潮風を感じて
ピカソ達は指定された港町メールへと到着した。
湾に存在する唯一の港町は数多くの船が停泊している。漁業も盛んで海の魚は此処から川を登ってバルーン街へと届く。
潮風の匂いを感じながら二人は歩いていた。
「一先ず冒険者ギルドの方に向かうんだよなお嬢」
「はい。そこでおじさまが手配してくれた船へ案内してくれる人が居るはずです」
冒険者ギルドを目指す事にした二人。
道中には海の幸を使った露天が数多く存在し、食欲を刺激する。
「んん〜、焼けた魚の良い匂いだ。腹が減るな。親父、この焼き魚五本くれ!」
「毎度!」
「もう、ベオルフ。人を待たせてるんですよ?」
「時間にはまだ余裕あるから大丈夫だって。おっ、向こうからも良い匂いが!」
「まったく……お?」
ピカソの目に、道端に幾らか並べ掛けられた絵が入った。数々の風景画に珍しく人相を描いてくれるらしい。
ベオルフに注意したにも関わらず、フラフラと光に誘われる虫のようにピカソが近寄る。
「こんにちは! ちょっと見ても良いですか?」
恐らく店主であろう老人に話しかける。
老人は一人現れたピカソを胡乱げな目で見る。
「お嬢さん、冷やかしなら返って……」
「凄いですね、柔らかなタッチに繊細に描かれた絵……それがこんな値段だなんて信じられません」
「わ、わかるのかい?」
老人は初めて目を輝かせた。
「はい! これでも私は絵描きの端くれですから! この絵は全て貴方が描いたのですか?」
「あぁ、そうさ。此処にあるのは全てワシの作品だ」
「凄いですね! 一つあたり1万クローナ……もっと高くても良いくらいですよ」
「……ははっ、お嬢さん。お世辞を言わなくて良いよ」
「え? いえ、わたしはほんとうに」
「これでも若い頃は中央で絵描きとして花を咲かせると夢を見た。大きな店を持ち、美術館に自らの手を飾ると。だが、ワシには才能はなかった。夢破れ今はこうした道端で二足三文の絵を売る事しか出来ないのだから」
自虐するように老人は笑う。
その様子を沈痛する表情で見るピカソ。その時、右手に沢山の露天料理を抱えつつベオルフが戻ってきた。
「まぁ、わかるな。冒険者にしろ、絵描きにしろ、大成するのはほんの一握りだ。多くの人は大成出来ずにやがて埋もれていく。言っちゃ悪いがこれも弱肉強食って奴だ」
「ベオルフ」
「良いんだよ、お嬢さん。彼の言う通りだ。だが、それでもワシには絵しかなかった。たとえ大成出来ぬともワシは死ぬまで絵を描き続ける」
「お爺さん……。決めました! 此処から此処までの絵、全て下さい!」
「ほっ?」
「お嬢、さすがに絵は」
「分かってますよ、ベオルフ! 自腹です。ジ・バ・ラ!! これでしたら文句ないでしょう? さすがに私情が過ぎるのは私だって分かってますよ」
ピカソは懐から代金を払い、老人の手を握った。
「ーー今は大変だと思っていますが頑張って下さい。貴方の絵は私から見てもすごく素晴らしいものだと思いますから。きっといつか人々は分かってくれます」
「……まぁ、自らの人生をかけて一つの物事取り組んできたその姿勢はカッコ良いと思うぜ」
真剣に言うピカソと不器用に褒めるベオルフに軽く笑いながら老人はありがとうよと言った。
「『魔獣魔物調査部門』から派遣されてきた特殊調査官のピカソ・アクリルとベオルフ・ヴァンデルンクです。お取り次ぎ出来ますか?」
「少々お待ち下さい」
冒険者ギルドに着くと同時に受付に尋ねる。受付は一度その場から離れる。その際、冒険者ギルド経営の配達所へ、ついでにピカソが買った絵の自宅への配達も頼んでおく。
やがて別の職員が出て港へと案内してくれた。
港の数多く並ぶ船の中でも、一際目立つ大きな船へと案内された。
船の前には荷台に腰掛けながら二十人に及ぶ冒険者達が待機していた。
「此方が海の上で貴方方を護衛してくれる方々です」
「<乗りこなせヨーソロー>のリーダーのカッラマだ。海上での護衛を担っている。魔魚だろうが魔海鳥だろうが俺達に任しな。海での戦いなら慣れている。大船に乗ったつもりでいろ」
