辺境伯三男ダミアン・ド・フランティア
ぐぶうぅぅ……おげぇぇ……
あっごふっ……
「おらぁ邪魔じゃあ。寝っ転がんなら外ん出てろやぁ」
くっ、苦しい……息が……
「あ、ありがとう、ございました……」
「おう。今夜も楽しみにしとるからのぉ? 絶対来いよ?」
「は、 はい……」
ここは組合長室だもんな……長居はできない……
どうにか、何とか宿まで帰って……少しでも休まないと……
はっ!? い、いかん! 寝過ごしたか!? うっ、外はもう真っ暗だ! やべぇ……早くギルドに行かないと……
うん? 寝たせいか腹の痛みがだいぶ和らいできたな。これなら今夜は五、六曲は歌えそうだ。よぉし、やってやるぜ!
ギルドに着いたのだが……ちっ、先客か……どこのどいつだ? この辺境じゃあ珍しいバイオリンの音色が聴こえてくるじゃないか。バイオリンを使う吟遊詩人なんていたっけな?
くっ……酒場の方だけでなくギルドの受付あたりまで人が溢れてやがる……今夜はどんだけ集まってんだよ……
しかも、これだけもの人数を踊らせるバイオリン……いい腕してやがる……
弾いているのは……女の子だと!? しかもあの服装は貴族か!? バカな……
貴族の女の子がこんな時間に酒場でバイオリンだと? バイオリンはかなりの高級品だからな……貴族でもなけりゃあそうそう買えるものではない。いくら子供用の安いバイオリンでもだ。
くっ、それにしてもいい腕してやがる。
だが、子供に舞台をとられてたまるかよ。そこは俺の居場所だ! 誰にも渡すものか!
『どこまでも続く
果てなき荒野に
男たちは命を賭けて
歩き続ける どこまでも
いつ終わるとも知れぬ
魔物の領域を
男たちは駆けていく
糧と夢を得るために』
どうよ? 女の子のバイオリンに即興で歌詞をつけ歌う。これが素人と俺たち本物の吟遊詩人の違いだ。
だが、この子は平然とバイオリンを弾き続けている。おっ、リズムが変わった。ハネてるな! いいねぇ。楽しくなってきたぜ!
おっ、女の子だけじゃなく男の子もいるじゃないか。こんな時間に酒場にいるなんて良くないな。でもせっかくだからサービスしてやろう。
「そこの少年よ。曲のご用命はありませんか? もちろんお代はいりません。ほんの気持ちですから」
「うーん、なら辺境伯の歌をお願いします」
ほほう。クタナツでわざわざ辺境伯の歌ときたか。変な子だな。ファッションは王都風に決めてるのに。辺境らしくないなぁ。
「承りました。辺境伯の歌。フランティアを拓いた初代辺境伯、英雄ドリフタス公に捧げます。お嬢さん、合わせていただけますか?」
「ええ、いいわよ。その曲なら知ってるもの」
生意気な女の子だな。貴族なら普通か……
まあいい。俺のリュートとバイオリンの二重奏だ。これは贅沢だぜ。
『人は無謀と言うけれど
誰かがやらねば始まらぬ
人跡未踏の大魔境
踏み入りたるは冒険者
屠った魔物は砂の数
その名も偉大なドリフタス
救った村人星の数
稀代の初代だドリフタス
ああ辺境
ああフランティア』
「うっひょーーー! あんためちゃくちゃいい声してんな! いや! 声だけじゃねぇ! そのリュートだ! 一体何でできてんだ? 聴いたことのないすげぇ音色だったぜ!」
ほう? ジャックさん以外にも違いが分かる者がいるとは。やはりクタナツはいい所だ。
「ありがとうございます。このリュートは龍の髭を弦にしております」
「ほほぉ、それでか。繊細なくせにこの力強い音はよ。しかもあんた、あのノアだろ? まさかここで会えるとはよ?」
「私をご存知で?」
へへっ、俺もクタナツで知られるまでになったかよ。大きい街じゃあそこそこ有名なんだけどな。
「当たり前よぉ。酒好きの間で吟遊詩人ノアを知らなきゃモグリだぜ。うちの初代を歌ってくれてありがとよ! おっと、俺はダミアンってんだ。知ってんだろ? 辺境伯家の放蕩三男って言えばよ?」
「え、ええ、ま、まあ」
はぁー!? こいつがダミアンだと!? めちゃくちゃ大物じゃねーか! しかも謝罪に来たんじゃねぇのかよ! 弟の首を代官に差し出してよ? それがこんな所でなぁに盛り上がってんだよ! 意味が分からんにも程があんぞ!?
「おおカース。下手くそなりに頑張ったじゃねーか」
はっ? さっきの子供がバイオリンで何か弾いたのか。確かに下手だったが……この子はダミアンの部下か何かなのか? だからこの時間なのに酒場なんかに?
「文句があるなら弾いてみやがれ! リュートか何か持ってないのかよ?」
はぁ!? この子ダミアンに何て口きいてんだよ! 辺境伯家だぞ!? このクタナツを含むフランティア全域を支配する大領主の三男だぞ!? つーかなんで俺がこんなに心配しなきゃなんねーんだよ!
「なんだ? 俺の美声を聴きたいってか? 仕方ねーな。聴かせてやるぜ。おうノア! リュート貸してくれ!」
別にいいんかーい!
「大事に使えよ」
はっ!? お、俺は今何を!? 完全に吟遊詩人の顔じゃなくなってたじゃねーか! まるで親しい友人に貸すみたいに……
まあいい……傷でもつけやがったらいくら辺境伯の三男だからって許さねーぞ!





