038 箸と箸箱、拭き漆
仁「こんにちは、魔法工学師の二堂仁です」
礼子「お父さまに作っていただいた自動人形でアシスタントの礼子です」
仁「作者が実際に作ったあれやこれやを、俺の解説で紹介するっていう企画の第38弾です」
礼子「今度は箸と箸箱の拭き漆ですか」
仁「うん。箸箱ができたから箸と一緒に拭き漆で仕上げる」
礼子「親戚の叔母さんに頼まれたんでしたね」
仁「そうそう。……そろそろ完成させないとな」
礼子「なるほど。ところで、箸の数え方は『膳』ですよね?」
仁「基本はそうなんだが、どうやら『食事用の箸』に限るようだ」『膳』って食事に関連する語だからな
礼子「ああ、火箸は『組』ですか」菜箸も『組』ですね
仁「そうらしいな。単体……1膳の片割れは『本』で数えるようだな」
礼子「ニホンゴムズカシイデス」
仁「なぜ片言なんだ…………というわけで、始めよう」
仁「まずは準備」
礼子「3組……3膳もありますが?」
仁「まとめて拭き漆をするらしい」なにせ日数が掛かるから、ある程度まとめて作業するのが効率がいいのです
礼子「もう1膳は同じような質感ですが、ちょっと違う外見のものがありますね?」
仁「うん。カエデの『縮杢』だ」
礼子「以前、ペーパーナイフを作った、あれですね」
仁「うん。カエデもそこそこ硬くて箸に向いているからな」
礼子「下に敷いてあるのはビニールですか?」
仁「違う。サラ◯ラップだ」
礼子「以前、漆のチューブを密閉する時に使いましたね」
仁「そうそう。この後、重要な役目を果たす」ある意味秘伝だ
仁「木固めをする」日本産の『生正味漆』を薄めずに塗ってます
礼子「生漆を塗って、しみ込ませるんですね」
仁「そうなんだ。箸というのは、かなり酷使される食器で、特に箸先はすり減ってしまうんだよ」
礼子「確かにそうですね」ごくまれに噛んでしまう人も
仁「まあ、噛んで折ってしまうのは論外だが、少しでも丈夫にするためには漆をできる限りしみ込ませておきたいわけだ」口に入れるものなので溶剤で薄めることは一切しません
礼子「はい」
仁「そのため、できるだけ長時間、漆が乾かないほうが都合がいい」
礼子「ああ、それでラップで包むんですね」
仁「そういうことだな。同時に、低温(摂氏15度くらい)低湿度(相対湿度40パーセントくらい)にしておくといいかもな」
礼子「で、包んでまる1日置くんですね」
仁「そういうこと」
礼子「あと、手元の方は塗っていないようですが」
仁「すり減るのは箸先だからな」手元の部分は塗ってしまうと手で持てなくなるし
礼子「で、国産の最高級漆だけを使うんですよね」
仁「一切混ぜ物なしの生正味漆だ。テレピン油や片脳油で薄めることもしない」
礼子「輸入漆はちょっと怖いですもんね」
仁「で、丁寧にくるむ」
礼子「作者さんは2重にしてましたね」
仁「それでも不十分だったみたいだがな」
仁「で、箸の乾燥中に、箸箱にも塗ることになる」
礼子「こちらは普通に塗るんですね」
仁「箸ほど酷使されないからな」
仁「木地固めだ。拭き漆なので、塗った漆をキムワ◯プで拭き取っているな」
礼子「もったいない気がしますね」生正味漆は高いですから
仁「安全性のためだし、拭き漆とはそういうものだからな」こちらも、生正味漆を薄めずに塗ってます
礼子「拭き漆なので1回目は全面に塗って拭けますね」
仁「そうそう。もちろん、手袋をはめているし、拭いた部分はキ◯ワイプを巻いてつまんでいる」
礼子「こちらは通常の条件で乾かすんですね」
仁「うん。摂氏25度、湿度70パーセントくらいだな」
仁「で、箸箱の木地固めが終わった翌日くらいには、箸の木地固めが終わるわけだ」
礼子「ラップをほどくとベタベタした箸が出てきましたね」
仁「うん。十分しみ込んだろうから、拭き漆ということなので余分な漆は全部拭き取る」
礼子「結構力がいりましたね」漆が固まりかかってましたから
仁「そうだな。あと半日早くほどいてもよかったかも」
礼子「とにかく、きれいに拭き取ります」
仁「よく見ると、木目の中に漆が入り込んでいるのがわかるよな」だからこその木地固めです
礼子「これを、通常の条件(摂氏25度、湿度70パーセントくらい)で乾かすんですね?」
仁「ああ。最初が肝心だし、しみ込んだ分の漆は乾きにくい(空気に触れにくい)から、5日くらいはその環境においておいたな」
仁「で、芯まで漆が乾いたろうということで、2回目の拭き漆だ」
礼子「今度は全面ですね」
