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はじまりはその門から  作者: 四条奏
第ニ章 世界怯防編
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第十五話 思い出と葛藤

 何とも言えない。どうして俺は生き残れたんだ? デジャブを感じる白い天井の部屋で俺は意識を取り戻した。


 例の如く俺がヴァウ神殿で負った傷はどこにもない。その代わり体の至る所を包帯で覆われて、全身ピリピリと痛いのだが。


 そういえば異世界に行く前にセレネにボコボコにやられたんだっけな。


 つけっぱなしのテレビをふと見る。久々に見た夕方のニュース。画面の左上に表示されている日付は4月30日だった。


 へ? 4月の30日?


 ベットから飛び起きるとご丁寧に机の上に神使書が置いてある。


 タイムリミットは......7時間。俺はいったい何日間寝てたんだよ。


 どうすればいい。学校はもう終わっているはずだ。今から神使書をクリアするにはどうにかして“朝間夏樹(あさまなつき)”を見つけ出すしかない。


「蓮斗くん、起きられましたか?」


 張り詰めた俺には間の抜けるほど優しな女性の声でふと我に帰る。シャーッと開かれたカーテンから声の主と思われる看護師さんが見えた。


「先生! 蓮斗くんが目覚めました!」


 そう言いながら一度部屋の外へ出ると、しばらくしてからいかにもベテランな丸眼鏡の医師を連れて帰ってくる。



 丸眼鏡の医師はどうやら俺の主治医らしく、俺が校門で発見された時から寝ていた間のことをたくさん話してくれた。


 他の医者による診断結果は脳死。確実に言えることは丸眼鏡の医師と俺の家族のねばりがなければ俺は今頃司法解剖で切り刻まれていたということだろうか。


 考えただけで背筋が凍る。


 ただ、嬉しかったのはクラスメイトの女子や男子が毎日見舞いに来て沢山話しかけてくれていたと聞いたことだ。


 今俺が目覚めることができたのもきっとみんなのおかげなんだよな。


 しばらくその余韻に浸っていたところで今度は違う人たちがゾロゾロと部屋へ入って来た。


「警視庁の加藤です。まずは生きていてくれてありがとう。前置きはなしに少しずつでもいいからどうして君が校門で倒れていたのか、経緯を教えてもらえないかな」


 ガタイのいい刑事はそう言うと体に対してたいそう小さい丸椅子に腰をかける。


 何か話さないと...とは思っているのだが。


『女神と公園で戦い、最後の最後に呪文を詠唱されて校門まで空を飛んで突っ込んだ』


 なんて言って誰が信じてくれるんだ......


「加藤刑事。霧谷くん困ってるじゃないですか。起きたばかりで記憶も曖昧でしょうし。蓮斗くん、ゆっくりでいいからね!」


 加藤刑事とは対照的に華奢な体つきの女性がそう言ってくれた。



 あれから2時間ほど。あまりに俺が喋らないからかずっと世間話と事件の日についての質問を交互にしている。


「蓮斗くん。辛い気持ちは痛いほどわかる。しかしな、この事件について警察は何もつかめていないのだ。このままじゃ君を傷つけた犯人を野放しにしてしまうかもしれない」


 なんだかここまでくるとかなり申し訳ない。俺を殺しかけたのは女神だし、殺されかけた原因を作ったのも俺。


 むしろ工事現場の作業員さんたちに謝らなければならないのは俺だ。


「じ、実はこの一件事件じゃなくてじk...⁈」


 突然。病院の電気が脈絡なく消える。近くの部屋からは悲鳴が聞こえ、看護師さんたちがバタバタと慌ただしくなっていくのがよくわかった。


「停電か。珍しいこともあるものだな。何人かで周りを見てきてくれ」


 こんな状況でも冷静な加藤刑事。やはり場数の違いがあるのか、狼狽(うろた)える警官たちに指示を出している。


「警部! どうやら病院の非常電源も原因不明のロストにあっているようで、オペ室などに優先して電気を送るとのことです」


 走ってきた警官からの報告は事態の緊迫感を伝えるには十分だった。


 ......でも待てよ。これは病院を抜け出すチャンスなのかもしれない。包帯の中で疼いていた痛みもいつの間にかどこかへ消えている。


 事態が収集すれば本当に歩を奪われる。


 阻止するには...やるしかない!


 

 バン! バン! バン!


