終戦の使者
うう……もう昼か……
ぐうっ、まだ腹が、いや腹の奥底が痛い……
奥の方からよじれるかのようだ……
だが、なんとなく感覚は掴んだぞ……
体内の奥底から声を出すイメージ……俺の体そのものが一つの楽器になったかのような感覚……
まだ完全には掴みきれていないが、このまま続ければ……きっと。
でもなぁ……今夜もまた殴られるのか……地獄じゃねーか!
はぁ……食欲はないけど何か食べよう……昨日の昼ぐらいから何も食べてないんだよな。
ん? 宿の食堂がえらくざわついてんな。まあどうでもいいや。せめてスープでも飲まないと……あー痛い……
「領都の騎士団が来てるってよ?」
「はぁ? たった三十騎でか?」
「それがなんとあの有名なバカ息子、ダミアンが謝罪に来てんだってよ?」
「はぁ? 辺境伯のところの放蕩三男がぁ?」
「おお、マジだってよ。しかも謝罪にだぜ?」
「なんだそりゃ? 戦う前からもう降伏かぁ?」
ん? 辺境伯の三男だと? 大物じゃねーか。それが謝罪に?
意味が分からん。そもそも戦争の原因すら知らんけどさ。でも、これで終わるのならようやくクタナツを出ることができる。
領都の舞台にはもう間に合わないだろうけどな。でも、まだここを旅立ちたくないな……
まだ昼過ぎだけどジャックさんのところを訪れてみるか……
校長って授業のある時間ってどんなことしてるんだろうなー。
勝手知ったる校長室。
「失礼します」
「おや、ノアさん。こんな時間にいらっしゃるとは。体調はいかがですか?」
「え、ええ、まだ結構痛いです。それでお邪魔したのは……この戦争が終わるのかどうか、何かご存知ではないかと思いまして……」
「ああ、なんだそんなことですか。もちろん終わりますよ。元々誰にも得のない争いなのです。辺境伯閣下は自ら斬り落とした六男様の首を三男ダミアン様に持たせて寄越したそうです。謝罪するべき時に適切な謝罪ができる辺境伯閣下はさすがの大領主ですね」
な、なんだそれ?
あの辺境伯が頭を下げただと? それも息子の首まで差し出して? そ、そんなにクタナツに気を遣っているというのか?
「そ、それはどうでもいいんです! お、俺もっとジャックさんに、ドノバンさんにも! 教わりたいんです!」
「ノアさん……もちろん私としては全然構いません。ですが、私があなたに教えることはもうありません。当たり前ですね。素人なのですから。体を鍛えること以外に教えることなど何もないのですよ」
「そ、そんな……」
「ああ、もちろんドノバンにはまだまだ殴ってもらうべきでしょうね。昨夜の歌、一曲だけでしたが気持ちのこもったいい歌でしたよ。叫ぶような、絞り出すような歌声。あれにはドノバンも文句が言えませんでしたね。この調子ですよ」
昨夜……ドノバン無双を歌った覚えはある。
歌い終わってから倒れたような覚えも……
じゃあ俺はどうやって宿まで帰ったんだ?
「あの、ジャックさん……昨夜って俺どうやって宿まで……」
「ああ、アステロイドさんが運んだみたいですよ。クタナツ冒険者のエースとも言える方です。よくお礼を言っておくべきですね」
アステロイド……細身だが屈強なあの男か……
「そ、そうでしたか……ありがとうございます……」
「それはそうと、今夜はギルドの酒場に行くことをお勧めします。きっとよい出会いがあることでしょう」
「え、ええ、もちろん行くつもりではありますが……」
「ドノバンには言ってあります。手加減して殴ってあげるようにと。ノアさんは一流の吟遊詩人にきっとなれます。期待しておりますよ」
「あ、ありがとうございます……」
ギルドには今から行くしかないのか……
今からドノバン組合長に殴られて……夜には舞台に立つ。やってやるぜ……





