「海での特訓」
クラス対抗戦も終えその翌日、オレは海を訪れていた。昨夜、ディーネにフウト戦で見せたあの消えるのを教えてほしいと言われたのである。消えるといってもそれは視覚的なもので実際は高速移動しているだけなので剣の技術とは関係なく体を鍛えるしかないと伝えるとどうすればいいかと尋ねられたのでせっかくなので海に行こうということになったわけだ。
「それでディーネは……っと」
待ち合わせを指定しないということをしでかしてしなかった愚かさを悔やみながらまだ昇りきっていない太陽を半ズボン以外は身に着けていない体で受け止めディーネを探す。比較的涼しく空いているうちに海での鍛練を済ませようとしたのだけれど夏に海は定番なのだろう、既に海にはちらほらと人の姿があった。
「あ……んーーーー? 」
見ると前方に人だかりを見つけて声を上げる。誰か有名人でも来ているのだろうか? とつま先立ちで原因に目を凝らす。そこには大勢の男性に囲まれているのに困惑している女性の姿があった。
ディーネだ。よくよく見てみれば階段から近いそこはお互い海で泳げる服に着替えようと別れた場所で待ち合わせ場所というならそこしかない場所だった。
参ったなあ、ナンパってやつか。救出したいけれど下手をすると面倒なことになりそうだ。
何かいい方法はないかと周囲を見回すと後ろに回っても声をかけられないから望み薄と判断したのだろう彼女の後ろには砂しかないことに気が付いた。
「丁度いいか」
呟くと同時に一歩右足を後ろに下げ蹴り上げる。
「お姉ちゃん一人? 可愛いねえ良かったら……」
「残念ながら連れがここにいます」
全速力で彼女の後ろに回り込むと代わりに答える。
「「えっ!? 」」
驚きの声を上げる一同、高速で移動したオレが彼らには突如現れているように見えるらしいので驚くのも無理がないだろう。というより驚かせるためにやったのだから驚いてもらわないと困る。
「なんだこいつ突然……」
「気味が悪い、じゃあな」
男達は口々にそう発すると散っていった。
「待たせて悪かった。早速始めよう」
「ううん、ありがとう」
彼女が振り向くとその拍子に普段は色々と圧迫されて小さく見えるものが水色と白の縞模様の布一枚という薄さになった喜びか大きく揺れる。
これは……凄い迫力だ。
彼女の豊満な胸に思わず目が留まる。あれだけ男性が集まったのも分かる気がした。
「……ガイト? 」
「いや、なんでもない。早速始めよう。まずはこれをみてくれ」
悟られまいと目を逸らすと同時に足元を指さす。そこにはくっきりとオレの足跡が残っていた。
「前も言ったけれど見てわかる通り瞬間移動とかじゃなくて普通に走ってここまで来たんだ」
「……すごい」
ディーネが足跡を眺める。どうやら誤魔化すことに成功したようだ。
「それじゃあ、早速始めようか。これは技術じゃなくて純粋な肉体がモノを言うから人によっては身につかずに卒業もあるらしい」
「……そんなに難しいの? 」
「講義があるからな。先生曰く『筋肉痛になって肝心の剣やソウルについて学べなくなったら困ると考えて肉体を鍛えなかった結果身につかずに卒業する生徒も多いのよ』だそうだ」
ディーネが俯く。脅かしすぎてしまっただろうか?
「まあ、だから夏休み期間はチャンスなんだよ。今なら筋肉痛になっても講義に影響が出る心配はないから」
「…………」
励ますように笑いかけるも冷静になるとそんな励ますような言葉でもない。むしろスパルタの類だ。そのせいか彼女は黙りこくってしまった。
ディーネなら入学時の結果を見る限り心配はないなんて言って気を緩めないようにとしたんだがマズいな、何か励ましの言葉を……
何かそれっぽいことを言おうとした時だった。
「……頑張る」
耳を疑う。その声はいつものディーネよりも気合が入っていたものだったからだ。
「とりあえず、あそこに浮島があるだろ? 」
海に簡易的に作られた白い足場を指さす。
「あそこまで行って帰ってくるのを昼まで体力の限りやってみよう」
「……わかった、行こう」
そう口にすると彼女はオレの手を掴み一目散に海目掛けて駆け出し砂浜の背景が目まぐるしく変わっていく。
「あの、ディーネ……さん? 」
「……私も強くなれる」
心ここにあらずといった感じだ。そのままディーネは海に近づくと飛び込み浮島目掛けて泳いでいった。水しぶきをあげて彼女はグングンと距離を詰めていく。
「凄いけど気合入りすぎていないかな……バてるぞ」
「それだけ彼女も必死だということよ」
「なるほどねえ……ん? 」
右から聞きなれた声がしたので振り向くとそこには黒い上下の布に白いカーディガンを羽織ったジェシーの姿があった。
「どうしてここに? 」
「勿論、修練のためよ。この時期に体を鍛えるとなったら水泳ほど適したものはないでしょ? 」
「それ、着たまま泳ぐの? 」
余計に見える上着を見ながら尋ねる。
「当然よ、ワンポイントファッションなのよ。それじゃあ、私も参加させていただくわ」
彼女はそう口にするとオレの返事も待たずに海へと飛び込んだ。
「ちょっと……まあいいか」
数人で和気あいあいとしている中ひたすら浮島を目指す二つの水しぶきを眺める。
「皆強くなりたい気持ちは一緒なんだな」
当然それはオレも同じだ。せっかくだから追いかけっこにしよう。海へと歩き体中がヒンヤリとした感触に包まれるのを感じながら二人と浮島までの距離を測る。ハンデには丁度良さそうだ。
「それじゃあ、行きますか」
その言葉を合図に勢いよく砂を蹴り海に身を投げ出した。




