第十三話その二 勇者気合の猛特訓
翌朝、コーヒーの香ばしい匂いで目が覚めた。
ベットから起き上がるとホミルが部屋の隅にある小さなキッチンで軽食を作ってくれている。
「おはようございます。蓮斗様。コーヒーはお飲みになれますよね? すぐにお持ちしますので先にお顔を洗っていらしてください」
王宮での食事といえば豪華絢爛な食堂でするものだと思っていたが、どうやら俺は部屋で孤食らしい。
正直バケツで汲んだ水で顔を洗うのかと思っていたが、蛇口とはいかなくても水道がしっかりと通っているようだ。
しかもちゃんと冷たい。どういう原理なんだ...
俺は顔を洗い中央のテーブルに着くと、ホミルが朝食を持ってきてくれた。
「蓮斗様が朝に強くて助かりました。本当は皇族の皆様と朝食を共にするのが礼儀なのですが、まだ作法のままならない蓮斗様を送り出すのは気が引けましたので......」
なんとも情けない理由だが、なんにも間違っていない。俺は本来ただの高校生だ。正直フォークやスプーンだけで食べるのは全然なれていない。
俺が食事をしている間にホミルが今日の予定を教えてくれた。南大砦で剣術の指南や食事・会話の作法を学ぶのだとか。
って、剣術⁈ これは本格的にきつそうなのが来たな。
30分ほどで朝食を終え、着替えた俺は下宮まで急ぐ。馬車の出発には時間があるがなにぶん俺の地位は未だ不明。”卑き者が先につくべし“という貴族の考えに従って行動をしなければいけないのだそう。
南大砦へと向かう馬車は6台にもなった。先頭にはエトリンスクが乗り、俺とホミルは3台目に乗っている。周囲には聖スミレスト騎士団やマトラルク騎士団の騎士が40名ほど展開し、周辺の警備や先駆を行っているようだ。
午前中は永遠と作法についてダメ出しをされ続けた。エート伯爵が貴族・王族前での所作について、そのご婦人が食事についてビシバシと指導を受ける。
幸い小さい頃に西洋の映画を見て多少の素養があった俺はある程度まで成長できたが、まだまだ先は長そうだ。
問題は午後の剣術指南。相手はボールスやブレイク。俺は見ていたから当然知っていたが、この2人は国の中でもTOP30にはいるほどの強者である。
当然必殺技を封じられた俺がまともに勝てるはずもなく、永遠とフルボッコにされた。
途中でアーキスが応援に来てくれたが、アーキスの目の前で数メートル吹き飛ばされる快挙を成し遂げた。
ホミルによるとこれがあと2日続くらしい。
終わりだ。こんな地獄さっさと終わってくれ......
夜は夜でやることが無数にある。まずは訓練で怪我した部位を医師に回復してもらうことだ。
怪我がものの数分で治るのはかなり不思議だが、それ以上にくすぐったすぎてやばい。
終わり次第今日習ったことを復習し、夕食でホミルに確認してもらう。もちろん彼女に注意を受け続け、美味しいはずの料理もあまり味を感じれなかった。
*
こんな日がもう1日続いた夜中。俺は喉の渇きで目が覚めた。
部屋のドアの方で誰かが話してる?
よく聞いていると、ホミルの声だ。
「はい。蓮斗様の成長はとてもすごいです。エート伯爵夫妻も吸収の速さに驚かれていましたし、今日はブレイク様の剣を弾き飛ばしたのですよ!」
嬉しそうに俺のことを話すホミル。誰と話しているのかは結局わからなかったが結構な長話をしていたみたいだ。
話が終わるとホミルがこっちへ歩いてきたので急いで寝たふりをする。
「......本当にすごいお方です。もう1日頑張ってくださいね。ホミルは従者としてではなく、1人の恋する乙女としてあなたを応援していますよ」
薄目をしてみるとホミルは周囲をキョロキョロとして、俺の寝ている布団へと入ってきた。
さすがに驚きを隠せそうにないが、黙っているとそのままスースーと寝息が聞こえ始める。
ホミルも俺のために頑張ってくれてるんだよな。今日はここで寝かせてあげよう。
翌朝、俺より遅くに起きたホミルの顔が真っ赤に染まっていたのは言うまでもあるまい。
猛特訓3日目の午前はかなり順調に進んだ。
今日は侯爵と直接話し、作法に誤りがないかを試される。侯爵殿下は優しいお方だったので、俺もかなりラフにいけた。
エート伯爵夫妻からの評価は大変よろしい。2日でよくここまで成長しましたとめちゃくちゃに褒められた。
午後の剣術指南ではエトリンスクが相手になって最終試練となる。
ボールスやブレイク、侯爵殿下やエート伯爵ら上級貴族が視察に来た中で始まった模擬戦。
あの優しいエトリンスクは鬼に見えるほど剣捌きが上手く、隙を見せない戦い方にはだいぶ苦戦した。
でも、俺はエトリンスクの癖を見逃さない。彼は剣を横に振り払った時のみ右足の重心移動が遅れていた。そこをつくことができた俺はエトリンスクの態勢を崩し、辛くも勝利。
もちろん模擬戦なため本気であったとは到底思えないが、これでボールスはGOサインを出してくれた。
