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「信用」

 横になり数時間、ひたすらと真っ黒な天井を眺める、あの戦いの後、雨が降り始め、その中で騒ぎを聞きつけた警備の剣士が集まり事情を説明すると無傷なので剣を回収してそのまま帰ろうとするのを必死に入院を勧められ剣士に連れられ病院で一夜を過ごすことになったのだった。病院でベッドに寝かされてからも一向に眠りに付けなかった。


「目が覚めたようだな」


 声のした方向に目を向けるとそこにはランプを手にした総司令が立っていた。


「そ、総司令、いつからそこに! 」


 脳裏に総司令はサタンの味方だと言った彼の姿が(よみがえ)る。もしかするとそのことを確かめに来たのかもしれない、と警戒すると案の定彼は「君が光の剣士と遭遇したと聞いてな」と返した。


「そうですか」


 動揺を悟られまいと作り笑顔を浮かべて応じると彼が眉を(ひそ)め口を開く。


「大体の報告は受けているのだが……どうした、何か光の剣士から聞いたのか? 」


 はい、貴方は裏切り者だと聞きました……なんて正直に聞くなんて真似は出来ない。それで最悪の場合は返答代わりに口封じと殺されてしまう危険もある。この事は悟られてはいけないこと……だというのに彼の鋭い眼光を見るとすべてを見抜いていて隠し通すことは不可能のように思えた。


「ええ、彼はあの剣を破壊してサタンを復活させるつもりだと」


 嘘をついた。でもそのことで動揺したことは事実だった。


「……そうか」


 何かを考えこんだ後に彼は言う。

 ……良かった、何とか誤魔化せたみたい。


「他には? 」


 安心したところに追撃、怪しまれているのかしら? いや前回みたいにバレている? 不安が頭を過る。でも、武装していない状況で私が出来ることは嘘をつき続けることしかない。

 覚悟を決めると意図的に目を細めて言う。


「他に……ですか? 」

「そうだ、光の剣士は何か言わなかったか? 」

「いえ、その後私が逆上したのもあってすぐ戦闘になりましたから……何も」

「では、質問を変えよう」


 私がとぼけているのを見抜いたのか総司令は言う。


「何故君は生きていると思うかね? 」

「……質問の意味が分かりませんが」


 演技ではなく本当に意味が分からずに尋ねる。


「彼は闇のソウルが使える、それなのに何故君は生きているのかという意味だ」

「そういうことですか……」


 考えてみればそうだ、彼は闇のソウルが使えたしペンダントを持っている私が転落死なんてすることは有り得ないということも知っていたにも関わらずに突き落とすという方法を選んだ。それは何故だろう? 私に裏切者を教えるためじゃないの? でもそれなら一緒に剣を守って総司令と戦うという道もあるはず。その方が確実……彼は何を考えているの?


「どうした? 」


 脱線して時間がかかりすぎた、総司令が肩を叩く。ここで変な答えをしたらこのまま肩を握りつぶされてしまうのだろうかという不安が過る。


「すみません、実はあの時、私……鎧に爆弾を仕込んでいて」

「爆弾だと? 」

「はい、床に敷き詰めた絨毯(じゅうたん)にそれとなく飾られていた松明の火を移しいざとなったら彼もろとも爆発する算段だったのですが、見破られていたようです。皮肉にもペンダントのことを知らなかった彼のその判断が私を助けることに繋がったわけですが……」

「爆弾……闇のソウルが完全に身体を消滅させるまでに炎に飛び込むことは不可能ではない……なるほど」


 総司令がぶつぶつと呟くとこちらに目を向ける。


「すまなかった、それでは失礼するよ」


 そう言い残すと総司令はガチャリと扉を開けて出て行った。その直後、扉が再びガチャリと音を立てて開く。ディーネだった。


「……美術館から落とされたって聞いて。マリエッタ、大丈夫? 」


 開口一番そう口にする彼女は雨でビショビショの寝間着姿にボサボサの髪と酷い格好で思わず「ディーネこそ大丈夫? 」と尋ねたくなるような風貌だった。でも心配してくれたであろう彼女にそれはあまりにも失礼だ。代わりに「心配してくれてありがとう」と返す。


