第十四話その一 小者錬金術師と過去の遺物
「蓮斗! 起きてるか? すぐに食事をした大広間まで来てくれ」
ようやく眠りについた頃に呼び出された。眠い目を擦りつつ急いで向かうと、ボールスやブレイクはもちろん家主の公爵様もいる。
「やっと来たか。単刀直入に話すと、現在この街は正体不明の勢力に攻撃を受けている」
まさか⁈ 寝る前の火事もそれに関係があったんじゃ。嫌な予感しかしない。
「現在確認されているのは炎の魔法使いだ。家屋に火を放ち、主街道を瓦礫で塞ぎやがった」
やっぱりあれはただの火事ではかったわけだ。
話し合いの結果、公爵の家臣をはじめとした地元の騎士たちが住民の避難を。俺たちが侵入者の特定及び排除をすることとなった。
街へ降りると逃げ惑う市民でごった返している。我れ先に逃げるものもいれば大量の商品を持って逃げるものもいた。
街のはずれをひと班4人で見て回る。伝心使いの報告によれば、他の班が炎使いの魔術師と戦闘を始めているようだ。
街を襲った魔術師たちはそこまで強くなく、鍛え上げられた騎士たちには傷ひとつ与えることすらできずに鎮圧されていった。
「こちら第4班。魔術師2名を確保しました」
「こちら第9班。1人鎮圧したのですが1人が逃亡中。第6から第8班は注意してください」
戦闘開始から3時間足らずで炎使いの魔術師を計49名を鎮圧・確保することができた。
「やはり俺たちが出るまでもなかったな」
騎士たちは口々に鎮圧した魔術師の数を言い合い、夜中に叩き起こされて戦うハメになった鬱憤を晴らしている。
「これでひと安心だな」
ボールスが話しかけてくるが、俺には少し引っかかることがあった。
「なあボールス。魔術師ってのはこんな勝機もない戦いをするものなのか?」
不思議そうに俺を見ていたボールスだったが、趣旨を理解してくれたのか少し考えている。
「確かにこの襲撃は少しどころかかなり変だな。中心部でなく街の隅の方を狙ってきたのも、少ない魔術師を分散させていたのも」
そう。そこなのだ。俺たちはエディバラを攻めるときに高位能力者を中心に集団戦を展開した。その方が継戦しやすいし状況を把握できるからだ。
少人数で街を攻め落とすための初歩的なことを、この襲撃の魔術師のボスが知らないはずがない。
何かを見落としている気がしてならない。
その時だった。
「お、おい! 公爵邸を見ろ!」
1人の声に全員が屋敷の方を見ると、屋根を突き破る巨人が見えた。その巨人の体は燃え上がる公爵邸の炎をキラキラと反射している。
まさか......狙いは公爵だったのか⁈
完全にやられた。最初から狙いは公爵邸で、街に放った魔術師たちは俺たちを誘き寄せるための罠だったのだ。
急いで公爵邸に戻るが、現状はかなり酷いものだった。土着騎士たちが全力で戦っているが、ろくな訓練も受けてないであろう騎士たちは鋼の巨人に易々と吹き飛ばされる。
逃げてきた商人たちがパニックになっている中、1人だけ突っ立っている影があった。
「...計画はうまく行っている。護衛の騎士どもは雑魚狩りに明け暮れているだろうし。あとはアデリティのアーキス姫を誘拐して両国を揺するだけだ」
コイツ......周りへの警戒心ゼロかよ。
「おいお前! アーキスがどうしたんだ」
俺に話しかけられて咄嗟に振り返ったそいつは、国境付近で俺たちを足止めした商人だった。
「ぬ、盗み聞きとはタチの悪い! あ〜バレてしまってはしょうがない」
『重金属の巨人兵!』
奴が叫ぶと、公爵邸を破壊していたゴーレムがこちらをゆっくりと振り返る。
「私は錬金術師のゲルト。名誉高いエーテル教の大司教である」
ゲルトと名乗った瞬間に複数の騎士が先制攻撃を叩き込むが、持っているロングソードが瞬時に液体へと変貌しゴーレムの一部となる。
「私は金属使いなのですよ? そしてあなた方騎士の装備は基本的に全て金属。どちらが有利かなんて考える必要もな――グハッ⁈」
しゃべりに夢中になるあまり俺の拳に反応できなかったらしい。盛大に数メートル吹っ飛んだゲルトはよろよろと立ち上がる。
「人が話してるでしょうが! 頭に来ました。お前ら全員私のゴーレムで文字通り叩き潰してあげますよ」
そう言うとゲルトは金属の液体を纏い、ゴーレムの中へと消えていった。
「とりあえずみんなを非難させてくれ! このゴーレムは俺が引き受ける!」
カッコつけて言ってしまった。もちろん俺の命令通りに騎士たちは民衆の避難誘導を開始している。
これはもう...俺がやるしかないよな。
もう一度ゴーレムを見上げると、腕を大きく振り上げている。
まずいまずいまずいまずいまずいまずい⁈
まだ全然避難が進んでないんだぞ!
