036 箸箱
仁「こんにちは、魔法工学師の二堂仁です」
礼子「お父さまに作っていただいた自動人形でアシスタントの礼子です」
仁「作者が実際に作ったあれやこれやを、俺の解説で紹介するっていう企画の第36弾です」
礼子「箸箱ですか」
仁「うん。実は作者は自分で作った箸と箸箱を使っているんだと」
礼子「好みの長さや太さにできますものね」
仁「それはいえるな。……で、これは親戚の叔母さんに頼まれたんだそうだ」
礼子「なるほど」
仁「大まかな寸法図だ」量産じゃないので作っていくと1ミリ前後の誤差が出ることも
礼子「部材は5ミリと3ミリですね」
仁「うん。描いてないが、スライド式の蓋が付く」現物合わせで調節します
礼子「女性用サイズとなっております」
仁「まずは素材だな」当然木です
礼子「ええと、『アガチス』ですか?」
仁「うん。ホームセンターやハ◯ズにも置いてある。そこそこ軟らかくて加工しやすい」仕上げによってはいい艶が出るんだ
礼子「別名『南洋杉』でしたっけ」
仁「今は南洋杉というと、別の木がヒットするな」アガチスはアガチスだ
礼子「南洋桂とも言うようですが」
仁「カツラは広葉樹でアガチスは針葉樹だから何の関係もない」一時、カツラの碁盤・将棋盤の代わりにアガチスが使われたからだろうと思う
礼子「耐久性はあまりないんですよね?」カビが生えやすいとか聞きました
仁「うん、まあな。でも漆を塗って仕上げるから、その点は大丈夫だ」
仁「素材を大まかにカットした」
礼子「上から順に『底板』『側板』『側板』『前後板』『蓋』ですね」
仁「側板と前後板以外は少し大きめにしている」削ることはできても増やすことができないので
仁「側板の幅を決めたら(今回は20ミリ)蓋をスライドさせるための溝を彫る」
礼子「丸鋸盤ですね」
仁「これが一番綺麗に彫れるな」トリマーだとやりにくい
礼子「丸鋸の刃が1.6ミリ厚なので、少しずらして2度彫ってますね」だいたい2.5ミリ
仁「できあがった部材だ」
礼子「幅2.5ミリ、深さ2ミリですね」
仁「同様に、底板をはめる『段欠き』も行う」
礼子「接着面積を増やすため、ですね」
仁「そういうことだな」今の接着剤は優秀なので強度の心配はあまりないのですが
礼子「見た目、もありますね」
仁「うん。真横から見たとき、底板の端面が見えるというのはちょっとな」
仁「段欠き完成だ」嵌める3ミリ板よりほんの僅か、深めにしています
礼子「接着剤の分の厚みですか?」
仁「いや、仮にぴったりじゃないとしたら、底板全体を薄くするより側板の出っ張りを削る方が手っ取り早いから」
礼子「ああ、なるほど」
仁「ぴったり、1ミクロンの狂いもなく作れるならいいんだがな」
礼子「手作業では難しいですね」
仁「で、組み合わせてみると、こうなる」
礼子「ああ、よくわかりますね」
仁「次は組み合わせの角を45度に削る」これを『留組』といいます
礼子「接着面積も1.4倍ちょいになりますね」2の平方根倍
仁「それもあるが、この組み方だと木口が見えなくなるんだ」
礼子「木口……木の繊維と直角方向の面ですね」年輪の出る面
仁「そうだな。指物……和の木工職人はそういうこだわりがあったようだ」
礼子「でも反対側は出てしまいますよね?」
仁「そうなんだよな……」なんとかしたいとは思うのですが今のところは
仁「で、部品が揃ったわけだ」
礼子「『側板』『側板』『前板』+『後板』『底板』『蓋』ですね」蓋の板の幅が大きいです
仁「蓋はまだ何も加工していないからな」
仁「で、接着する」
礼子「エポキシですね」
仁「2液型で、これは30分タイプだ」貼り合わせた後、ズレやはみ出しを修正する余裕があるのがいい
礼子「水性だとちょっと心配ですものね」
仁「うん。箸箱だからお湯で洗うこともあるだろうしな」
礼子「ずれないようマスキングテープや輪ゴムで留めておきましょう」
仁「で、固まるまでの時間を使い、蓋を加工する」
礼子「いよいよですね」