3日間の猛特訓を終えた帰り道。馬車の中で俺はホミルに感謝を伝える。
「この3日間、ホミルにはお世話になりっぱなしだったな。本当にありがとう」
俺が頭を下げると彼女はたいそう焦った様子だった。これで感極まったのか涙を流し、俺の成長を祝ってくれた。
*
出発の朝。王宮前の大広場には多くの貴族や騎士たちが集まっている。
「勇者御一行の出陣だ!」
という調子で見物客まみれ。俺は朝の4時から出陣前の洗礼を受け、国王陛下とお話をしてきた。正直眠かったがホミルが入れてくれたコーヒーを飲むと無性に元気が出る。
イージスやモルレッド皇太子殿下などこの国の最上位貴族や王族との挨拶を済ませてとうとう出発する。
先頭はもちろん俺だ。まあ、これは王都の間だけで都をでたらすぐに従属騎士団の騎士たちが先頭を引き継いでくれる。
歓声に包まれながら俺たちは王宮を出る。大手門の外には多量の民衆が待ち構えていた。
先駆の従騎士たちがなんとか抑えているが、それも本当にギリギリ。その理由はすぐにわかることとなった。
俺が通った瞬間。民衆から多量の花が飛んできた。1、2本の場合もあれば花束まで。当たると中々に痛かったが、耳を傾けてみるとそんな痛みも気にならなくなる。
「勇者様! 危機をお救いくださりありがとうございます」
「我らの勇者様! 今度はどこで民をお救いになるのですか」
口々に彼らが言う言葉は、俺に対する称賛の声ばかりだった。こんなこと、数週間前の俺には絶対に想像できなかったであろうな。
王都の中心地を過ぎれば人の数は一気に減る。ところどころにスラムのような掘立て小屋の乱立する地区もあった。貧富の差はやはりどの世界でも大問題なんだよな。これを解決できる時はいつ来るのやら。
*
ちなみに今回の旅でも俺の後ろにはアーキスが乗っている。
アーキスはいつも通り陽気に鼻唄を歌い、周りに見えた珍しいものにはなんでも反応を示している。
俺以外にも騎士が数名アーキスの質問の餌食にされ、答えに相当困っていた。
トルメニアへの道はどこまでも平原が続いている。距離的にはエディバラの方が若干遠いくらいで、意外とあっという間に国境沿いの街が見えてきた。
アデリティとトルメニアの国境は数メートルの壁で隔たれている。移民対策らしいがやっぱり少し距離感を感じてしまう。
この地域を治めているのは辺境伯? とかいうなかなか偉い人らしい。国境街は王都と違って異国情緒あふれる街並み。
建物は色とりどりで、まだ少し肌寒い王都と真逆でカラッとした暑さがある。
俺たちは辺境伯にひと通り挨拶を済ませたあと、少しの自由時間を楽しむことにした。
市場にはやはり面白いものが多い。見たことのない宝石や首飾り、食べ物もフランスパンのように硬いパンが売ってあった。
俺はアーキスにブレスレットを買ってあげたのだが、アーキスも同じ考えで色違い購入というなかなかに乙なことをしてしまうことになるとは夢にも思わない。
そのことでしばらく2人で笑い合っていたので、ボールスに気味悪がられたのもいい思い出である。
集合時間になってとうとうトルメニアの国境を跨いだ。今までは聖スミレスト騎士団の面々が護衛についてくれていたのだが、一気に人数が減る。
トルメニアに入ってから1時間ほど経過した時だった。前方を進んでいた商人の荷車が転倒し、しばらく足を止められる。
「本当に申し訳ありません。騎士団の皆様にはここで待っていただけると幸いです」
話に来たやつはなんともまあイケた顔をした商人だった。
騎士の多くは不満を垂らしていたが、俺は商人のことが気になったので積み荷の再積載を手伝うことにした。
「本当でございますか! 誠にかたじけない」
商人の話を聞いていると、いくつかの国を跨いで商売をしているらしい。金属の延べ棒など滅多に見れないものも積んでいたので作業自体はキツかったが結構楽しめた。
結局数十分止められ、俺たちは急がざるを得なくなる。別れ際に商人から銀製のホイッスルをもらった。トルメニアには猛獣が多いので人間がいることを伝えないとばったり遭遇するのだとか。
こういうこともあったが俺たちはトルメニア帝国のアンドロフ公爵領へ無事に入り、領地の中心街エクトブルグに入ることになった。
エクトブルグは国境沿いの街の3分の2くらいの規模感ではあるが、商人が多く生活している影響で夜でも街中が明るい。
今回は宿ではなく公爵邸で夜を明かす。
小高い丘の上に屋敷があるため自室の窓から街を隅々まで見渡せる。正直、これで田舎だと言われるのだからアデリティがどれだけの大国なのかよくわかる気がした。
......遠くの方で火事かな?
街のはずれでひときわ目立つ黒煙。ただ、よく見ると放水してるみたいだし、まあ大丈夫か。
4日間も動きっぱなしだったな。とりあえず今日はこのまま寝て、明日の帝都に備えるか。
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