 

 短い割に、嫌なほど腹に響く音が続いた。


 ―――銃声⁈


 一瞬、職員の足音すら止まった。だがその静寂は堰を切ったダムのような轟音で打ち砕かれる。


 さっきまで病床で伏せっていた、もしくは話していた患者たちが逃げ惑う。


「落ち着いてください! 現在事実確認をしております。それぞれの部屋から動かないでください!」


 メガホンで声を張り上げる図太い男の声すらも輪郭がぼやけるほど。本来の病院で有るまじき音が鳴り続ける。


 いったい何が起きてるんだ⁈ でもこれはさらに好都合か。今駆け出せば確実に病院の外へ出れる!


 そう思ったのも束の間。今度は断続的な射撃音が病院の中を駆け巡った。


 それに続くのは悲鳴。撃たれたのかどうかなんてわからないが、確実に何かが暴れている。しかも、心なしか銃声はこちらに近づいている気もした。


 チラッと加藤刑事を見ると、無線機越しに誰かと話している。


「とりあえず誰も部屋から出ないでくれ。対処中の警官によると、すでに犠牲者が出ているらしい。応援は呼んだが...時間がかかる」


 要するに、状況は絶望的ということだった。


 誰も話さない俺の部屋とは対照的に断続的に続く銃声と悲鳴。外には人だかりでもできているのか相当ざわめいている。



 しばらくして銃声が鳴り止み、病院が避難する人たちの足音で騒々しくなっていた。


 俺たちも避難を考えたのだが、加藤刑事の危険がすぎるという判断で病室内に残っている。



「......309号室。み〜つけた」


 309号室。まさか俺の病室⁈


 楽しそうな声の奥に何か黒いものを感じるその声は、女性のものだった。


 警官2名が銃を構えてドアに張り付く。


 加藤刑事含めて3人で目配せをし、タイミングを合わせている。


 5...4...3...2...1!


