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死闘

 

「やめてくれ、リャン!」



 足元を払う彼の脚を飛んで避けるが、その程度では躱せない。反対の足から繰り出された回し蹴りを背面に食らう。肺の空気が漏れる。だが、大きく息をつく暇を与えないリャンの猛攻。


 視界の端では、杏色のポニーテールが忙しく飛び回っている。顔のない死体が黒いオーラを噴き出しながらこだまを襲う。そのオーラからは大小の動物。それらを彼女が全て相手取っている。彼女の姉、天雨美姫に引けを取らない身のこなしだが、決め手を欠いているのは事実である。あの夜とは違い、鞘からは刀は愚か光すら顕現していない。終焉の鬼(リリー)は何を考えてる……。



「よそ見してる暇無いデス」


「がぁッ……!」



 いつの間にか背後に回り込んでいた彼は俺の服のフードを掴んだかと思うと、その瞬間、後方へ放り投げた。テントの壁面に衝突する。

 クソ……リャン、てめぇッ!



「ほら、早く立ってクダサイ」



 ステージの上で彼は微笑んでいた。その向こう側では寄り添ってこっちを見つめる二人の少女と、百獣の王。

 口の中が切れたらしい。吐き気を催すような味を振り払うように、唾と共に血を吐き出す。



「リャン、手加減してるだろ」



 ステージに戻りながら訊ねた。彼の笑顔は崩れない。

 リャンは武器という武器を持っていない。己の身体のみで戦ってくるうえ、先程の攻撃のように絶対的なチャンスであっても命を奪うことが無い。意識がトバない程度に痛めつけているようだ。お前がそんなゲスい奴だとは信じられない。



「ウン、これまでで五回くらいアキト殺せタ。それに、ホントはあの商店街で殺すつもりダッタ」



 やめてくれ、リャンの声で、顔で……「殺す」なんて言葉使うんじゃねぇ……。



「でも、命令ダカラ」


「誰からだよ……!」


「ボクにこの力を教えてくれたヒト」



 気がついた時には目と鼻の先まで肉薄するリャンの動き。これは、昔戦ったあの女にも共通していた。人間離れしている。これも、鬼の力であれば全て説明がつく。俺にはそれを相殺する力があるらしい。それが俺たちの唯一の対抗手段。しかし、俺は現状リャンに手を触れるどころか指一本触れられていない。

 繰り出された手刀をクロスさせた両腕で受けることを選んだが、ガラ空きになった胴を彼が見逃すはずもない。踵が腹部にめり込み、気のせいだと願いたいが(あばら)から妙な音が聞こえた。堪らず呻き声を上げてしまう。



「早く武器使ってクダサイ。手違いで死なせてしまいマスヨ?」


「馬鹿言うなッ! 友達にそんな事する筈ねぇだろ!」


「友達? アキトはボクの何知ってる?」



 痛む脇腹を押さえながら後退した俺に問うたその言葉に、俺は思考を止めてしまった。そうだ、俺は……



「知らないデスネ。そうデショ?」



 あぁ、知らない……。俺は、リャンの事を知らない。彼が言わなかったから、というのはこの際言い訳でしかない。俺は単にリャンの優しさに甘えていただけだった。久しぶりに聞いた『友達』という響きに酔っていたのだろうか。



