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「痛み」

 目の前に突き付けられた剣を彼が鞘に戻すのをぼんやりと眺める。

 ……首席だった私の剣技が年下に(ことごと)く防がれるなんて……こんなの絶対夢よ。

 がっくりと膝をつく、下が大理石だったため膝を強く打ってしまった。その痛みが現実だということを私に知らせる。

 夢であって欲しかった。だって私は首席なのよ? 三年間皆の憧れの的で誰にも負けなくて総司令直々に優秀なミッションを任せられた優秀な人間なのよ? そんな私がどうしてこんな惨めな思いをしないといけないの? 彼が私以上に優秀だから? そんなの嫌、認めたくない……認めたくない…………認めたくない………………だって私は首席で卒業した優秀な人間なんだもの……そんな私がどうしてこんな惨めな思いをしないといけないの?

 頭の中がぐちゃぐちゃになるのに合わせて視界も歪んでいく。


「落ち込んでるとこ悪いけど約束は約束だ。どうやって脅したのか知らないけれどそのことは忘れてディーネに謝って貰うぞ」


 バツが悪そうに言うと彼は私に背を向けて修練場から出ようとする。

 そうよ、私はこのミッションのために他人を脅した。それはいけないことなの? ミッションなのよ? それにあんなの弱みに入らないじゃない。なんで私だけが悪いみたいになっているの? あの子も悪いのよ、あんな事で深刻そうにして。


「そうよ、脅したのは私よ。でも、あんなので素直に要求を呑む方も悪いわ」

「は? 」


 彼が立ち止まりこちらを憐れむように見下ろす。


「だって、そうでしょ! 胸を張ればいいのよ、あんなの弱みでもなんでもない! 私が何で彼女を脅したのか教えてあげる……彼女はあn」


『あのアローの妹なのよ』、そう言おうとするもそれはパンッという音と痛みに防がれる。いつの間にか数メートルの距離を埋めた彼に平手打ちをされていた。


「それ以上言うな、例え他人からはどうでも良く見えても本人には嫌なことだってあるだろ」

「……ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 年下に剣技で負けた挙句お説教をされる。私は何をやっているのだろう? 何も分からないままひたすら彼に謝罪をした。


 ~~

 消灯時間が迫り松明の火が消えかけ薄暗くなっている女子寮の廊下をまだヒリヒリと痛む頬を摩り(さす)ながら一人歩く、結局私は三十分位彼に謝罪をしていた。寮長が様子を見に来なければもっと長い間あの場所にいたと思う。正直今も身体を動かすのが辛い、それでもディーネさんへの謝罪という目的の為だけに休むわけにはいかなかった。

 コンコン、と昨晩のように彼女の部屋のドアをノックする。

 そもそも、会ってくれるのだろうか? 謝罪を受け入れて貰えるのだろうか?

 不安が頭を過る。でも、考えてみれば彼女への謝罪というのは私の心を軽くすることもできるものなのでそれが拒否されればいつまでも引き摺って生きていくことになる。私にはその方が合っているのかもしれない。


「……はい」

「私、マリエッタよ」


 門前払い出来るようにと名前を明かす、でも彼女はそうはしなかった。ガラリとドアが開いて目を赤く腫らした彼女が姿を現す。


「遅くにごめんなさい、昨日のこと、謝りたくて」

「……そう、ガイトが勝ったんだ」

「ええ、そういう約束だったわね、でも約束とかじゃないの。本当に謝りたくて……ごめんなさい、私貴方がアロー君の妹だっていうことをそこまで隠している意味も分からないで脅していた。それで貴方が苦しんでいる意味も分からなかった。羨ましいとさえ思っていた、ごめんなさい」

「…………そうなんだ、でも貴方の言う通り。ただ何でも出来て凄い人お兄ちゃんと比べられてガッカリされるのが嫌なだけ。いつもそうだった、両親にも『お兄ちゃんは出来るのにどうして出来ないんだ』って言われた。ここに来たのもお兄ちゃんが凄かったから、でも、お兄ちゃん以外は誰も私は知らないからチャンスだと思った。だから今、お兄ちゃんが有名なアローだと知られて学園の皆に、ガイトに、故郷の人みたいに出来の悪いアローの妹として見られるようになるのが嫌だっただけ。優秀な貴方だったらこうはならなかった」


 彼女の話を私は黙って聞いていた。知らなかった、彼女にそんな苦悩があったなんて……先程光の剣士の力を目の当たりにした私には気持ちが痛いほど良く分かった、もし彼と兄妹だったら……私も彼女のように名乗らなかったかもしれない。


「ごめんなさい、そんな風に悩んでいるなんて考えもしなかった。それに、私は優秀じゃないわ。貴方のその悩みも今の今まで気が付かなかった。私も同じよ、彼と仲良くなるには他にも方法があったのに」

「……どうしてそこまでガイトと仲良くなりたかったの? 」


 彼女が尋ねる。

 当然の疑問、もう何も隠す必要もない、いえ、彼女が秘密を話してくれたのなら私も話さないと。

 覚悟を決めて質問に答える。


「私ね、ここではないけど既に剣士の学園を卒業しているの、ソウルもフレイムじゃなくてガイアよ。ここに来たのは極秘に光の剣士とサタン復活のカギを握っている指輪の護衛をする為よ」

「……え、どうして? 」

「光の剣士も指輪、二つもあったらヘルナイツが狙う格好の的になるでしょう? 」

「……そうじゃなくて、どうして極秘情報を私に? 」

「そっちね。貴方の秘密を聞いたんだから私も明かさないとフェアじゃないでしょ? それに……私もうこのミッションから降りようと思っているから」

「……どうして? 」

「剣技でも勝てない、周囲との接し方も駄目、おまけに護衛対象にはお説教されて嫌われる……自分が優秀じゃないこのミッションにふさわしくない存在だと痛感したからよ、だから、次に来る人がいるでしょうけれど安心して。その人は私とは違って本当に優秀な人だから」


 ここまで話してようやくミッションを降りることが出来るのかという疑問が浮かぶ、最悪命が狙われるかもしれない。そうなったとしたら、自惚れ屋にはふさわしい結末かもしれないわね。


「それじゃあ、ごめんなさい、おやすみなさい」


 そう言って昨夜のようにドアを閉じようとする。


「……待って」


 どういうわけか彼女に引き留められる、そういえば謝罪と言って彼女から罵倒の言葉を聞いていなかったと覚悟を決めて次の言葉を待つ。それは意外な内容だった。


「……諦めないで欲しい、護衛の為なら私もガイトと仲良くなるのに協力するから」

「無理よ、適材適所って言葉があるでしょ? 私じゃ務まらないのよ」

「……そんなことはない、貴方は優秀な人だから」

「でも、彼に負けたわ」

「……お兄ちゃんだって負けた、それにガイトが剣技が強いのは前からだけれどソウルが上手くいかずに悩んでいた。たった一人で……私はそれに気が付かなかったばかりか追い詰めて……多分、皆間違いはするし負ける。でも、そこで諦めたら駄目だと思う。貴方は、私と違って優秀な人だから……私も協力するから」

「そうやってお説教されるうちは優秀じゃないわよ……でも、ありがとう。貴方がそう言ってくれるならもう少し頑張ってみるわ、おやすみなさい」

「……おやすみ」


 彼女は笑いながらドアを閉める。頬を触るといつの間にか痛みが消えていた。

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