表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/35

№14 『最強の炎使い』

№14 『最強の炎使い』

 結果として、ジョンの望みは聞き届けられた。


 牢から出されたジョンはその足で決闘場へ向かい、『最強の炎使い』が待つステージへと上る。


 そこにいたのは、純白のローブを着た長い銀髪の美青年だった。メガネが知的な印象を与えるが、たしかに強者の気配を放っている。あふれ出る自信、と言い換えてもいいかもしれない。


 ローブと髪を涼やかになびかせて、『最強の炎使い』が振り返る。


「……ああ、君か。私を倒そうと名乗り出たものは」


 炎使い、というからにはもっと暑苦しい男を想像していたのだが、『最強の炎使い』は正反対の理知的な人間だった。ジョンに対して虫けら程度の注意も払っていない。当然ながら、せいぜい狂人のたわごとだと思っているのだろう。


 いいだろう。その思い上がり、叩き壊してやる。


「そうだ。お前の『最強』、狩らせてもらう」


 ジョンが獰猛な表情で宣言すると、ふっ、と『最強の炎使い』が吹き出した。


「ははははは! 言ったものだな! 君のような少女ひとりになにができるというんだ?」


「お前を倒せる」


 笑われてバカにされても折れた様子のないジョンに、『最強の炎使い』は少しいらついたようだった。笑みを引っ込め、ローブから腕を出す。


「私は『最強の炎使い』……私の火炎を前にして生き延びたものはいない!」


「なら、試してみるか?」


 挑発するように返すと、『最強の炎使い』は神経質そうに眉根を寄せ、す、と息を吸い込んだ。


「……その蛮勇だけは評価してやろう。言っておくが、死んでも文句は言うなよ?」


「それはお互い様だ」


「……っ!」


 あくまで張り合うジョンに向かって、『最強の炎使い』が片手をかざす。その手のひらに魔素が集まり、意志のちからでエネルギーの方向性が決定した。


「まずは小手調べだ!」


 膨大な光が集まり、ジョンに向かって放たれる。


 着弾、そして大爆発。決闘場を半壊させる威力の『小手調べ』で、辺り一面は炎の海と化した。決闘場を破壊したことに対して、何らかの始末書は書かされるだろうが、その程度のことなんでもない。


「……あっけなかったな……」


 さらりと髪をかき上げ、『最強の炎使い』はため息とともにその場を去ろうとした。


 その視界の端に、炎の向こうに立つ人影を見つける。


 はっとして振り返ると、陽炎の向こう側にはジョンがひとり、こつ然と立っていた。ケガらしいケガはひとつもない。いまだ健在である。


「……なっ……あの大爆発をどうやって逃れた!?」


 炎と共にゆらゆらと揺れるジョンの笑みに、『最強の炎使い』がうろたえる。おかしい、攻城戦級の魔法のはずだ、ひとひとりがどうにかできるものではない。


 なにかタネがあるはずだと、『最強の炎使い』は今度はジョンの周りに青い炎の舌を這わせた。


 巻き起こった炎の渦の中で、ジョンは先ほどと同じように『風魔法』を使う。


 風のシールドに守られたジョンに、青い炎は届かない。神の声に従ってみたが、どうやらうまくいったようだ。


 炎とは、要は空気が、酸素が燃える現象だ。


 だとしたら、空気の流れを変えれば炎は届かない。


 ごくごく単純なことだ。相性の問題だった。


 しかし、言葉で言うのは簡単だが、実現するには卓越した魔法の才が必要だ。ジョンが張り巡らせた風のシールドは、『最強の炎使い』の炎が突破できないくらいの強度を誇っていた。


 少し熱いな、と防壁の中でひらひらと胸元を手で仰ぎながら、ジョンはのんびりと炎が消えるのを待った。これだけの魔法、集中力が途切れるまでそれほど待つことはないだろう。


 案の定、炎はやがて収まっていった。渦巻く超高温の炎に焼かれてもまだ立っているジョンを見て、『最強の炎使い』の額に汗が浮かぶ。


「どうした、『最強』?」


 にやにやとあおるジョンの一言に、『最強の炎使い』はかざした手のひらにさらに魔素を集めた。


「小癪な!!」


 ジョンの前後左右から膨大な炎の奔流が襲い掛かる。熱エネルギーの波が容赦なく押し寄せ、ジョンを地獄の業火のような勢いであぶる。炎が遮られたとあって、圧倒的な熱量で蒸し焼きにしようという算段だ。


 今まで以上の圧の炎だったが、当のジョンは風のシールドの中で涼しい顔をしていた。神の声が二重に防壁を張れと命じたのでその通りにしたのだが、たしかに一重ならば蒸し焼きにされていただろう。二重にしたシールドの間に真空を挟むことによって、熱は完全に遮断されていた。


 シールドの外にあった石畳が、みるみるうちに透明になっていく。あまりの高熱にガラス質が溶け出して、赤く滴っているのだ。


 これは外に出たら死ぬな……と予感しつつ、ジョンは地獄の業火の真っただ中で思案した。


 さて、どうしたものか……


 『最強の炎使い』の火炎は、風魔法で完封した。もはや『最強』のほむらはジョンには届かない。もはや『最強』は『最強』ではなくなっていた。


 そんな相手を単に倒すだけなら簡単だ。炎が収まるのを待って攻撃すればいい。こぶしでも魔法でも、今のジョンには無数の選択肢がある。


 しかし、さんざん舐めてかかってきた相手には、ちょっとした逆襲をしたかった。『最強の炎使い』にあってはならない負け方をしてもらおう。


 逆巻く火炎の中心で黙考していたジョンは、ぽん、と手を打つ。


 そうだ、こうしよう。


 ……一方、『最強の炎使い』は自分が放つ業火の魔法で歪んだ大気により、視界の確保に苦労していた。


 決闘場はほぼ壊れている。再建には数か月かかるだろう。


 それほどまでの大破壊を伴った攻撃、ただで済むとは思わない。しかし、『最強の炎使い』は攻撃の手を休めなかった。今もまだ炎は大気を焦がし、天高く燃え盛っている。


 立て続けの大魔法で、さすがの『最強』も疲労困憊だった。息を乱し、それでもなお集中力を途切れさせないことに気を配る。炎はさらなる炎を呼び、燃え広がった。おかげで空気が薄くなり、呼吸が苦しくなる。


 さすがにこれで終わりだろう。これで立っていたらバケモノだ。


 『最強の炎使い』にふさわしい全力の火炎攻撃で、さしものジョン・ドゥーも焼死体になっているに違いない。


 炭化した遺体を見つけようと目を凝らした、そのときだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