第十三話その一 勇者は王宮で目覚める
フローラルのいい匂いがする部屋で俺は目覚めた。見渡すと部屋全体がピンクや白の家具で統一されているのもそうだが、何より空間が広い。学校の教室2つ分くらいの広さ。天井に至っては4倍くらいありそうだ。
俺はいったいどこで寝かされてたんだよ...
そんなことを思いつつ大きな扉を開け、部屋の外へ行くと絶句した。
左右に数十メートル伸びる廊下。今まで見たことないほど大きな窓ガラス。シャンデリアや小物置きが等間隔で設置され、赤の絨毯は脅威的な綺麗さを誇っている。
な、なんだここは⁈ まさかとは思うがこここそ天国じゃないのか?
広すぎる廊下をキョロキョロしながら1人歩いていると、数人の黒服の男たちに捕まった。
「霧谷様でいらっしゃいますね。ボールス様がお呼びでございます。我々に同行を」
絶対に怒られると思っていただけにちょっと安心した。
そう言われてついていくこと5分。この広さで迷いなく目的地に辿り着ける男たちもすごいが、何よりも窓の外の景色が凄すぎる。
春夏秋冬をひと目で見渡すことができる巨大な庭園。それを囲むように整列している別の屋敷群。そんな景色がもはや従者たちが豆粒にしか見えないほど遠くまで続いているのだ。
中学時代に習ったヴェルサイユ宮殿を数十倍に大きくした感じといえばわかりやすい。はず。
案内された部屋に入ると1番最初に目に飛び込んできたのは壁一面に絵ががれている地図だった。
「お。眠りの勇者様もようやくお目覚めか」
軽い調子で話しかけてきたのは俺をここまで呼び寄せた男、銀髪に真紅の瞳を持つ騎士ボールス。
「な、なあボールス。ここはいったいどこなんだよ!」
邂逅1番に聞くことかなんて知らない。ボールスの話し方からしてここに感動性など誰も求めていないのである。
「おいおい随分と察しが悪いな。ここは王宮の中核。言わば帝国で1番神聖な場所だ」
王宮ってこんなに広かったのか。前は襲撃でそれどころじゃなかったしな。ただここまでデカいとは思っても見なかった。
「この地図が物語ってるだろ? 王都全景図なわけだが、中心の王宮が街の半分を占めてると言っても過言ではない」
さすがは異世界屈指の大国......説明は受けていたがなんと言うかスケールが違いすぎる。色んな意味で。
「早速だが本題に入るぞ」
本題? なんだろうな。起きたばっかりで頭が回らないんだが。
「お前、もう動けるか?」
なんとも端的な本題だった。ただ、あまりにも真剣な表情とトーンだったためその気迫に押されて答えを焦る。
「あ、ああ。十分休めたしすぐにでも動けるぞ」
そのひと言を聞いてボールスはホッとしたようだ。
「そうか、今から王の間へ行くぞ。次の任務があるそうだ」
任務⁈ もうエーテル騎士団は倒したし終わったんじゃないのかよ!
ただ、俺が現世でどんな目にあったかを知らないボールスに苦情を言っても仕方ないか。
*
ついていくことさらに10分ほど。あまりの広さとすれちがう従者の数に圧倒されつつも王の間へと到着した。
数日ぶり(正確にはわからない)に来た王の間は襲撃時の面影を一切残さないほど完璧に修繕されている。
中央の王座とその前にある超一流貴族(公爵? 侯爵?って言うらしい)の席。
両サイドには上級貴族(伯爵。やっと知ってる役職が来た)が多数座っていた。
近衛騎士の数も尋常ではなくトレードマークの紺色のマントをつけた騎士たちがなんとも綺麗に整列している。
そして、それら全員に囲まれるように俺とボールスは王の間中央で跪いた。
「霧谷蓮斗。ボールス=サロデューク聖騎士。此度は誠に大義であった。我が王国を根底から覆さんとする暴徒を鎮圧し、主犯格の確保に奔走した貴殿たちには―――」
正直言葉が難しすぎてよくわからない。