容赦のない拳がこちらへドッと近づく。
『勇者の一撃!』
ゴーレムの振り下ろす腕に向かって最初の一撃を叩き込む。
金属でできたはずのゴーレムの腕は液体のように周囲へ飛散し、原型を失った。
「お前! まさか“勇者”とか言う奴じゃないよな⁈ くっそよりにもよってなんでお前が...」
飛散した金属の液体から出てきた急に出てきたゲルトが叫んでいる。声でかいなあいつ。
「アデリティからの使節に第二王女がいると聞いたから襲撃したんだ! 勇者はお呼びじゃねぇよ!」
叫ぶと言うか、喚いているだけだな。
*
ただ、ゲルトは思っていたよりもずっと強かった。言っていることが小者くさいだけで。
騎士たちの剣や装備は基本的に全て溶かされてしまうので参戦できない。
俺の剣は何故か溶けないので俺だけが攻撃するのだが、ゴーレムは受けた攻撃を液化して受け流し再生してしまうのだ。
このままじゃ埒が明かない......液化した金属を固める技でもあればいいのに。
ん? 液化した金属を固めるならできるかも。
出発前3日間の猛特訓にて、俺は俺の身体的特徴についてあることを聞いていた。
『勇者様の体は極めて異質です。なんせ全ての属性に対して適応度が“中性”を示すのですから。騎士としてはかなり微妙ですね』
『で・す・が、裏返せば全ての属性の技を均等に打ち出すことも可能だと言うことですよ。まあ、並の鍛錬では中途半端な火力で止まってしまいますが』
あの嫌味研究者の言葉がこんなところで生きてくるとは思わなかった。
イメージは氷点下。範囲は広大。雪が降るイメージ。
『極寒の雪雲!』
刀身が水蒸気を纏い、あっという間にカチコチの氷へと変わった。
横一文字に剣を振る。
周囲一帯がグッと身震いするような寒さに覆われ、斬撃がゴーレムへと飛ぶ。
金属製の巨体は左手で受け止めたところで様子が一変した。
崩れる。液化することができないのだ。
「お、お前ぇ。何をしやがったのです! いきなり寒くなったと思ったら...ゔぇくしゅん!...あぁぁ。許さない。本当に許さないです!」
『卑き鋼を貴き金へ。悪しき者には鋼の鉄槌を。純金錬成!』
声色が全く違う。何か今までと違うのが来る。
ゴーレムが、金色の光で包み込まれていった。
「全員伏せろ! 爆発するぞ!」
爆発? 巨大な一撃を放つのではなく、ゴーレムもろとも消し去るつもりか⁈
......守るんだ。ここで爆破すればアーキスを守ることすらできない。なら、全員を救うための行動するのが俺の”使命“だ!
『勇者の領域!』
セレネを倒したこの技なら、神にも通用するこの技なら! みんなを守り切れる。誰も傷つくことはない。
はずだった。
俺の意思に対して、剣は無反応だった。
嘘だろ...発動しない。あの時は世界がスローモーションに見えて、セレネを倒す一撃を放てたのに。
どうしてこういう時に......
またなのか。また守れないのか。俺はどこまでいっても役立たずなのか。
「蓮斗! 伏せないと消し飛ばされるぞ!」
遠くからブレイクの声が聞こえる。みんな俺のことを気にかけてくれてんだな。俺は助けてもらってばかりで、どうやったら―――
『頼りない勇者様だこと』
アーキス? どこかから聞こえてきた声は、確かに俺が守りたい少女のものだった。
『聖域の神よ。荒ぶる民には無限の慈悲で。死を待たんとする民には心からの博愛で』
『迷う子羊が出ぬように。無意味な殺生が起きぬように。世界に祝福をもたらせ!』
何が起こったのかなんてわからない。ただ、俺の目にはゴーレムの放つ金の光を上から塗りつぶすほどに輝く”何か“が現れ放出される力を吸い取ったように見えた。
この街を焼き尽くすはずだったエネルギーが失われていく。先程まで黄金の輝きを放っていたゴーレムの表面が黒ずみ、夜の静けさへと溶けていく。
*
半壊した屋敷の中からアーキスを見つけた時には日が上り始めていた。
スヤスヤと寝ている彼女をお姫様抱っこし、俺たちはこの街を去る。
街の象徴たる公爵邸で朽ちていくゴーレム。未だに行方不明のゲルト。不安は募るばかりで、これがアデリティ王国対エーテル教の戦争であることを久々に自覚した。
「トルメニア皇帝から早馬だ。『貴殿の活躍は聞いている。帝都へはよらず、その勢いでヴァウ神殿へ向かえ』とのことだ」
ヴァウ神殿は確かになかなか遠い。地図で見たから知っているが、ここから馬を休憩なしで走らせても3日ほどかかる。
その途中で帝都によれば追加で5日はかかってしまうだろう。どうやら、俺たちが思っていた以上にトルメニア帝国が置かれている状況は悲惨らしい。
「1日でも早く着きたい。そこで魔術師どもに塞がれた街道の脇道を通るのだが、なにぶん道が細すぎてこの人数では危険がすぎる」
まあ、予想はついた。
「蓮斗、ブレイク、エトリンスク様に俺と配下の騎士5名を以てヴァウ神殿に向かう」
ボールスの選定に入らなかった者たちはしばらく公爵邸で待機とのことだった。
*
脇道は草木に覆われてどこが舗装されているのかもよくわからない。急勾配な地形も多く、何度転落しかけたものか。
そんな中を2日間も歩けば全員疲労困憊のはずなんだが......
