039 シルバーリング
仁「こんにちは、魔法工学師の二堂仁です」
礼子「お父さまに作っていただいた自動人形でアシスタントの礼子です」
仁「作者が実際に作ったあれやこれやを、俺の解説で紹介するっていう企画の第39弾です」
礼子「今度は『シルバーリング』ですか」
仁「うん。最近貴金属地金が高騰してるよなあ」関係ないけど
礼子「作者さん、安い時に随分買いだめしていたみたいですね」
仁「ねずみ年だからため込むのが好きだと自称していたな」
礼子「貴金属の中でも銀は比較的安価ですから、技術を身につけるために使うようですね」
仁「そういうことだな。作者が買った当時、銀はグラム40円ちょっと、金は1500円くらいだったらしい」
礼子「今と随分違いますね」
仁「金地金を買い込んでおけばよかったのにな」売れば税金が掛かるけどさ
礼子「確定申告が面倒ですね」
仁「そんな夢のない話は置いておいて、製作の説明だ」
礼子「はい」
仁「まずは基本的な道具だな」
礼子「いろいろありますね」
仁「①はリング芯金だな」使い方はあとで
礼子「②はサイズ棒、③は木槌ですね」
仁「④はリングクランプだな」木製で、掴む部分に当て革が貼られていて、楔で締め付ける方式です
礼子「⑤はサイズリングですね」指のサイズを測るゲージです
仁「⑥はやっとこ、⑦は金冠バサミ」金冠バサミは銀ロウのシートを切る時に使います
礼子「⑧は逆ピンセット、⑨は普通のピンセットですね。どちらもステンレス製です」逆ピンセットはその名のとおり摘むと先が開き、手を離すと先が閉じます
仁「⑩は銀ロウ、⑪はキサゲ、⑫は真鍮ブラシ」詳しくはこの先で
仁「さて、リングサイズのテンプレートだ」
礼子「年季が入ってますね」
仁「ボール紙で自作しているからな」
礼子「リングのサイズと周長を対比させているんですね」
仁「うん。で、端の方だけ、角が傷まないよう瞬間接着剤をしみ込ませてある」
礼子「細かいですね」
仁「長持ちしているよな」
仁「ロウ付け環境だ」
礼子「白い板は?」
仁「ケイカル版といって、ケイ酸カルシウムの板だ」耐熱性がある
礼子「昔はアスベストだったらしいですね」発がん性があるのでもう流通していません
仁「だな。……それとガストーチ」
礼子「今は、カセットコンロ用のボンベを使えるものがありますね」
仁「うん。あれのほうが保管にはいいな」このタイプはボンベに穴を空けているから一旦セットすると使い切るまで外せない
礼子「でも、こっちのほうが安定感はありますね」
仁「それもそうだ」
礼子「あと、写真にはありませんが、5リッターくらいのバケツに水を入れてそばに置いています」
仁「火傷・火事対策だけでなく、熱い地金を冷ますのに使います」
仁「材料だな」銀の平角線
礼子「こうやって売っているんですね」
仁「950銀というのは1000分率で950が銀、残りが銅もしくは他の金属という意味だ」
礼子「純銀じゃないんですね」
仁「純銀だと軟らかすぎるんだよ」フォークやナイフなどの食器だとさらに硬い925銀、スターリングシルバーというものを使うことが多い
礼子「なるほど」
仁「ただ、銀の含有率が高い950銀の方が多少高級感があるかな?」でもなぜか925銀の方が耐食性が高いという話も
礼子「ちなみに銀貨は?」
仁「925か、もう少し銀を減らした900銀が多いかな」900銀は別名コインシルバーというらしい
仁「で、指のサイズを測る」手の汚さには触れないでやってほしい
礼子「左手の薬指ですか?」
仁「まあ、ポピュラーな指だし」深く突っ込まないように
仁「で、銀線を測る」
礼子「サイズは12号ですね」
仁「うん。丸めてロウ付けするので、大体地金の厚みの倍くらい(この場合2ミリ)長く取るのがコツだ」
礼子「なぜですか?」
仁「1番は、丸めた際、内側は少し縮み、外側は少し伸びるからだな。それとロウ付けする際接合面を合わせるためヤスリがけするから少しだけ減るし」この辺は経験則もある
礼子「わかりました」
仁「で、カットだ」糸ノコを使う
礼子「ニッパーではだめですか?」
仁「駄目じゃないが、切り口をととのえるためにかなりヤスリで削る必要が出てくるな」
礼子「ああ、地金のロスが大きいんですね」
仁「そう。銀ならさほどでもないが、金やプラチナだと切粉でも数十円になるだろう」
礼子「そのために、銀でも同じように回収するんですね」
仁「そういうこと。下に置いてある金色に見えるのが回収用のトレイだ」缶の蓋だけどな
礼子「静電気が起きにくいから金属製の方がいいですね」
仁「回収した切粉だ」
礼子「少ないようですが、『塵も積もれば……』ですね」
仁「そうそう」
仁「それをためたビンがこれ」
礼子「結構ありますね」ためておいてどうするんですか?