ただこの国建国以来の大義であったかこと、主犯格はモルレッド王子ではなくルーガンになっていることなどはなんとなく聞き取れた。
ルーガンやエクターの処罰についてはかなり不安だったが、どうやら北大砦にてしばらくの謹慎処分で済んだようだ。
国王陛下、ベルバーン公爵? エストラ侯爵? の順で話が続き、流石に足が限界を迎える寸前でようやく終わった。
貴族や騎士たちが退出していく中、俺はイージスの姿を探してみる。俺を庇って相当な傷を受けたのだ。お礼もしたいし無茶させたことを詫びたかった。
イージスは、王座から数メートル離れたところにいた。片目を眼帯で覆い、1番驚いたのは騎士の武装をいっさい身につけていないこと。
急いで話を聞きにいくと、イージスは微笑みながら話してくれた。
「霧谷殿。ご無事で何より。私は見ての通り騎士を引退しました。なに霧谷殿が気にする必要はございません。なによりもう歳ですし、傷の完治も相当かかるので」
あくまでも俺に非はないと語るイージス。そんな俺たちの元に国王陛下が来てくれた。
「勇者よ。イージスを助けてくれたことは本当に感謝しておる。本当はもっとゆったりさせたいのだが、隣国より不穏な情報が来てな。今から我が執務室へ来なさい」
そう言って立ち去る国王陛下。そういえばボールスも新たな任務がとか言ってたな。陛下の態度にはなんだか寂しい気もしたが、仕方のないことだと割り切ることにした。
広すぎる廊下を歩いていると様々な貴族や騎士が俺に話しかけて来た。出身や家柄。剣術をどこで磨いたのかなど質問攻めにあいつつ、執務室へと案内を受ける。
*
「隣国トルメニア帝国にて重役貴族が次々と失踪する事件が発生していてな、皇帝エグザリードより直々に勇者の力を借りたいとのことだ」
陛下からのお話はとっても簡素だった。そして、身の毛もよだつようなことだ。
セレネの神使書をクリアするために行かなければいけなかった国に、別の事案でアデリティ王国の正使として行くことができる。
これで神使書の片っ方はどうにかなりそうだな。もう片方は......今は考えないでおこう。
そしてもうひとつ。王宮に俺の部屋を用意してもらえたらしい。どうやら服もそこにあるので出発前によっておけとのことだった。
王宮は内宮と中宮と下宮の大きく2つに分かれている。下宮がいわゆる外様向けの宮殿。王公式の執務室や王の間があるのもここ。
次にあるのが中宮。いわゆる準皇族の住まいや他国来賓向けの部屋が無数にあるそうだ。
そして俺の部屋があるのが内宮。ここは皇族の私邸であり、俺が目覚めたのもここだ。
下宮から内宮までは歩いて最短でも20分ほどかかるらしい。なんとも不便だが貴族社会では当たり前なんだとか。
俺も例に漏れずしっかり20分歩かされたが、中宮や内宮ではほとんど従者以外とすれ違うことはなかった。
俺の部屋は俺が目覚めた部屋と比べたら少々見劣りする広さだが、それでも十二分に広い。
「蓮斗様ですね。お待ちしておりました。本日より主任従者となりますホミルです。よろしくお願いいたします」
部屋で俺を待ち構えていたのはホミルという俺とそう歳も変わらなさそうな女の子だった。
髪はシャンパンゴールドに少しピンクが混じったような色。後ろで髪を結んでいたがふわっとしたカーブが特徴的だ。
「よ、よろしく。それで、服があるから着替えてくるように言われたのだけどどこにありますか?」
俺の質問に対して、ホミルはまずは作法の修正から入る。
「私は従者ですので敬語はおやめください。怒られるのは私なのです」
ついつい敬語で話してしまったが、どうやら従者に敬語はNGらしい。
「服についてなのですが、国王陛下よりご命令がありましたので全て蓮斗様がこちらへ初めておわした時に着られていたもののコピーを多数用意しております」
俺がこっちに来た時に来てたもの?