「だからって……俺はこれを抜きたくない! 聞かせてくれ、リャン。何がお前をこうしてしまったんだよ。俺が悪かったのなら謝る。だから理由(わけ)を聞かせてくれ」


「理由なら、その男に聞いてクダサイ。もっとも、聞けたらデスケドネ」



 彼が指さした先には、辮髪の大男。

 その時、俺よりも先に声を発したのは赤毛の少女だった。



「何故、父親を殺したんですの!」



 震える手で銃口を突き出し、強い口調で問いかけた。その問に、リャンの目元が暗い影を落とす。ゆっくりとフレイアに向き直った。

 俺に向けられた背中には、憎悪が滲んでいるように思える。確かに彼とあの父親の間には確執があったように思う。でもだからって……あんな惨い殺し方をするなんて。



「アキト、ボク前に聞きましタ。仇トハ思わないノ、と」



 彼の言葉を元に記憶を手繰り寄せる。確かに、そんな事があった。あれはそう、河原でポテト食ってる時だった。そして、俺の親父の話をした。その後……

 俺に背を向けたまま彼は話し続ける。



「ボクは復讐しただけデス」


「もしかして、リャン。母親が……?」



 風鈴を手渡したあの時。彼の言い方が妙に気になっていた。『()()()で待っている』というのは、とても曖昧で……。



「ウン。アキトよく分かってくれタネ。でも……」


「でも?」


「それ以上言わナイ。だって、言っても君死ぬカラ、無駄」



 そう言った彼はステージ横まで歩いていき、縦長のかごの中から何かを引き抜く。それは銀色の輝きを帯びていた。



「サ、コレでおあいこ。アキトも抜いて」



 彼が手にしたのは洋剣。サーカスのショーで使っていたもののようだが、どう見ても本物だ。ブンッと空を切る音が重い。今度こそ確実に殺られる。確信した。

 こうなれば、命乞いはしない。だが、易々と殺されるつもりもない。何故なら俺は……



「お前を助けたいんだよ、リャン」



 手に握っていた刀を抜く。鞘をステージの下、奈落へと投げ捨てる。両手で持った刀を腰に巻き付けるようにして深く構える。



「もう遅いネ」


「いいや、遅くない! お前の本当の《声》を聞かせてくれよッ」



 今度は俺から仕掛けた。彼の立つステージの中央まで一気に駆け抜ける。居合切りに近い要領で彼の背中を撫でるように一気に振り抜く。だがやはり、身を翻し、彼はそれを軽々と避けてみせた。そして次の瞬間には彼が剣を振りかぶっていた。俺の脳天を真っ直ぐに狙った一撃だったが、それは外れた。正しくは、俺が外した。こっそりと抜いていた拳銃で刀身を弾いたのだ。

 彼は両方を同時に使い分けた俺に少し驚いた顔をする。


 しかしそれで攻撃が止まるはずもない。俺の持つ刀と違い、洋剣は頑丈さが桁違いである。斬れ味は間違いなく刀が良いが、洋剣は叩き切る事を生業とする武器。その硬さと重さで相手を確実に行動不能にしていく。更に、鬼の力で強化されたリャンの肉体ならば一撃で俺を死に至らしめるくらい容易(たやす)いだろう。ついでに言えば、俺の未熟な刀捌きはすぐに刃こぼれを起こす。だから、当然回避するしかない。切り結ぶなどすればすぐに刀はただのスクラップでしかなくなるのだ。

 それに俺は別の機会(チャンス)を狙っていた。彼の《声》を聞くためには懐に飛び込んで手を握るしかない。これは賭けだ。終焉の鬼(リリー)が俺に託した力とやらを確かめる。リャンを救いたい、その為に今思いつく唯一の手段だ。


 隙を見て放った銃弾が再び彼の猛攻を一時停止させる。だがそこで思わぬ事が起きる。



「まずい!」



 思わぬ方向に跳ねた銃弾は真っ直ぐに赤いポリタンクへと着弾する。あれは確か……ッ


 中身は透明の液体。ぶちまけられたそれは次の瞬間真っ赤に燃え上がる。焦げ臭い匂い。灯油だ……!

 リャンとの死闘で既に息が上がっている俺は否応なしにその煙を吸い込むことになる。喉はイガができたように痛みだし、肺が侵入者を排除すべく咳き込み始める。咳き込む度に肋骨に鋭い痛みを感じた。


 更には、このテントの材質は塩化ビニル。燃えることは少ないが、加熱すれば有害な塩化水素のガスを発生させる。この中にいるのは危険だ。俺だけじゃなく、フレイアにとっても、クレイスにとっても、こだまにとっても。

 だが、逆に言えばリャンにとっては思ってもみなかった好機だろう。攻撃の手を緩めることは無い。


 視界の端には心配そうな顔のフレイアとクレイスが見えた。そして、炎を見て怯える風太も。

 ここを切り抜けるには……どうすればいいんだ!