「……どういたしまして。相手は、ガイト? 」

「ええ、それは聞かなかったの? 」

「……うん、マリエッタが入院したらしいってシェスティンさんが」


 シェスティンというのはクラス対抗戦でガイトと話していた三人のうちの一人、明らかにリーダー格の女性ね。

 記憶を辿り名前と顔を一致させる。騎士団の彼女が情報を耳にして直ぐにここに来たのだろう。


「そういうこと、彼女は今は何処に? 」

「……馬車で待ってくれている」

「そう、迷惑かけたわね。実は私念のために入院しただけなの。ごめんなさいね、夜遅くに……」

「……気にしないで、安心した。じゃあ、夜も遅いからこれで」

「待って」


 去ろうとする彼女を呼び止める。総司令の件について迷ったけれど彼女の答えが聞きたかった。


「もし、もしよ……ガイトが寮長がヘルソルジャーって言ったらディーネならどう思う」


 一瞬の沈黙、それも当然かもしれない。ディーネは寮長と二年以上の付き合いに寮長のあの面倒見のいい人柄は私にとっての総司令の例えにしては大袈裟過ぎた。

 誰か他に良く例えられる人は……

 と考え始めた時に彼女が口を開く。


「……私は、ガイトを信じる」

「どうして? 」


 意外な言葉に思わず尋ねると彼女は俯いた。


「……一期生の時、私はガイトのためだと思ってガイトと戦った。その時、ガイトを一人にして寂しい思いをさせた……そこでガイトは口調とは裏腹に繊細(せんさい)だって気付いた。それでももう遅いと思っていたんだけど、許してくれた、ガイトは人一倍優しい人。マリエッタを助けたのも総司令がヘルソルジャーって伝えたのも嘘じゃないと思う」


 ポツポツと彼女は口にする。以前話してくれた出来事の話だろう。私がいない時の二人の話、彼女にとっては苦い思い出かもしれないけれど、どこか()ける……とにかく彼女の言う通りガイトが優しいのは事実だ。首を縦に振る。


「確かに、タイミングが良すぎるわよね。総司令に情報が入った数日後にガイトが現れるなんて。でもそれならどうしてサタンの剣を破壊なんてするのよ、一緒に守ればいいのに」

「……総司令が敵だと戻れない。そう振る舞うしかないのかも」

「そうね、ディーネの意見は言われてみると筋が通っていると思う。実際に私でも総司令が敵となると下手な行動は出来ない。それに、そんな嘘をつく必要もない。だってその気になればサタンとその息子のガイトで騎士団なんて関係なく大暴れ出来て……あれ? 」

「……どうしたの? 」

「私、総司令がヘルソルジャーだなんて話したっけ? 」

「……言ってない。でも、マリエッタが悩んで私と寮長に例える人って総司令位だと思うから……そんなに仲が良いことは知らなかったけど」

「ち、違うわよ! あくまで例えであって」

「……知ってる」


 と彼女は笑う。それを見て何かおかしくて私も笑った。


「……そういえば、さっき総司令が部屋から出てくるの見た。どうやって誤魔化したの? 」

「ああ、それはね」


 説明するとネックレスに飾られたクリスタルを見せる。


「このクリスタルはね、剣と同じものが使われているの。だから、これだけあればソウルが使えるから落とされても安心だった……というのを彼は知らなかったってことにしたわけ」

「……そうなんだ、凄いクリスタル」

「ガイアの特権ってやつね」


 彼女が興味を示したのが嬉しくなって驚かせようと探知を始める。


「あら? 」


 奇妙なことが起きた、探知の結果この部屋の外に護衛のためか二人の人物がいるのが分かったけれど奇妙なことに一人は剣でも構えているのか前足に体重を乗せていてもう一人は床に寝そべっている。


「ねえ、もしかして護衛の人が外にいるの」


 彼女が首を縦に振ったその瞬間、ぞくりと背筋が凍る思いをする。


「何人? 」

「……一人」


 一人ですって……そうなると今の探知の結果が示すのは……


「ディーネ、そこの剣を取って! 」


 慌てて叫ぶもまさか病院でなんて誰も考えない、そのため彼女は反応が出来なかった。私は代わりに立ち上がると左手で剣を掴み右手で彼女の身体を掴むと窓を開けて飛び出す。その直後、ドガン! と大きな音が響くとともに病室が吹き飛んだ。

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