大きな銛を持った不遜な態度のカッラマは荒々しい髭に焼けた肌と正に海の男と言って過言ない男性であった。他の冒険者達も皆似たり寄ったりだ。
「《7欠月》のアンタには個人では勝てない。だが俺達は海の上での戦いに慣れている。集団戦法もあわせて《6欠月》相当の働きは出来ると自負しているぞ」
「へぇ、そりゃ頼もしいな」
「はい。道中よろしくお願いしますね!」
「おう、大船に乗ったつもりでいろ!」
挨拶もそこそこに早速ピカソ達は船に乗り込んだ。
そしてピカソ達を乗せた船は先ずはファン・グラプス獣王国へ向けて出立した。
☆
順調に航路は進んだ。
今の所何か大きな問題は起きていない。いや、一つだが問題自体はあった。
「あ″ーー……暇だ」
そう、することがないのである。船の上では持ち込める嗜好品も限られる。おまけに個人的なピカソの護衛である為仕事が回ってくる訳でもない。
ピカソは変わりゆく空の模様や時折船に留まる海鳥、遠くに現れた魔鯨などに目を光らせ絵を描くことから暇はないがベオルフはそれらを見ても心踊らない。海に出て三日。既に見飽きた。
故にマストを背凭れにしながらぼーと空を眺めていたのだが
「……ん?」
ベオルフの黒い耳がピクリと動く。
波の音紛れ何かの風切音が此方に向かって来る。確認しようと手摺から顔を出そうとすると
ーースコンッ
頰の横を通り軽快な音と共に何かが太いマストに突き刺さる。
ギョッとして見ると1匹の槍状の魔魚がピチピチとマストに刺さりながらもがいていた。
「なっ、なんだこの魔魚は!?」
「どうしたんですかベオルフ。むむ、長い槍状の上顎に、青い鱗に一本の白い帯状の模様。まるで一本の矢みたいなフォルム……間違いありませんこれは"突貫魚"です!」
「"突貫魚"!? 待て、突貫つーことはまさか」
言葉に不穏な気配を感じベオルフは慌てて手摺から顔を出し海を見渡した。
先程から音は止んでいない。いや寧ろ多くなっている。
嫌な予感がして見たら遠くに数百は下らない"突貫魚"が此方に向かって来ていた。
「わぁっ! "突貫魚"の群れ! すごい、私初めて見ました!」
「感動してる場合じゃねぇからな!? やべぇ、こっちに来る!」
次の瞬間、真横から土砂降りの雨みたいに次々と"突貫魚"が船に突っ込んだ。
"突貫魚"は上顎が鋭い槍状で群れで行動する魔魚である。生涯決して止まらず泳ぎ続け、その槍状の上顎で自らより大きい相手を串刺しにして食らう。
勿論、"突貫魚"の攻撃で船が沈むほどではないが人体に関しては別である。目や心臓に刺されば致命傷は避けられない。
突然の横からの槍の雨に周囲に悲鳴と怒号が上がる。
「ぎゃあぁぁ!!」
一人の水夫が"突貫魚"に足を貫かれた。慌てて他の水夫が救助に向かう。
それを見たベオルフは焦る。このままでは自分達もあぁなりかねない。
「ちっ、この数はやべぇ。お嬢、何処かに隠れてろ!」
「ん、ん〜!! よっと……、もう隠れてますよ」
見れば空いていた樽の中にすっぽり入っていた。小さいがギリギリ入れたらしく顔だけだしている姿に何故か”ピカソ危機一髪”の文字が頭に浮かんだがすぐに振り払いピカソの入った樽の前に立ち"突貫魚"が突っ込むのを防ぐ。
「"突貫魚"か。『風壁』を発動させろ! 帆に穴だけは開けさせるなよ! それ以外は盾を全面に押し出せ! 不用意に頭を出したら打ち抜かれるぞ! 無理に倒そうとせず弾くだけで良い!」
「「「了解!!」」」
中央のマストの前には雇われた冒険者のチーム<乗りこなせヨーソロー>が一斉行使で発動させた風壁で帆に群がる"突貫魚"を弾く。
船団の護衛を受けることが多い彼らの動きは的確で手短く、それでいて洗練されている。船の上という不安定な足場にも関わらず、規律された動きには舌を巻くほどだ。
数分ほど続いた後、"突貫魚"の雨は止み弾かれた"突貫魚"がピチピチと甲板を跳ねていた。
「波は去った……か?」
ポツリとカッラマが呟く。
だが次の瞬間顔が険しくなった。