仁「『吹きがため』といって溶かして固める方法と、『吹き延べ』といって板にしてもらうことができる」専門の業者に頼むんだが
礼子「なるほど」
仁「では、制作だ」まずは焼きなまし
礼子「そのままでは硬すぎましたね」
仁「うん。銀の場合は鋼と違って、うす赤くなるまで熱したら水に入れて急冷すると軟らかくなる」
礼子「逆ピンセットを使ってますね」
仁「摘むピンセットだと、気を抜くと落とす可能性があるからな」
礼子「熱くなった地金を落とすと危ないですものね」
仁「で、注意だが、真っ赤になるまで熱すると溶けるおそれがある」銀の融点は960℃くらいだからな
礼子「鉄は1400℃くらいですものね」
仁「作者も何度か失敗してるしな」
仁「で、軟らかくなった地金を丸める」
礼子「やっとこですね」
仁「専用の当て革をはめて、地金に傷をつけないよう注意だ」
礼子「やっとこの形もなんだか……」
仁「うん。片側の断面がかまぼこ型になるよう整形している」反対側も角を丸めてある
礼子「地金に傷を付けない工夫ですね」
仁「そうそう」
仁「で、ロウ付け前がこれだ」
礼子「きちんと合わさっていますね」
仁「隙間があると、そこにロウを余計に流し込まなければならなくなるからな」手間が掛かる
礼子「ここできちんとした仕事をしておけばあとが楽なんですね」
仁「そういうことだ」
仁「これが銀ロウ用のフラックス」
礼子「はんだ付け用とは違うんですね?」
仁「違うな。はんだ付け用は塩酸とか塩化亜鉛が主成分(液体の場合)だが、これはホウ砂の水溶液だ」
礼子「ホウ酸とは違うんですね?」
仁「名前が似ているけど違うな。ホウ酸はホウ砂に硫酸を加えて反応させ生成されるとネットにあったな」化学は苦手なので詳しい説明はできません
礼子「で、ホウ砂を水に溶かして用意してあるのがこれ、と」
仁「うん……ただ、500グラムくらい買って、使ったのは水100ミリリットルで10グラムくらいなんだよなあ」残りはもう10年くらいそのまんま
礼子「何かに使えないんですか?」
仁「脱線するが、洗濯のりと混ぜてスライムを作る遊びに使えるそうだ」作者はやったことないです
礼子「化学物質ですので食べたりしないよう気を付けてくださいね」
仁「で、これが銀ロウ」銀ローと言ったりもします
礼子「小さいですね」
仁「0.2ミリくらいの薄板で売っているものを⑦の『金冠バサミ』で小さく刻んで使うんだ」3分というのは混ぜもの(銅と亜鉛など)が30パーセント(残りが銀)の意味です
礼子「2分とか5分とかありますね」
仁「それも銀の比率が違うな」
礼子「あとは?」
仁「融点が違う。今回は1回だが、細かいパーツをたくさんロウ付けする時は、まず融点の高いロウで付け、次のパーツはもう少し融点の低いロウで付けるんだ」
礼子「ああ、そうしないとせっかく付けたパーツがとれちゃいますものね」
仁「そうだ。ちなみに純銀:962℃、950銀:945℃、925銀:910℃、2分:820℃、3分:780℃、5分:750℃、7分:720℃、9分:730℃、早ロウ:620℃となっている」
礼子「あれ? 9分の方が融点が高いですが?」
仁「いいところに気が付いたな。9分ロウは黄色みが強いので真鍮のロウ付けに使うらしい」5分くらいが一番扱いやすいらしいです
仁「で、いよいよロウ付けだ」
礼子「まず合わせ目とその周辺にフラックスをつまようじの先などで塗るんですね」
仁「うん。それを軽く炙って水分を飛ばす」そうしないと、沸騰した時の泡で細かな銀ロウが吹き飛びます
礼子「で、銀ロウの細片をピンセットで合わせ目に静かに載せます」
仁「そしてトーチランプ、ガスバーナーなどで熱し、赤熱一歩手前まで持っていくと……」
礼子「銀ロウがキラキラ輝きながら合わせ目に吸い込まれていきました」
仁「あれ、きれいなんだよな」
礼子「そしてそれを用意してあるバケツの水に入れて冷まします」じゅっといいます
仁「そして仕上げの酸洗いだ」
礼子「酸というと……」
仁「昔は硫酸だったらしいが、危険なので専用の『ディクセ◯』という製品があるので、規定量を水に溶かして使っている」◯には ル です