 ドアに1人が手をかけた瞬間、さっきよりも断然大きい銃声が鳴り響く。


 回避行動なんて取れるわけもなく、扉前にいた2名の命を奪った。


 加藤刑事が続け様に2発発砲したが、ドアの反対側から悲鳴はない。


 無数に穴の空いたドアがゆっくりと開く。


 月明かりがほのかに照らす中俺たちのいる病室に入ってきたのは制服姿の女子高生だった。


「朝間...さん?」


 意味がわからない。探す手間が省けたとかそういう次元じゃない。


「覚えてくれてたの? 探したよ霧谷くん♪ 受付であなたに会いたいってお願いしたのに、病院の職員さんったら警察に通報しようとしたんだから!」


 あまりにも自然な彼女はいつか学校で見た歩と話している時の彼女そのものだ。


「本当は、死ぬのはあなただけでよかったのにね。みんな殺しちゃった」


 スラスラと出てくる言葉からは想像のできないような内容。しかも、狙っているのはあくまで俺だけ。


「お、おい君。こんなことはやめなさい。すでにこの病院は包囲されている。これ以上罪を重ねてはいけな⁈」


「うるせえよ。おっさん」


 腹部を撃たれた加藤刑事がその場で倒れてうずくまる。


「私は霧谷くんと話しているの。邪魔するならおっさんが警察でも容赦しないから」


 声のトーンが明らかにひとつ下がった彼女がこの場にいるすべての命を握っている。


「なあ。朝間さんの狙いは俺だけなんだろ? 加藤刑事もここにいるみんな俺には関係ない。2人きりで話そう」


 我ながら恐ろしい提案だと思った。命の保証なんてないしむしろ確実に死ぬ選択を俺はしたのだ。


 でも、なぜだか後悔はない。まだ息のある人たちを1秒でも早く助けれるならそれでいい。


 彼女は二つ返事で俺の案を了承してくれた。


「蓮斗くん...ダメだ。君が死んでしまう」


 加藤刑事は最後まで俺を止めてくれたが、もう引き下がれない。この数秒間で俺は決心した。


 神使書をクリアして、歩とアーキスをセレネから守る。朝間さんを倒すしか道はない。


 不用心にも、彼女は俺の前を歩いていた。


 剣は強く願えば出てくる。


 あとは後ろから一撃入れれば彼女が耐えるはずはない。でもそれができないのは彼女が歩の友達で俺のクラスメイトだからだろうか。


 彼女も彼女で俺を攻撃する素振りはない。ただひたすら俺の前を歩き、どこかえと向かっている。


 長い廊下を歩き階段を登った。病棟の最上階までで誰とも会わなかったのは避難が間に合った何よりもの証拠だ。


 着いたのは屋上。ヘリポートなどは別の棟の屋上にあるためここには貯水槽やソーラーパネル、エアコンの室外機くらいしかない。


「じゃあ、始めようか」


 振り返りながら口を開く。彼女は今から一方的な攻撃ができると思っていたのだろう。


 だが俺は屋上に出た瞬間に自分の剣を呼び出していた。


「え? この時代に剣なの? 超ウケるんですけど! 私の持ってるものわかってるの? 銃だよ銃。勝てるわけないじゃん」


 思ってたのと違う。目を丸くして動きが強張ると思っていたのに。まるで真逆だ。お腹を抱えて笑う彼女を前にむしろ俺が固まった。


「まあ、あなたがどんな武器を使っても勝つのは私だけどね」


 朝間さんが動く。軍人が両手で持つようなサイズの銃を片手で構えて撃ち出した。


 常人ならこれで蜂の巣だが、俺は違う!


風の咆哮(ウィンド・シャウト)!』


 初めて使う風属性のイメージ。剣を払うとたちまち弾丸があらぬ方向へ飛んでいく。


「へぇ。厨二病拗らせてるんだ。痛いね」


 地味に鋭い口撃をくらった。



 そこから先はどちらの攻撃も当たらない、終わりのない泥沼が待っていた。


 何度も攻撃を叩き込むチャンスはあったはずなのに、(あゆめ)と話していた彼女の姿を思い出すとどうも手元がブレる。


 銃を叩き斬ろうともしてみたが、技なしの単純な握力と勢いだけで壊れるものでもなかった。


 何より複数の銃を持っている彼女に対してゼロ距離まで近づき、剣を振るのは勇気がいりまくる。


勇者の一撃(ブレイブ・スラッシュ)!』


 狂いのない斬撃が彼女に向かって飛ぶ。


 ただするりと。当然のように斬撃を彼女は避けた。


 無辺世界へと飛ぶ斬撃が屋上の設備を薙ぎ払い、巨大な爆発が生まれる。


 一瞬。朝間さんの動きが止まった。急に脇腹を抑えて倒れ込む。


「うわ〜痛った〜! まさかここまで計算してたの? 中々やるねぇ。爆風を使うとは...」


 多分常人なら話すことも儘ならない出血量だった。なのに、彼女はさっきまでと一切変わらないトーンで話す。


「あ〜これはちょっと厳しいね。生身の部分(・・・・・)を抜かれると流石に痛いな」


 生身の部分?