 こだまは未だに奴らに手を焼いているが、時折咳き込むような声も聞こえる。彼女に頼るのは厳しい。とすれば……



「フレイアっ……! テントごと吹きとばせッ」



 苦し紛れに大声で呼びかける。これで伝わっただろうか。だが、今この状況を好転させる火力を持つのは彼女しかいない。さぁ、やれッ!



「そうはさせマセン」



 俺との競り合いに身を引いたリャンはフレイアの方へと駆け出した。クソッ……! なんて早いんだッ!

 どうにかリャンの背後に食らいつくが、強烈な蹴りが俺を容赦なく地面に叩きつける。一瞬視界がフラッシュしたが、どうにか気力だけで持ち堪える。



「クソッ!」



 あまり使いたくなかったが、銃口をリャンに向けてすぐさま撃つ。撃った弾は彼の膝の関節を後ろから撃ち抜いた。その瞬間彼の身体は崩れ落ちる。バリッサに通用した手ならリャンにも効くはずだ。立ち上がった俺は彼を押さえつけにかかる。



「やれ!」



 叫んだ次の瞬間。高温のエネルギー光線が頭上を掠めていった。開閉式のドームをオープンしたかのように頭上から光が差し込んだ。雨水でこの炎を……ん、待て? 光……? 太陽光!?



「グフッ……」


 

 下から跳ね飛ばされた俺の身体は宙を舞い、青い芝生の上にバウンドする。おかしい、外は雨が降っていたハズだし、何より今は晩秋。こんなに芝生が青く茂っている筈ない……!



「ここ彼女の匣庭(はこにわ)デス。誰も助け来まセンヨ」



 鬼の力で回復(リカバリー)したリャンが近づいてくる。テントは上半分が消滅し、燃え続けているもののそこにある。フレイアやクレイスも脱出に成功していた。



「ゲホッゲホゲホッ」



 俺の横に何かが降ってきた。白いリボンが少しやけ焦げているが、間違いなくこだまだ。荒い息を整えているようだが、視線はまっすぐテントからはいでてくる亡者たちに向けられていた。



「大丈夫か、こだま」


「うん。ちょっとジャンプしすぎただけだから。心配しなくていーよ」



 そう言った彼女は俺の手を引いて立ち上がった。





 《信じてる》




 手が触れ合った瞬間に聞こえた声。

 こだま、お前って奴は……



 ただの棒切れと化した刀の鞘を片手に駆け出す小さな背中。

 任せとけ。俺は必ず、リャンも、クレイスも……救い出す!



「フレイアさん、と言いましたネ。邪魔するならアナタも殺しマス」



 俺の3メートルほど手前で立ち止まったリャンは背後に向かってそう告げる。指をパチンと鳴らすと炎の中から大きな影が飛び出してくる。風太が今まで見たことのないような剣幕で吠えた。

 拳銃を構えようとしていたフレイアが仰け反って座り込んでしまう。



「なぁ、まさか風太まで……」


「ううん。風太はボクの最後の家族。殺さない。今のこれは、風太の意思。ボク守ってくれる。さぁ、そろそろ終わりにするヨ」



 これ以上時間は稼げないな。腹を括ってやる。

 自分に喝を入れるため、オルガナに言ったことを自分の中で復唱する。


 自分の意思ですべき事を見極めろ、アキト!



「ァアアアアアアア!」



 百獣の王に負けない咆哮を上げ、俺は駆け出した。



 《話を、聞いてあげればいいのですよ。心で》



 その瞬間、俺の視界が静止画のようになる。いや、実際にはとてもゆっくりと動いて見えているだけだ。


 ……チッ、久しぶりじゃねぇか、終焉の鬼(リリー)。そんなこと分かってるよ。リャンがなんと言おうが、俺はリャンの友達だ。俺が聞いてやらなくて誰が聞く。それに彼は、俺に助けてと言っていた。いや、俺にじゃなくても心の奥底、深層意識の中でそう訴え掛けていた。リャンは、俺が知っているリャンフォンは今もあいつの中で苦しんでる。俺はそう思う。



