吟遊詩人ノア
あれから数年。
俺はとうとうフランティア辺境伯閣下から直々に声がかかるまでにのし上がった。
だが、心は一介の吟遊詩人のままだ。活躍の場が広がったというだけのことでしかない。
そして本日は……フランティア領都は辺境伯家の新邸宅で行われる領都復興プレパーティーだ。
東西南北全ての方位から無数の魔物に襲われるという未曾有の大災害から見事に復興。全壊した辺境伯家のダンスホールもきっちり新築されている。
そこに俺が呼ばれたんだ。
様々な見世物の最後の締めとして。領都復興の象徴として、皆の心を一つにまとめるために。俺の歌が、選ばれたんだ。
それにしても今回は本当にヤバかった……
堅固な城壁に囲まれた領都の中に魔物が無数に侵入してきたんだからな。さすがの俺も死ぬかと思ったぜ。
それを救ったのが、あの聖女様の息子とは世の中面白いこともあるもんだよな。だからきっちり作ってあるぜ。領都の救世主『魔王の歌』をな。
くくく、つくづく縁があるもんだよな。あの時、クタナツの酒場でダミアンにタメ口きいてた王都ファッションの少年。あいつが噂の魔王だったとはな。それにしても聖女様の息子のあだ名が魔王とは、因果なもんだぜ。だって聖女様の別名は……皆殺しの魔女だもんな……
何より驚いたのが、ダミアンが魔王とダチだったとはよ。あいつのどこが盆暗だ、どこが放蕩三男だよ。ダミアンはマジですげえ男だぜ。
ダミアンのダチなら俺のダチだ。ダチのために、心を込めて歌うからな。聴いてくれよ、魔王カース。
よし、出番だ!
『領都のみなさん、お懐かしゅうございます。領都で生まれアベカシス領で育ったノアが故郷へ帰って参りました。今宵は心ゆくまで私の歌をご堪能いただければ幸いです。なお、現在私の魔力庫には若干の余裕がございます。荷物にならないお土産ならばそれはもうたくさん入ります。お帰りの際はお忘れなきようお願いいたします。それでは、どうぞ一席お付き合いくださいませ』
さすがにここまで広い会場だと肉声では声が届かない。それを見越して『拡声』効果のある魔道具を用意してくれてるとは、さすがの辺境伯家だな。これめっちゃ高いんだぜ?
『それでは一曲目。この度の災難、魔物が大挙して襲ってきた原因は呪いの魔笛だそうで。怖いですね。吹けば周囲から魔物をわらわらと寄せ集めてしまう呪われた笛。実は私、呪いの魔笛の音色を聴いたのは今回が二回目なんです。一回目は……わずか一月前、そうです。王都で聴いたんです。王都でも、そしてこの領都でも! 二度に渡り襲い来る魔物の群れから街を、領民を守り抜いた小さな魔王殿に敬意を表して……
この歌を贈ります。聴いてください……』
魔王、そしてダミアン。聴いてくれよな……
『魔王』
『王都で知らぬ者ぞ無き
魔道貴族はゼマティス家
聖女イザベルを母に持ち
王都で知らぬ者ぞ無き
好色アランを父に持つ
その名も高き魔王カース
溢れる魔力は無尽蔵
振るう魔法は無限大
ヒュドラ ドラゴン クラーケン
屠った魔物は数知れず
魔王の後には一望無根
肉片一つも残さずに
金貸しカース 魔王カース
クタナツ生まれの下級貴族
無尽のカース 魔王カース
フランティアでは収まらぬ
御目見カース 魔王カース
王国全土に轟く雷名
龍の装束 身に纏い
若き魔王の行く先は
黒き魔道か
白き覇道か』
観客の数がここまで多いと、重圧まで違ってくるな……
たった一曲歌っただけなのに……
普段酒場で歌う時の数十倍は疲れたぞ……
客層が貴族だらけってこともあるのか……どいつもこいつも耳が肥えてやがるからな。
だが問題は俺の歌だ!
ダミアン! どうだった!?
舞台袖に目を向けると……
むっ、何やらニヤニヤしながら指差している。あっちに何が……
なっ!
なんだと!?
あれはまさか! 魔王か!?
しかも!? あの、あの魔王が……泣いている……だと!?
俺の歌で涙を流してくれている!
最高の気分だ……俺まで泣きそうになるじゃねぇか……
あっ! よく見れば!
魔王の隣にいる女の子は!
あの時バイオリンを弾いてた貴族の女の子じゃねぇか!? その子まで一緒になって泣いてくれている……
そうか……俺の歌は……ついにそこまで……
ジャックさん!
アリマーサ先生!
見てくれましたか!
俺は……
俺の歌はついに……
あの魔王を涙させるまでに至りました!
ジャックさん、ありがとう……
アリマーサ先生……ありがとうございます!
これからも俺は……これで俺は……
『ご静聴ありがとうございます。ことのほか喜んでいただけたようで望外の喜びにございます。さあ、それでは次の曲です』
ジャックさん、ドノバン組合長。
そしてアリマーサ先生。
これからも俺はずっと吟遊詩人として誇りを持って生きていきます!
だから、どうか見守っていてください!
この命ある限り、皆さんから受け継いだものを歌い続けていきます!
そして正しく次代へと託せるように……
『聴いてください。辺境伯の歌』
人は無謀と言うけれど
誰かがやらねば始まらぬ
人跡未踏の大魔境
踏み入りたるは冒険者
屠った魔物は砂の数
その名も偉大なドリフタス
救った村人星の数
稀代の初代だドリフタス
ああフロンティア
ああフランティア
歓声が聞こえる……
アリマーサ先生の声が聴こえる……
先生……ありがとう。
これにて吟遊詩人ノアの物語は終わりです。
しかし異世界金融の世界は終わりません。
吟遊詩人ノアは神出鬼没です。酒場の盛り上がりがある限りどこにでも顔を出すことでしょう。
ノアが愛した夜の酒場。
ドノバン組合長が活躍するクタナツの街。
ジャック校長が生徒を指導する初等学校。
三男でしかないダミアンの行く末。
バイオリン弾きの貴族少女。
そして……
今回の作品を生み出すきっかけとなり、吟遊詩人アリマーサ・センドラムのモデルとなった『仙道アリマサ』氏に敬意と感謝を。
ありがとうございました。
この機会に『異世界金融 〜 働きたくないカス教師が異世界で金貸しを始めたら無双しそうな件』に興味をお持ちいただけると幸いです。
本編での場面はこちら。
https://book1.adouzi.eu.org/n5466es/850/