仁「うん。塗った漆をキムワイ◯で完全に拭き取るから、きれいな◯ムワイプでつまめば問題ない」
礼子「乾かす際にも、下に網を敷いておけば大丈夫でしたね」
仁「うん」写真に取り損ないましたが、100均で買ってきた園芸用の鉢底網(ポリエチレン製)です
礼子「ポリエチレンにはさすがの漆も強密着しませんからね」
仁「途中経過だ」
礼子「作業的には同じことの繰り返しですからね」
仁「これは5回くらい拭き漆を行った後だな」
礼子「何回くらいする予定ですか?」
仁「20回だと聞いたな」
礼子「乾燥に1日置くとして、2日に一辺作業ということで40日ですか」
仁「漆塗りとはそういうものだ」だから他のものも一緒に塗ったりして効率化を考えるんだよ
仁「途中経過その2だな」
礼子「10回目くらいですか?」
仁「大体そうだと思う」途中、3回に1回くらいは極細目のスポンジヤスリで磨いてます
仁「予定の拭き漆終了だ」
礼子「2枚目は日の当たるところで写したんですね」
仁「いい艶だよな」
礼子「はい」
仁「ただ、酸やアルカリ、有機溶剤にも溶けない漆だが、唯一紫外線には弱いんだ」まあ樹脂は大なり小なり弱いんだが
礼子「直射日光は避けたいですね」
仁「短時間の日光消毒、というくらいならいいんだがな」
仁「さて、あと一工夫だ」
礼子「砂糖炭乾漆粉?」
仁「ああ。砂糖を焦がして炭にし、乳鉢ですり潰した粉だ」
礼子「これをどうするんですか?」
仁「箸の先端にコーティングする」
礼子「ああ、滑りにくくなるんですね」
仁「そういうことだ。塗り箸は滑りやすいからな」
礼子「砂糖炭乾漆粉を使う理由は?」
仁「食品から作った粉だから安心安全だからだな」
礼子「確かに。ただの炭の粉、とか砥の粉、とかちょっといやですね」
仁「だろう?」
礼子「『上ズリ』というのは?」
仁「モノは『生正味漆』だ。地方によって呼び方が変わるようで、京都の方では『上ズリ』というらしい」他には『伊勢早』という呼び方も
仁「さて、その『生正味漆』を箸先2センチくらいに塗って軽く拭き取る」
礼子「そこに砂糖炭乾漆粉を蒔くんですね」
仁「そういうことだな。そして3日くらい乾燥させるわけだ」
礼子「砂糖炭乾漆粉の作り方を、もう少し詳しく」
仁「100均で買ってきたステンレス製のお玉に砂糖を小さじ一杯入れて、コンロの火で炙るんだ」
礼子「カルメ焼きを作るみたいですね」
仁「重曹は入れないから膨らまないけどな」途中、カルメラになった時はいい匂いがするぞ
礼子「さらに焦がしていくと?」
仁「煙と甘ったるい臭いがすごいから、絶対に大量に作ろうとしないことだな」まるで溶岩みたいに真っ黒い粘性液体が泡立つから
礼子「で、冷めたらこそぎ取ってすり潰すんですね」
仁「そうそう。それを缶とかビンに入れて保存するわけだ」粗いものと細かいものをふるい分けておければなおよし
礼子「今回は細い粒のものを使ったんですね」
仁「そういうことになるな」
仁「で、十分に漆が乾いたら、もう一度『生正味漆』を箸先に塗って、乾燥させる」
礼子「蒔いた砂糖炭乾漆粉を強固にくっつけるわけですね」
仁「そうそう」この時、もしも砂糖炭乾漆粉が少ないようなら追加で蒔きます
礼子「また3日くらい乾燥ですね」
仁「そうだな」なんだかんだいって2ヵ月くらい掛かったな
仁「で、完成だ」
礼子「いい感じですね」
仁「ここで注意」
礼子「何でしょう?」
仁「確かに塗り終わったし、漆も乾燥(硬化)しているが……」
礼子「いるが?」
仁「まだ強度が出ていないんだ」
礼子「どういうことですか?」
仁「漆の分子は高分子で、乾燥すると強固に結合するわけだが、『完全に』硬化するには2、3ヵ月待つのがいいそうだ」最低1ヵ月
礼子「気の長い話ですね」
仁「まあな」でもそうすると傷も付きにくくなるそうだ
礼子「そのあたりが合成樹脂塗料に取って代わられた一因でしょうか」
仁「そうかもなあ」でも、合成樹脂にはないよさもたくさんあるんだがな
* * *
仁「というわけで、今回は『箸』と『箸箱』の『拭き漆』でした」
礼子「くれぐれもかぶれにはご注意くださいね」
仁「作者はほとんどかぶれない体質ですが」油断は禁物です
仁・礼子「「それでは皆様、ごきげんよう」」
ごらんいただきありがとうございました。
20240229 修正
(誤)仁「そうらしいは。単体……1膳の片割れは『本』で数えるようだな」
(正)仁「そうらしいな。単体……1膳の片割れは『本』で数えるようだな」




