルの心に突き刺さる。
「私は幼年学校に行けと言われるのなら行きます。
でも、これだけは言わせて。
お母さん、お願いだから元気になって。
私が心配するのはお母さんの事だけなの。
私の事を思ってくれる、優しいお母さんに戻って欲しいの」
悲しそうに話すミハルの声はミユキに届くのか。
いや、元のミユキに届いたのか?
マモルは姉と母を交互に見る。
「心配なの?私の事が・・・」
ポツリとミユキが答える。
「お母さん・・・」
昔なら<私>と言わず、<おかあさん>と言ったのに。
やはり、もう昔の母ではなくなってしまっているのか。
悲しい心のまま、ミハルも一言だけ呼んだ。
「ごめんねミハル。もう少し・・・もうちょっとだから。
その時を迎えたら・・・少しは笑えるようになれるからね?」
そういったミユキが、キャビネットから蒼き宝珠を取り出すと。
「ミユキ?おまえ・・・それを?」
マコトが何をするのかと、ミユキに訊ねたが。
「ミハル・・・これを。あなたにあげるわ」
マコトを制して差し出した。
「お、おかあさん。その石はお母さんの宝物だったでしょ?」
差し出された蒼き宝珠を掴めず、断るように後退るミハル。
「いいえ、これはもうあなたの物になるの。
あなたを護ってくれる、あなたに必要な宝になるの」
ミユキは差し出した宝珠に力を籠めた。
瞬間、碧き宝珠が何かを呼んだ。
(( カタッ ))
書棚に仕舞われてあった古文書が揺れ動いた。
宝珠の光に呼応するかのように。
ー 宝珠よ、私に一瞬の光を取り戻させて!
心に残った光が求めた。
ミユキは、邪なる者に蝕まれ続けた魂と体に光を求めた。
「さぁ、ミハル。これを受け継ぎなさい」
マコトには分かった。
ミユキが最期の願いを託そうとしている姿だと。
「ミハル・・・」
促す意味を込めて名を呼んだ。
「うん、お母さんがそう言うのなら・・・」
手を出したミハルが声を呑んだ。
手渡そうとしているミユキの顔に浮かんだ微笑みを観たから。
「お、お母さん!」
自分を観て微笑んでくれているのは、紛れもない母の微笑みなのだと分かる。
「お母さんお母さん!」
宝珠を受け取るなり、ミハルは飛びついた。
「あああっ!私の大好きなお母さん!
微笑んでくれてありがとう!私の願いを受け止めてくれてありがとう!」
むせび泣くミハルを抱きしめ、一刻だけでも光を取り戻してくれた力に感謝した。
ー ああ、これでもう。間も無く訪れる最期の日を迎えられる。
ミハルに渡せたのだから・・・目覚める女神に託せたのだから・・・
母と娘の抱擁を垣間見、マコトは最期の日が近いと悟った。
ミユキの闇が最早、心の全てさえも奪い去ろうとしている事を。
闇の力をあの機械に注ぎ込む瞬間が訪れようとしているのを。
それから数日を経た後。
ミハルは幼年学校へ編入を終えた。
その頃、フェアリア国周辺では大国ロッソアとの紛争が始っていた。
闇に染められて行ったミユキ。
魂は約束の日まで保てるのか?
その日はいつ来るのか?
母として娘として。家族として!
絆は想いと共に・・・
次回 希望への譚詩曲ー受け継がれる光ー Act-2
その時、フェアリアという国から破滅が始った!審判の日に向けて動き始めたのだ!
ミハルは気に病んでいた、母を想って。
それが娘という者。それが家族というモノ!