 《ふふっ。では、そんな貴方に、力を貸しましょう》



 終焉の鬼(リリー)からの声が途絶える。と、同時に視界が元に戻った。リャンの剣の切っ先が顔のそばを掠めていく。バックステップで少し距離を取り、下段の構えから一気に切り込んでいく。躱されると同時に逆手に持ち替え、峰で相手の得物を受け流した。そして、そのエネルギーを利用して飛び上がる。地面が何故か芝生のお陰で着地の衝撃は小さい。間髪入れずにもう一度飛び出した。


 にしても、終焉の鬼(リリー)は何をするつもりだ。今のところ俺の身体に何かしらの変化は無いし、こだまも戻ってこない。


 再び、俺とリャンが衝突する……刹那



「ッ?」


「なんッ……!」



 眩い閃光が俺たちを包み込む。あれは……あの時の!

 辛うじて発生源を見れた俺は驚愕した。こだまじゃなかった。見えたのは、黄金の髪、白く透き通る陶器のような肌の少女。身体に不思議なオーラを纏い、こっちをじっと見ていた。

 その現象は一瞬で終わった。目を開く。リャンが刀を落とし、膝をついていた。



「邪魔しないでと言ったノニ!」



 全身に火傷のような傷を負った彼が苦し紛れに片手を彼女らの方へ向ける。指がポウ……と光る。

 ッ! させるかよ!


 膝をついたままの彼に飛びかかった。だが俺を待っていたのは……



「なんてネ。そう来ると思っタ」



 直後、俺の左手で鈍い音とともに鋭い痛みが発生する。握っていたはずの刀は後方へと吹き飛んでいく。肉を切り裂く鈍器が俺へと迫った。



「させませんのッ!」



 その刃が俺に食い込むことはなかった。刀を持っていた彼の右腕が肩を起点にダランと垂れ下がる。援護者の方を振り向く間もなく、俺は彼の手を剣ごと包み込んだ。そしてその瞬間、俺はリャンの深層意識(こころ)の中へと潜入(ダイブ)した。



 □◆□



「なぁ、栁。ちょっと数が多くない?」


「まぁ、なんか……動物園みたいだなッ」



 ビルとビルに挟まれた通り。背中を預け合い戦う青年が二名。一人は整った顔立ちで茶色い髪。もう一人は赤く染めた髪を固めて尖らせている男で、双刀を振るっている。


挿絵(By みてみん)


 あの青年と少女がバイクで走り去ってからおよそ15分程。エリートの二人でも怪我から復帰したばかりともあればそろそろ息が上がってくる。二人の死角に飛び込もうとした黒い影が砂へと変わる。



【もうちょっと頑張らないと減らないよ】


「分かってるけどさぁ、神威。あの発生源の女にも近づけないんだぜ? セギさんに救援頼んだ?」


【頼んだけど、近くにスポットがない上に転送者(テレポーター)が居ないから時間かかるって……ん? ちょっと待って】



 普段は物静かな彼が突然焦ったように通信を切った。神威のいるセントラルビルの300メートル先。高層マンションの最上階の一室。神威はそこを双眼鏡を使って凝視する。


 確かに、その人物だった。彼は一度彼女を見たことがあった。白髪に虚ろな瞳。対テロ特殊部隊向けの狙撃銃『H&K PSG1』のスコープを組み立てる彼女がくるりと首を回し、目が合ってしまった。こちらが肉眼で見える筈もないのに、確かに彼女は神威の方を見ていた。

 得体の知れない恐怖が神威を襲う。彼自身、こんな気持ちになるのは人生で二度目。彼をじっと見てくる少女の瞳は強者のもののそれであると神威は確信した。


 地上で戦う彼らの方に目を向けると、彼らの上、ビルの屋上に三つ……否、四つの人影を確認する。



 恐る恐るインカムをオンにした。



【神威! なんだ、どうした!】


「今すぐそこから離れて……。ネメシスが来た」



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