「超えるべき壁」
オレの在学を賭けた代表戦当日、特別扱いされるとかはなく観客席の一番後ろに腰掛けディーネの入場を見守っていると
「隣、良いかしら? 」
と一人の命知らずの声、マリエッタだった。
「ああ、というかもし負けたら暴れ出さない用の監視なら、わざわざ尋ねる必要無いんじゃないか? 」
「別にそういう訳じゃないわよ」
「冗談だよ、そうだ、まだ気が変わってないなら二人でどこか田舎に行ってくれるか? あれ、嬉しかった。ありがとうな」
「……何よ急に」
「何だろうな、でも嬉しかったからさ」
「その気なんてない癖に」
「ああ、ディーネは勝つって信じてるからな」
「その言葉、直接言ってあげれば良いのに。でもそうね、万が一、その信頼が裏切られるような結果になったとしたら……私が一緒に行ってあげても良いわよ」
「ありがとうな」
改めて礼を述べると同時にわあああと歓声が上がる。何かとステージに視線を移し目を疑う。ディーネと向かい合うように立っているのは……アローさんだった。
「どうしてアローさんが……」
わざわざサタンとの戦いに駆けつけてまでくれたのに……もしかしてオレのことが嫌いだった? 一度持ち上げてから落とそうとしていたのか?
ドス黒い感情がオレを襲い胸が痛くなる。
「なるほどね、分かる気がするわ」
マリエッタが言った。
「分かるって何がだ? 」
「別に、今敵対したからって貴方の事を嫌いではないってこと、むしろその逆なんじゃない? 学園内でさえこの騒ぎなら騎士団に入ってからの貴方がどれだけ苦労するか予測できるもの」
「……そういう考えもあるのか」
アローさんを見つめる。彼はとても険しい表情をしていた。マリエッタの言う通りなのかもしれない、そうであって欲しいと心から願う。
「それにしても二人がこんな形で戦うことになるとはね」
「? ああ、前は二人でチームになって戦ってたからな」
「え、ええそうね……」
何故か慌てて同意を示すマリエッタ、よくは分からないが、そう言えばアローさんには試合開始と同時にこちらに斬撃を風に乗せて飛ばしてくる戦法があった。それをフレイムのディーネはどう防ぐのだろうか? 彼の必殺の嵐をどう防ぎ接近戦に持ち込む?
考えれば考えるほどディーネが不利な気がしてきた、でもオレはここ半年の彼女の成長を知らない、それを信じたかった。
剣を構えているディーネに視線を移す、彼女は周りの盛り上がりも対戦相手に驚いた様子もなくアローさんを見つめ試合開始の時を待っているようだった。
「それでは、試合……開始」
「『クリアランス』」
審判が手を上げ宣言したその直後、ヒュンッと手加減なし以前見たよりも強力な斬撃がディーネ目掛けて飛んでいく。
「『フレイムブレード』」
対するディーネは炎を剣に纏わせ剣のリーチを伸ばし斬撃目掛けて剣を振ると次の瞬間、アローさんが繰り出した斬撃が消えた。
「何が起きたんだ……」
「恐らくジェシーさんが空気を凍らせて防いだみたいに、ディーネは空気を燃やしたのよ。空気が無ければ風は進めないから」
「アローさんのソウルに対して真っ向勝負を挑んで勝ったのか……」
「そうみたいね、しかも事前にリーチを伸ばしたからまだ彼女の前にはあれだけの炎が残ってる」
言葉通りで二人を隔てるように炎の壁が出現しておりアローさんからは彼女の姿は見えなくなっていた。
あれでは防いだ隙を狙って接近戦を仕掛けることは出来ない。だがディーネの手を離れ徐々に弱まっていく炎の壁を利用することが出来る。
「『インフィニットランス』」
すかさずアローさんは炎の壁に向かって複数の斬撃を放つ、先程とは異なり跳ね返す力が残っていない炎は斬撃を強化する形として利用され、炎を纏った斬撃となって突き進む。しかし、その先にディーネの姿はなかった。彼女は既に壁から回り込む形でアローさんへと迫っていた。
「やるなディーネ」
「ええ、大したものよ」
状況は一転してディーネが有利となった、彼女はこの機を逃すまいと距離を詰める、対してアローさんも逃げる訳でもなく距離を詰めた。
「真っ向勝負だ」
「アローは剣技もなかなかなものよ、それに対してディーネは……どうなの? ソウルでは彼女の方が有利だけれど」
「どうって……剣技を教えたのはオレだぞ」
マリエッタに応えるとともに歓声が上がる、ディーネはアローさんと互角以上の剣戟を繰り広げていた。
しばらく打ち合った後にアローさんは後退する、彼の剣にはディーネの炎で燃えていた。
「勝負あったかもしれないわね」