「だ、大丈夫? ごめん。傷つけるつもりはなかったんだけど......」


「嘘つかないでよ。気持ちはブレブレだけど、あなたの攻撃には明確な殺意が見えてるよ」


 完全に見透かされていたな。どうして朝間さんが俺をターゲットにしているのかはわからないけど、きっと何か強い力が働いてるんだろうな。


「ねえ。どうして朝間さんは俺を狙うの?」


 純粋な質問だった。話してくれなくてもいい。この質問を投げかけることが大事だと思ったから。


「あはは...嫌なこと聞いてくるね。そんなにデリカシーがないと歩に嫌われちゃうよ?」


 正直胸が張り裂けそうだった。歩の友達なのだから俺と歩が付き合っていることくらいは知っていて当然だ。


「私だってね...ターゲットを聞いた時、どうして君がって思ったの。歩の悲しむ姿なんて見たくないのに、私にはあなたを殺す“義務”が生じちゃったんだから」


 あぁ。なんだかいたたまれない。俺も神使書を見て、クラス名簿に“朝間夏樹”の名前を見た時はどれだけ運命を呪ったことか。


 気づいた時には彼女の横腹にハンカチを押し当てていた。彼女も抵抗する様子はなく、弱々しく息をしている。


「私ばっかりじゃダメだよ。あなたも何かあるから私と戦ったんでしょ? まさかあの場にいる人たちを助けるためなんていう聖人じみた理由だけじゃないでしょ」


 どこまででもお見通しなんだな。なんて。でも、神使書について話すことはできない。


「俺は...なんでだろうね。君と戦うのが使命のように感じられたから」


 彼女は何その理由と微笑んでいた。出血がひどく、月光に照らされた彼女の顔色は次第に青ざめていく。


「よければさ、歩との話色々聞かせてくれないかな?」


「気になる? まあ教えてあげよう」


 今にも消えてしまいそうな細い声で彼女は話し出した。


━━━━


 あれは、私が“施設”に入ってから12年目の冬のことだった。


「夏樹。明日からは新たな任務だ。普通の女の子として中学校へ通いなさい」


 マスターからの指示に、私は狼狽したことを今でも覚えている。


 時期ハズレの転校生に、新しいクラスの人たちは私を歓迎してはくれなかった。


 小学校から中学校でメンバーの変化のほとんどない公立の中学校において、私のような無口な転校生はお呼びではなかったのだ。


 いじめがあったわけでもない。でも、誰とも話さずに送る学校生活はものすごく暇だった。


 そんな中、初めて私に話しかけて来てくれたのは(あゆめ)だった。


 歩は可愛くて、勉強もすっごくできる。私とは対照的に友達もかなり多い。


「ねえ! 朝間さん。一緒にご飯食べよ!」


 他の子達との付き合いを断ってまで私に話しかけてくれた。そのことをよく思わない女子や男子に嫌がらせを受けたこともあるが、その度に歩は私を守ってくれた。


 中学2年生になって、クラスが別になっても歩は私によく話しかけてくれた。


 結局私の友達は3年間で歩と数人しかできなかったが、その中でも歩は特別。


 口喧嘩もしたことが無かった私に、喜怒哀楽を教えてくれたのも歩だった。


 小学校の学習なんてろくにしたことのない私が晴れて桜花高校に進学できたのも歩のおかげである。


 そして、そんな歩に『彼氏ができた』なんて久々に聞いた時には驚いたな。


 中学生の頃から確かに歩は異性同性拘らずものすごく人気で、あの子に告白して撃沈された男子の数は学校内で比べることはできないだろう。


 ただ、みんなが見たいのは普段の完璧な歩。


 自分が好きになったくせに『歩の気持ちは重すぎる』とか『思ってたのと違う』とか付き合った子に言われて、傷ついた彼女の姿を幾度か見てきた。


 いつしか歩は男子を避けるようになって、話している時に顔が引き攣るようになったのである。


 もう一度言うと、そんな“夏川歩(なゆかわあゆめ)”に彼氏ができたのだ。


 驚いたけど、心から嬉しかった。


 まあ、高校に入ってから何かと霧谷くんを気にかけていたからその組み合わせにはあまり疑問を持っていなかったのも確かだ。



 応援したかったのに。幸せになって欲しいのに。私を取り巻く運命はそう優しく無かった。


『手段は問わない。“霧谷蓮斗”を始末しろ』


 逃げたくなるような辛い現実が私へと向けられる。


 マスターからの指示は絶対。


 これに背いた子たちがどうなってきたのか、15年も“施設”にいる私には考えるまでもない。


 直美も瀬良も優希も。みんな消えた。


 私は...まだ生きていたい。二十歳になれば解放される。もうこんな酷い仕事をしなくて済む。


 決断を先延ばしにしているうちに、今日を迎えた。病院で寝てる彼に、毒を盛る。


 たったそれだけなのに......


━━━━


 気づけば俺の目からは涙が溢れていた。まだ生きている彼女に声をかけたくても、本当に今彼女が聴きたいのは歩の声なんだろうなって。


 拭っても拭っても視界が安定しない。歩を幸せにするって決めたのに。そのためには”朝間夏樹(あさまなつき)“にも幸せになってもらわないといけないのに。


 無力感と自己嫌悪で押し潰される。このまま見殺しなんて耐えきれない。



「もう仕舞いか?」


 気づかないうちに屋上へ出る扉の前に1人のガタイのいい男が立っていた。


 ......加藤刑事? 腹部を真っ赤に染めた刑事が確かにそこにいる。


「俺は大丈夫です! それより、この子が...出血がすごくて―――」


 俺を心配して来てくれたと思っていた。だからこそ朝間さんを助けてくれるとも思った。


「夏樹。君にはがっかりだよ。まさかダーゲットに感情移入するとは」


 俺の期待とは裏腹に、加藤刑事はこちらに拳銃を向ける。


「霧谷蓮斗が我々に邪魔な存在であることは散々伝えたはずだ。クラスメイトだかなんだか知らないが、君もお役御免だな」


 ......