海が隆起し、見ればのっぺり平べったい、口が顔の半分以上を占める10mはある巨大な魚が現れた。
「大口鯨だ!」
一人の水夫が叫ぶ。
バッフォーク、別名"大食らい"とも呼ばれるあらゆる生物を丸呑む大食いの鯨。定かではないが一日に数百tの魚を食べるという。それが今、別名となったほどの大きな口を開けてこの船に向かっている。
「"突貫魚"はこいつから逃げてたのかっ」
「あのサイズ、かなりでかいぞ!」
「こっちに向かって来る!」
「この船を餌と勘違いしてるのか!? まずいっ、ぶつかられたらひとたまりもないぞ!!」
「急いで離れろ! 水精霊魔法と風精霊魔法を行使して全力で離脱するっ」
「だめだ間に合わないっ、迎え撃つしかない!」
「バリスタ準備急げ!」
「精霊魔法もだ!」
指令と怒号が辺りに響き渡り、再びドタバタと忙しなく動き始める。
船からバリスタや弩を放つもバッフォークは止まらない。突進で生じる水飛沫に弾かれ、焦りからかそもそも掠りもしないのもある。
精霊魔法の方も炎では効果は薄く、風はそもそも余程の達人でなければ攻撃には転用出来ない。故に船の速度を上げるために使っているが向こうの方が速い。土は海上に居らず、水は精霊が沢山いるがあれほど巨大を逸らすのは難しかった。
それでも彼らは放つ。このままでは転覆し、自らの命が消えるのは自明の理なのだから。
「んー、こりゃこのままいくと不味ぃな」
戦況を見ていたベオルフが呟く。あの魔大魚はどうやら船を餌と勘違いしているらしく猛然と此方に大口を開けたまま突進してくる。あのままの勢いでぶつかられたらまず転覆は免れないだろう。
幸いにもまだ距離はある。ベオルフであれば近付く事が出来れば倒す事は容易だが一つ問題があった。
「どうやってあそこまでどう行くか、だな」
流石にベオルフでも海の上を走る事はできない。そして泳ぐのも得意ではない。
ベオルフは何かないかと辺りを見回し、上の甲板にバリスタの準備をしている水夫を発見した。ひょいっと4m以上の高さを跳躍し、水夫の隣に着地する。
「ちょっといいか」
「な、なんだこの忙しい時に」
いきなり下の甲板から此処まで跳んで来たベオルフに水夫はビックリしながらもバリスタの準備をしている。
「いや、用ってのは…あぁ、ちょうど良いのがあった」
ロープを手に取り自らとバリスタの弾を結び、上に乗る。
「よし、このままあの魔魚に向かって撃ってくれ」
「はっ!? な、何を言ってるんだ!?」
「良いからほらっ! このままじゃ俺もお前も海の藻屑だぞ!」
「ちょっ、勝手に……あぁ、もう知らねぇぞ俺は!!」
やけくそ気味に水夫によってバリスタが放たれた。
かなりの速度が出たがロープと態勢を整える事で何とか落とされずにすむ。そしてバッフォークの近くまで来た時胸元のナイフでロープを切った。
バリスタは外れたがベオルフはバッフォークの頭の上に飛び移った。
「ととっ、何だこいつ、俺が頭に乗ってるのに目の前しか見えてねぇのか? まぁ、好都合か」
そのまま滑り落ちないよう落ちないように足腰に力を入れながら狼牙棒で軽く頭を叩いていく。
僅かだか音の違う部分があった。
「ここか? 良し」
すぅと息を吸い込み狼牙棒を構える。上腕二頭筋が膨張し、血管が浮かび上がる。
そして
「螺旋牙突!!」
身体強化に薄く風精霊を纏わせた穂先を一点に向けて垂直に貫いた。
螺旋牙突は螺旋状に穿ち、対象を貫くベオルフの得意な技の一つだ。その威力は岩すらも粉砕する事が出来る。
螺旋打突はバッフォークの頭部から真下に貫通し、風穴を開けた。
それでものろのろと船に向けて動いていたバッフォークだが残り数mの所で力尽き転覆しプカプカと巨体が浮いた。
水夫や職員たちは目の前で起きた出来事が信じられず唖然とする。
「でかい口の割に脳みそが小っせぇから簡単に倒されんだよ。んで、こいつ食えるのか?」
その中で船に戻ったベオルフだけが何事もなかった風に尋ねた。
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