仁「目標値より少しだけ大きめに幅を決めたら、上が凸になるようカンナで削っていく」緩くなったら終わりだから
礼子「丸みをつけるんですね」
仁「そうそう」
仁「で、大まかな木地の完成だ」
礼子「箸箱らしくなりました」
仁「留組部分のアップだな」
礼子「よくわかりますね」
仁「蓋をスライドさせるための溝もずれないようにしておかないとな」
仁「で、補強を行う」箸が中で前後した際に前後の板が剥がれるのを防ぐためです
礼子「釘か木ネジですか?」
仁「竹釘を使う」だから下穴が必要なんだ
礼子「竹釘も作るんですよね?」
仁「それは次の項でな」
仁「竹ひごを削って竹釘を作る」100均でも竹ひごは売っていますが少し太いので削ってください
礼子「作者さんは1.6ミリにしましたね」
仁「この場合、竹ひごには剪断力だけを受け持ってもらうので、穴径と竹ひご径は同じでいい」なまじ竹ひごを太くすると木が割れます
仁「エポキシ系接着剤を塗って軽く打ち込む」強く打ち込む必要はありません。木が割れます
礼子「打ち込む際に接着剤がはみ出しますので、一度細い爪楊枝か針金で下穴の奥まで接着剤を押し込んでおくといいです」
仁「はみ出しは気にしなくていい」後で削ります
仁「竹釘の接着剤が固まるまでの間に蓋の最終加工をする」
礼子「指掛ですね」
仁「そうだ。蓋を開ける際に引っ掛かりがないと開けづらいからな」とはいえそんなきつい蓋にはしませんが
礼子「ノミを使ってますね」
仁「鉄工用の三角ヤスリで削っても問題ない」要はやりやすい方法でやればいいのです
礼子「蓋はスライドさせてほんの僅か摩擦を感じるくらいですね」
仁「箸箱を傾けた時に蓋が自重で滑って落ちてしまうようだと緩すぎだな」この辺は特に難しいです
礼子「きついと開けにくいですからね」
仁「接着剤が固まったら、竹釘を切り落とす」『木釘挽き』という専門のノコギリもありますが、小さいノコギリでいいでしょう
礼子「作者さんのは本当に小さいですね」
仁「折りたたみ式の携帯用ノコギリだとさ」
仁「で、胴削りだ」カンナで荒く削ってからサンドペーパーを掛けます
礼子「必ずしもやらなくてもいいですよね?」
仁「もちろん。作者は手に馴染むようやわらかな丸みをつけるのが好みだそうだから」
仁「成形終わりだ」
礼子「あ、いい感じですね」
仁「細部をアップにしてみた」
礼子「後ろというのですか、ちょっと隙間が空いてますね」
仁「残念ながらな。そこは木粉パテを詰めることにする」
礼子「木粉パテですか?」
仁「ああ。本体と同じ木をヤスリで削って粉にして、それを接着剤で練って詰めるんだ」木粉なので塗料も塗れる
礼子「なるほど」
仁「あとは漆を塗るわけだが、蓋にちょっと彫刻してみた」
礼子「なんと読むんですか?」
仁「『心到天真』と、『篆書』でな」篆書体はネットで調べられます
礼子「意味はなんですか?」
仁「『心天真に到る』と読んで、『心を常に純粋にしておくべし』という意味だな。『雅語』『吉語』というやつだ」
礼子「ああ、書道家が書いて額に飾ったり色紙に書いたりする、ああいう言葉ですね」
仁「そうそう」作者は『仁者楽山』とか『天地一家春』とか『萬家太平春』なんて言葉を彫っているな
礼子「なんとなくかっこいいですね」
仁「そう思ってくれるか」
* * *
仁「あとはこれに漆を塗るわけだ」
礼子「時間が掛かりますね」
仁「うん。実は箸も一緒に作っているので、そっちと一緒に塗ることになる」
礼子「完成は来年ですね」
仁「漆塗りだけで一月以上掛かるだろうからな」
礼子「そちらはまた発表します」
* * *
仁「というわけで、今回は『箸箱』でした」
礼子「加工の際はくれぐれも怪我にはご注意くださいね」
仁「削り屑の吸い込みにも注意です」
礼子「今年はこれで終わりですね」
仁「うん。……皆様、お読みくださってありがとうございました」
礼子「来年もまた、よろしくお願いいたします」
仁・礼子「「それでは皆様、ごきげんよう」」
ごらんいただきありがとうございました。