「そんなに”友情”や”愛情”が大事ならここでその象徴と消えろ」


 2発の銃声が鳴る。


 本当なら俺は血を流して倒れているはずなのに...なのに。


「私はマスターを尊敬してます。でも...初めて私を友達と呼んでくれた恩人のため。その恩人が愛している人のため。そのためならマスターの命令に背く。それが私の、私なりの......」


 言葉はそれ以上無かった。金属の甲高い音が倒れ込む彼女の体から鳴る。


「君の改造部位(パートリー・モッド)で拳銃は耐えきれないと言うのも忘れていたのか」


 冷酷な声だけが響いた。


 あぁ。現実は上手くいかないんだな。


 みんなに幸せになって欲しいのに達成するには程遠い俺と、1人の女の子として幸せになりたいのになれない彼女。


 互いの”平穏”を守るために命をかけたからこそ、無責任な上位の存在に振り回されているからこそ、どうしても重ね合わせてしまう。


 叫ぶ気力すらない。目の前にいる男を見るだけで吐き気すらしそうなほどだ。


「次は君だ。君さえいなければ夏樹を失わずに済んだのにな。本当に残念だよ」


 銃声が鳴り響いた時にはすでに走り出していた。ほんの10数メートルが無限に遠く感じる。


 


勇者の誇り(ブレイブ・プライド)...』



 ぐちゃぐちゃな頭の中で浮かんできたイメージは、はっきりとしていた。


 刀身が赤熱し、間合いに入る。


 俺はただ横一文字に剣を払った。


「お前の剣如きで! 俺を斬れるわけがないだろう!」


 加藤と名乗った男は避けることもせず、両手を広げて攻撃を受け止める。


 勝敗は瞬時に決した。



「動くな! 剣を置いて両手をあげなさい」


 メガホンの呼びかけは俺に向けられている。


 止めを刺したはいいものの、朝間さんの元を離れようにも離れれなかった。ただ息絶えていく彼女を見守ることしか出来ない無気力感に再び苛まれていた時、ようやく警察の機動隊が到着したのだ。


 まあ、無理はないよな。目の前に2人も人が倒れていて、俺は血のついた剣を持っている。


 赤熱していた刀身も気付けば白銀色に戻っているし、異世界以外で人を斬る羽目になると思っていなかった俺は加藤刑事を斬った瞬間の妙な硬さが手に残っていた。


 銃口が10数向けられている。下手なことをすれば撃たれかねないが、気持ちの整理もできないまま俺は硬直していた。


「聞こえないのか! 早く従いなさい」


 だの


「抵抗をやめろ。これ以上罪を重ねるな!」


 だの。


 この状況において俺は完全な悪者で、正義を執行する彼らは俺を制圧することだけを考えている。


 従っても従わなくても犯罪者であることに変わりはない。万事休すってこう言うことを言うんだなって心から思った。


 何も考えずに剣を振るえば現状を打破できるのだろうか。



 パチン!


 急に響いた指パッチン(フィンガースナップ)


 異変は瞬時に起きた。


 怪訝な目をしていた機動隊員がバタバタと倒れる。それとほぼ同時にどこかしらから無邪気な笑い声が聞こえて来た。


『神使書達成お疲れ様。あなたなら出来ると信じてましたよ』


 妙に安心感のあるその声は俺がこうなる原因、セレネのものだ。


『まさか最後までエンターテイメントを見せてくれるとは...私の予想を絶対に裏切りませんね』


 いつのまにか俺の目の前に姿を現した彼女が微笑む。


『あなたが警察に捕まるとかなり面倒なので今回“も“私が助けてあげますよ』


 急に力が抜けて膝から崩れ落ちた。安堵したのもそうだが、再び”朝間夏樹の死“という現実が俺を飲み込み始める。


『あなたはどこまでいっても優しいですね。その優しさがいつか身を滅ぼさなければいいのですけれど...』


 俺のことなんかお構いなしに話したいことだけ話し、時空の女神セレネは“新たな神使書”を見せてきた。


『私からあなたへ最後の命令(オーダー)です。今回は人質はとりませんよ。私は心優しいので』


 そう言うと白いワンピースの輪郭が薄れて無くなり、セレネはどこかへ消えていく。


 静かな屋上で、それに目を通す。


 どうやら今回も現世と異世界、2つのミッションがあるらしい。


世界を司る巨大樹計画(ユグドラシル・プラン)


終末時計計画(ラグナロク=プラン)


 見ただけでは意味もわからない2つの計画が動いている。


 どうやら俺には人の死を嘆く時間も、傷を癒す時間も与えられないらしい。


 白い花を思い浮かべると、手のひらに一輪のカーネーションが浮かんできた。


 物質化したそれを朝間さんに供えて病院の屋上を後にする。


 まだまだ道は長いのかもしれない。それでも俺は諦めないと決めたのだ。愛する人に幸せになってもらうため。


 俺はまだ明けぬ夜の街へ、とある企業の本社に向けて走り出した。

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