第18話 最終兵器、モモコ
「よく言った。なら、もう少しだけ付き合ってもらうぜ、アオヤ」
彼は、アオヤ君を左手で抱きかかえると、迫るヒュドラの顎へ、あろうことか衝突するよりも先に立ち向かった。更に、鼻先三寸でサイドへ避けてから、大きく開かれる前の口をホーリーセイバーで上から串刺しにし、そのまま地面まで届いた刃でヒュドラを張り付けに拘束したのだ。
そして、アオヤ君をヒュドラへ寄りかからせるとフェザケアを掛け、後ろを振り向くと、もう一方を言われるまでも無く待ち構えるジャンゴさんの元へ走った。
「分かってんな」
「あたぼうよ!」
言って、彼らは武器も無しにヒュドラの攻撃を待ち構え、筋肉にモノを言わせるように力強く立ち塞がり、地面を踏ん張ってアオヤ君に届かない位置で突進を食い止めた!
「……なんなの、あの人たち」
スキルも使わないで、という俺の感想など置いてけぼりに、シロウさんは一瞬で体を翻してジャンゴさんのラブリュスを地面から拾い上げると、振り下ろす一撃目で竜の頭蓋を叩き割り、殴り付ける二撃目で脳漿を完全にぶちまけた。あれは、ちょっとグロいな……。
そんな事を考えながら、ジャンゴさんのパーティメンバーに片手でライケアを掛け、効率を上げようともう片手でポーションを飲ませるために女性の体を仰向けに直した。
「……あなた、冒険者だったんですね」
それは、数日前にカジノで見かけた、銀髪で大人びた、しかしあの時とは違い、苦しそうにうめき声を漏らし目を閉じている、あのヒトだった。
「大丈夫ですか?」
言って、彼女の頭を膝に乗せ、指で優しく口の端を開くと、少しずつポーションを流し込んだ。だが、ダメージはかなり蓄積しているらしく、すぐに目を開ける事は無い。
しかし、確かに傷は、癒えている。だから、俺は彼女の体を降ろすと、今度はもう一人の若い男の子の元へ向かって、同じようにポーションをゆっくりと飲ませた。
その時だった。地面を破砕する爆音が部屋中に轟いたのは。何事かと再びヒュドラへ目を向けると、膝をついて息を切らすジャンゴさんを、シロウさんとアオヤ君で守っていた。
「……油断した」
どうやら、脇腹を食いちぎられたらしい。当然だ。あの人は、俺たちが来るよりも前に、しかも長い時間一人で戦っていたんだ。限界なんて、とっくに超えているに決まってる。
「アオヤ。ジャンゴを連れてキータのところへ戻るんだ」
「シロウさんは大丈夫、なんすよね?」
「あったり前よ。それに、もうそろそろ時間だろ」
言って、彼は尚も拘束されているヒュドラの頭をボッコボコに殴り付けて叩き潰すと、ホーリーセイバーを引き抜いて二人を背中に隠した。
「そろそろ?……はっ」
メラ……。視界の端に陽炎が揺れる。僅かな烈波が俺の頬を撫でた時、突如として部屋の青い光をかき消すように、深紅の炎が俺たちの周囲を逆巻いた。
「永久より続く力の螺旋。受け継がれし命の糸……」
な、なんだ?明らかに、空気が変わったぞ。
「頭の中に、浮かんでくるんです。戦って死んでいった、ホーリーロッドの適合者たちの、私を助ける悲痛な聲が」
見ると、モモコちゃんは、物音一つ立てずに、いつの間にかそこに立っていた。
「聲は、破れと云っている。聲は、穿てと云っている。聲は、殺せと云っている……ッ!」
「し、シロウさん!来ますよ!」
言うと、二人の退路を確保していたシロウさんもホワイトミラージュを唱えて、ヒュドラの攻撃を躱した後に部屋の隅へと駆けだした。その刹那、逆巻いていた炎がゴウッ!と勢いを増し、宙に構えたホーリーロッドの先端へ、渦を巻いて吸収されていく!
「グルォォォォオオォォ!!」
何かを察したのか、ヒュドラは残った頭を集中し、先ほど纏った青いオーラを更に増幅させると、俺たちの元へ熱線のようなブレスを吐き出した!
「ブチかませ!モモコ!」
「塵も残さず灼き尽くせッ!ヘル……、プロミネンスッッ!!」
……それは、音と言うにはあまりにも、強烈な衝撃だった。そして、赤よりも紅い炎が、意識に残らない程の僅かな時間消え失せると、モモコちゃんが杖を思い切り突き出した瞬間に、明らかにヤバ過ぎる巨大な炎を放出した。その全貌は、この部屋の中では分からない。しかし、ヒュドラを覆いつくすほどの、とんでもないパワーを持った朱い炎だ!
「くたばれぇぇぇぇえええ!!」
モモコちゃんの叫びに呼応するように、炎はブレスごと巨大なヒュドラの体を飲み込んで、ブラックホールのように螺旋を描いて、中心へ向かって収縮していく。そして、最後には天へ向かって柱を立てて、ダンジョンの天井に大穴を開けた。後に残るモノは何もなく、いつの間にか、この部屋にあった青い光でさえも失われていた。耳が痛くなる程の静寂だけが、ここにはあった。
「す、すんげぇ……」
開いた口が塞がらないとは、まさにこういうことを言うのだろう。俺は、無意識のうちに意識のない彼らの前に立っていたらしく、そのまま、未だ痺れる空気を身に感じながら、ただぼーっと立ち尽くしていた。
しかし、退魔の力の究極技が『ヘルプロミネンス』ってどうなんだろう。
「……ん」
呟くような声に、ようやく意識を取り戻すと、俺は再び彼らを回復する為に腰を下ろして、あのヒトの体を持ち上げた。
「……あれ、キミ、カジノの」
「やぁ。大変だったみたいだね」
「そうなの、もうすっごく大変で。……でも、なんで私、生きてるの?」
「なんでだろうね。俺も、ちょっとわかんないや」
いつの間にか彼女にタメ口をきいていたが、そんな事はもう、どうだってよかった。脳内に過ぎったある一つの感情が、俺を捉えて逃さないんだ。
けれど、今やるべき事を噛み締めて、残っていたポーションを全て彼女に飲ませると、レベル3のスキル、ライケアを唱えたのだった。
……俺は、彼らの戦いを見て、心のその底から強くなりたいと思った。
TIPS
ホーリーボゥ:純銀の弓に、ユグドラシルの果実の力を込めた退魔の宝具。この弓の弦に触れた矢は、すべからく聖なる魔力を宿し、悪魔を滅ぼす為の力を得ることができる。
形は、グリップにキータが幼い頃から使っているバンテージを巻き、全身を鈍く光らせるやや機械的な造形。
二つに折って腰に携えられるように仕掛けが施してあり、展開した時のサイズは約140センチメートル。長距離を射る際には、拡張スロットにスタビライザーとスコープを装着することも出来る。
因みに、宝具はどんな武器よりも頑丈である。純銀と言えば軟らかさを危惧するだろうが、その考察に反して歴史上破壊された事はない。
理由は、銀は魔力伝導率(魔力の伝わる効率)が最も高い物質であり、そこにユグドラシルの力を宿して、ペイルドレーン・ワークスの力を最大限に発揮しているからである。故に、宝具に決まった形はなく、対応する武器に留まっていれば、熟練の職人の手によって使い手の求める形に加工することも可能である。