「え? 」
「あれじゃもうウィンディの彼は出力を調整しないとあの炎に巻き込まれてしまう、とはいえ巻き込まれないように調整した僅かなソウルでディーネに勝つのは不可能。だから後は逃げ回るしかない」
マリエッタが言う。しかし、彼女の予測とは裏腹にアローさんはソウルを限界まで放出したようで巨大な炎が剣から溢れ彼を包むかと思った寸前、彼はその剣を思い切り振り抜いた。
「『エンチャントフレイミングストーム』」
瞬間、以前見た嵐よりも巨大な炎の渦がディーネ目掛けて進み出した。
「ウソでしょ! ? あれだけの炎に巻き込まれないばかりか利用するだなんて」
「もしかすると接近戦を仕掛けたのも、それが狙いかもしれない」
「そんな、最初からディーネのソウルを利用するつもりだったなんて……」
改めてアローさんを恐ろしさを目の当たりにする、しかし素直に感嘆してはいられない、これでディーネが負けたらオレは退学だ、ディーネに視線を移す。彼女は迫る炎の渦に対して剣を構えた。すると彼女の剣に炎が集まり始める、そして以前のように炎が圧縮され球体になった。
「以前よりは強くなってる、でもあの威力じゃ……」
マリエッタが俯く、誰もがそう思っただろう。圧縮されているとはいえあの炎の嵐には勝てない……と。
だが次の瞬間……球体は更に巨大になっていきやがて刃を覆い尽くした。
「なんだよあれ……」
ざわめきが起こる、当然だ。剣全体を覆うほど圧縮したソウルの持ち主、そんなものは聞いたことがない。
アレを一度に放出するとどうなるのか……皆が見守る中。
「『バーストブレイズ』」
ディーネが剣を振るった、同時に解き放たれた炎が炎の嵐を一瞬で貫き、一直線にアローさんへと向かったと思った瞬間、彼を包み込む。
「勝負あり、勝者ディーネ! 」
静まった場内に審判の声が響きオレの残留を賭けたディーネとアローさんの試合はディーネの勝利に終わり、オレは学園に留まることになった。
「行って来なさいよ、多分ディーネも待ってるわよ」
「ああ、マリエッタも行こうぜ」
「私は遠慮しておくわ」
「……? 分かった」
マリエッタに唆されて立ち上がる。恐らく、ディーネは今、控え室にいるはずだと向かおうとしたその時だった。
「きゃー! ディーネ様ー! 」
怒涛の勢いで大勢の生徒が控え室目掛けて走って行くのが視界に入る。
「なんだ、何が起きてるんだ」
「騎士団の人も今の中にいたわよ、前代未聞のことをやったばかりか、あのアローを倒したとなっては恐らく試験免除ね」
「すげえな」
「あら、もしかして嫉妬してる? 」
「そういう訳じゃねえよ、それにオレだって……」
……オレだってサタンの時みたいに光と闇のソウルを合わせれば出来るかもしれない。
そう口にしようとして慌てて言い止まる。これが皆に知られたら、それ程の力を持っているなんてとまた警戒されるかもしれない、そしたらディーネの努力が水の泡だ。
「オレだって……何よ」
「ああオレだって……オレだってソウルの無効化を使えばアローさんに勝てるかもしれない、いや、入学試験の時勝ったぞ! 」
誤魔化してマリエッタの追撃を華麗に躱すとディーネの元へと向かった。
人混みをかき分けディーネの元へと向かおうとしたその時だった。
「……ふう」
「え」
どういうわけかディーネが出てきた。すかさず上着を彼女の顔に被せると彼女の手を引いて人気のないスタジアム裏へと移動し上着を取る。
「一体どうしたんだ」
「分からない、いきなり人が来て係の人が止めてくれたんだけど飛ばされちゃったみたいで」
「それで一か八かで人混みの中に飛び込んで逃げてきたわけか」
彼女が首を縦に振る。
……そうなると今、彼、彼女等は目当ての人がいない所に集まっているということになるのか、それはそれで気の毒だな。
と集まっている人々に少しばかり同情しているとマリエッタの言葉を思い出した。
「そうだ、マリエッタが騎士団の人も控え室に向かってたとか言ってたけど会えたか? 」
「……うん、一番先に来たから。係の人が通してくれたんだと思う」
「それは良かった、騎士団の試験免除になるかもとか言ってたからな」
「……そう言われた、でも代わりにたまに騎士団の任務に呼ばれるって」
学生ながらに任務まで出られるとは破格の対応だ。
「任務に呼ばれるなんてやったな……それと、ディーネありがとうな、お陰で助かった」
改めて彼女に礼を述べると
「……ガイトの役に立てて良かった」
と彼女はいつものように微笑んだ。