礼子「洗わないとどうなりますか?」
仁「ロウ付けで炙られた銀は黒くなっているし、フラックスのホウ砂が溶けてガラス状になって残っているんだが、それがきれいになる」1、2分漬けていればOK
礼子「取り出しには金属製ではないピンセットが望ましいです」作者さんは竹のピンセットを使っています
仁「で、刻印だ」必ずしも必要ではありません
礼子「『SILVER』となっていますね」よく見えませんが
仁「うん。刻印には白文と朱文というのがあってな」これは印鑑用語? で、押した時文字が白抜きになるのが白文、文字に朱肉が付くのが朱文です
礼子「作者さんのは白文ですね」刻印の文字が盛り上がってます
仁「うん。ハンコとしてみたら凹んだ部分に朱肉が付くわけだからな」
仁「で、丸める」
礼子「芯金に入れて、木槌でまんべんなく叩いていくんですね」
仁「そう。金槌で叩くと指輪に傷がつくし、加工硬化といって硬くなってきて作業しづらいんだ」
礼子「時々向きを入れ替えて叩くんですね」
仁「芯金にはテーパーが付いているからな」
礼子「そして、ちょうど12号のサイズになりましたね」ぴったりです
仁「ゆるいときは一旦切り離してカットし、再度ロウ付けという面倒さだからな」
礼子「きついときはひたすら叩けば、1サイズくらいならなんとか伸びますね」
仁「いや、0.5サイズくらいかな」やりすぎるとちぎれる
仁「さて、磨くんだが」
礼子「文明の利器ですね」
仁「うん。作者愛用のリューターだ」
礼子「歯医者さんみたいですね」
仁「歯医者さんのはエアーで回るんじゃないかな」
礼子「先端工具は?」
仁「こっちは歯医者さんでも使っているかもしれない」シリコンポイントといって、ゴムに研磨剤が練り込まれたものです
礼子「粗いものから仕上げ用まで4段階ですか」
仁「これでも手に負えないときは回転砥石とかダイヤモンドポイントも使うかな」
仁「ひたすら削る……というか磨いていく」
礼子「持つ手が熱くなりませんか?」
仁「なる。摩擦熱で指輪が熱を持つな」
礼子「火傷には注意してくださいね」
仁「シリコンポイントは指に触っても怪我をしにくいのですが、あまり触っていると指紋が消えます」
仁「仕上げだ」
礼子「青棒……ですか」
仁「酸化クロムの粉を粘土で固めたもので、これをセーム革とかコットンのネルとかにこすりつけ、それで銀を磨くんだ」研磨力は低いから、本当の仕上げ磨きだな
礼子「クロム……ですか」
仁「三価のクロムだからRoHSには引っかからないぞ」六価クロムは危険だが
礼子「それでも気になる方は、酸化鉄でできた『赤棒』やアルミナの『白棒』もあります」今は赤棒はシリカ(酸化ケイ素)のようですが
仁「粒度を確認すれば大丈夫。仕上げは6000番とか10000番かな」
礼子「自動車用のコンパウンドも使えますね」
仁「もちろん使える」
仁「で、こんな感じ」
礼子「シンプルですから男性用女性用問いませんね」
仁「うん。作者は手が小さいしな」
仁「指輪単体だ」
礼子「銀の輝きですね」
仁「うん。市販のものだと酸化というか硫化防止のためにロジウムメッキすることが多いな」でもロジウムの方が銀より反射率が低いのでわずかに黒っぽくなります
* * *
仁「作者も数年ぶりに作ったらしいがうまくいってよかったよかった」
礼子「みんなこうやって作っているんでしょうか?」
仁「これは一品生産向きだな。量産品はキャスト、すなわち鋳造だ」
礼子「なるほど」
仁「その際、950銀より925銀の方が鋳造しやすいから、だいたいが925銀だろうな」
礼子「そういう理由もあるんでんすね」
仁「というわけで、今回は『シルバーリング』でした」
礼子「くれぐれも火傷や怪我、中毒にはご注意くださいね」
仁「薬品を目に入れたりも要注意です」
仁・礼子「「それでは皆様、ごきげんよう」」
ごらんいただきありがとうございました。
20240331 修正
(誤)仁「1番は、丸めた際、内側は少し縮見、外側は少し伸びるからだな。
(正)仁「1番は、丸めた際、内側は少し縮み、外側は少し伸びるからだな。