「アーキス姫がついて来てくださり助かりました」
忘れかけていたが、アーキスは第二王女の名に恥じないほどの大能力者である。ゲルトの一撃を防げたのも、今無事に歩けているのも全部アーキスの能力のおかげだ。
「私を置いていくなんてほんっとに考えられない! 誰がこんな軽率な判断をしたのかしら」
アーキスがボールスを睨む。まあ、この2人にはよくあることだ。
「いえ。騎士というのはこの程度苦にもなりません。あぁそうでした。騎士じゃないのがいましたね。そいつの事を考えておりませんでした」
せ、責任転嫁かよ...
山の中で永遠と響く2人の声。ブレイクは興味なさそうに聞いていて、エトリンスクも最初こそ仲裁に入っていたがあまりにも回数が多いためいつの間にか諦めている。
にしてもこの山は面白いことが多い。俺たち(特に俺)を苦しめた急勾配のおかげで様々なものが見えてきた。
もちろん見える景色は緑一色...と言うわけでもなく遠くの方にある村や町、流れる小川にそれを越える橋。点在している苔むした壁など見ていて飽きない。
「なあボールス。たまにあるボロボロの壁には何の意味があるんだ?」
高いものは3メートルほどある壁の残骸。それが少なくとも4か所はあり、別の山を横断しているのだ。こんな山奥にあるのは不自然である。
「この壁は...インフェリペ城の残骸だな。少々お前には難しくて長い話になるが―――」
相変わらず一言多いな。
要約すると、トルメニア帝国がまだアデリティ王国と大差のない大国であった時、帝国権威の象徴であるヴァウ神殿を守るために建てた超巨大要塞こそがインフェリペ城なのだとか。
神殿周辺の15の山をぐるっと囲むように造られたらしく、要所ごとに砦があり、街道から見える位置にあった城塞本体は超がつくほど大きかったそうな。
そんな大城がここまで無惨な姿になったのはアデリティ王国との戦争に負け、廃城令が出されたかららしい。
こんなに大きな城があるのに戦争に負けたとは。王国が強すぎたのか、帝国が弱すぎたのか。
「この城が見えたと言うことは、もうヴァウ神殿へはそう遠くないのだな」
久々に口を開いたエトリンスクの声色は少し震えている気がした。
「名将エトリンスク様でも怖いものがあるのですな」
そこへ突っ込むのはこれまた久しぶりのブレイク。
「こ、怖いなどとは言っておらん。ただ単に兵数の少ない我らが果たして大丈夫かどうかを考えていただけだ」
「それを巷では怖がっていると言うのですよ。やはり高級貴族出の殿下には分かりませぬか」
えらくブレイクが好戦的だな。さっきまでとは打って変わって2人の声が響き合う。
そしてそれを止めたのもさっきまでとは立場が真逆のボールスとアーキスだった。
なんだかんだみんな仲良しなんだよな...
少し疎外感を感じてしまったのは言うまでもない。
*
ヴァウ神殿が見えて来て、ようやくエトリンスクの言いたかったことがわかった気がする。
山の麓にある神殿を180度庇うようにあるのは立派なお城ではなく、年季の入った掘立て小屋や全木製の物見櫓だった。
「ヴァウ神殿付近は現在トルメニア帝国の支配域にない。俺たちが来る事は知っているだろうが、応じるかどうかは不明だ」
ボールスがしれっととんでもないことを付け加える。
「おいおいおいおい! どう言うことだ⁈」
流石にわからない。なんでそんな場所に俺たち10人で来てんの?
「神殿はそもそもとある部族が管理していて、それを帝国が無理やり抑えていたのだ。ただ近年は帝国の力が及ばず部族どもの手に落ちているんだよ」
えぇ。そんな場所に俺たちを派遣したのかよ。
ヴァウ神殿。歩を守るには避けて通れない道。何があっても成し遂げるしかない!
週1投稿が続いて嬉しい四条です。
ただ、1週間1話であるならその一とその二は同じ週に投稿した方がいいのかなとか思ってたり。
書きたいことは尽きませんが、この辺りで第十四話その一を締めさせていただきます。