それってまさか...制服⁈
ウォークインクローゼットの中にはいっぱいに高校の制服が掛けてある。
「全て再現しようとしたのですが、お召し物の一部にこの国のどこの商人を使っても手に入らない生地がありましたので、お気に召さないかもしれないのですが......」
いや、正直凄すぎる。確か制服の一部はナイロンみたいな化学繊維が使われているのでこっちにないのは仕方ない。にしても、完成度がものすっっごく高いな。
「ありがとう。さっそく来てみたいんだけどいいで...いいかな?」
ホミルはにこやかに頷き、クローゼットから1着を取り出し俺に今来ている服を脱ぐよう促し始める。
「いや、自分で着替えれんだけど??」
「いえ。これも私の職務ですので」
「いやいや、ちょっと待って。恥ずかしいから!」
「恥ずかしいですか? 私はなんとも思いませんので大丈夫ですよ」
「いやいやいや! 俺が恥ずかしいの!」
結局俺はホミルに着替えを手伝ってもらった。
同世代の女の子に見られるのはここまで恥ずかしいのか...俺、これから大丈夫かな。
ホミルは満足げにしていて、俺の制服姿を似合っていると言ってくれた。ただ、作法が内宮にいるものとしては不十分だと小言付きで。
*
ホミルに連れられて来たのは中宮の一室。相変わらず豪華な内装で、ここのコンセプトは自然との調和とか言っていた。
中に入ると見知った騎士や王女に王子、初めて見る騎士もいた。
「蓮斗、遅かったな」
ブレイクは相変わらず。
「ねえレント! アリスってこんなに小さくなれるのよ! 知ってた? ねえ!」
アーキスもいつも通り元気そうだし、膝上にはアリスこと純白に金の差し色が入ったドラゴンが気持ちよさそうに寝ている。
「お初にお目にかかります。マトラルク騎士団第3軍団長のエトリンスクと言います。お会いできて大変光栄です」
マトラルク騎士団? あ、そういえばホミルに渡された紙に書いてあったな。
確か王国屈指の精鋭騎士団なんだっけ? すごい奴なのか。
「霧谷君、この状態で会うのは初めてだね。アデリティ王国皇太子のモルレッドだ。この前は本当にすまなかったね」
なんだこの変わりよう。エディバラであった時の冷たさなんてどこにもないじゃないか。
さすがはアーキスの兄ちゃんだな。好青年っていう言葉がお似合いすぎる。
「それでどういう要件でここにいるんだ?」
俺の言葉に今まで黙っていたボールスがようやく口を開く。
「本当に察しが悪いなこのポンコツ勇者。トルメニア帝国に行くって聞いてるだろ」
あ〜あの件か。え? それとこのメンツになんの関係性があるんだろうか。
「モルレッド様を除いたこのメンバーで遠征をするんだ。要はその前の親睦会と言うわけなのだよ」
エトリンスクはどこぞの騎士とと違って大変優しい。俺は彼に勧められるがままに席につき、運ばれてくる食事にびっくりした。
「作法などは気にしなくていいよ。ここには上級貴族がいるわけではないからね。モルレッド様も作法にはうるさくないから」
やはりエトリンスクのフォローは大変助かる。ただ、俺がここで無作法過ぎれば後ろにいるホミルからのお説教は回避できないだろう。
俺はアーキスやボールスの食べ方を見よう見まねで試す。あまりにもぎこちなくホミルが後ろで笑っていたのはすぐにわかった。
食事中には今から行くトルメニアについての話が展開されている。気候や風土、観光スポットや俺たちの辿るルートなど。話しているだけで面白そうな場所だが、ボールスに『俺たちは王国の正使としていくんだぞ』と釘を刺されたりもした。
食事が終わると本格的な会議が始まる。帝国の使者からの報告を元に、エーテル教の仕業でほぼ確定だろうとのことだ。
もしかしたら高位の能力者がいるかもしれないこと。出発は4日後の早朝であること。ついていく騎士や従者の配列などを話し合い、解散となった。
「ねえレント! 今から部屋に遊びに行ってもいい? いいでしょ? ね!」
内宮にいく途中アーキスから部屋へ来ていいかどうか永遠と聞かれていたが、アーキスの主任従者のミレストが彼女を引きずって部屋へ戻って行った。
1人になると、現世のことを色々と考えてしまう。1番の心残りは歩との約束を果たせなかったことだ。
なかなか寝付かない俺に向かって、ホミルは真剣な眼差しで話しかけてきた。
「勇者様でもお悩みになることがあるのですね。なんだか聞いていた以上に人間味のあるお方で正直驚きました」
いったい彼女は俺についてどんなことを聞かされていたんだろうか。
上を見上げてている彼女に、俺はちょっと気になったことを聞いてみる。
「ホミルはさ、好きな人とかいるの?」
こっちを向いた彼女の顔が真っ赤に染まっているのがわかる。ドンピシャだったらしい。
「な、なんなのですか? 変なお方ですね。わ、私にも好きな殿方くらいいますよ。ですが...なんでもないです。明日もお早いのですから早くお休みになってください」
そういった彼女の目はなんだか遠くを見つめていた。
明日は朝から南大砦に呼ばれている。何をするかはまだ知らないが、とりあえず今日は寝よう。
多くの方に読んでいただき感謝しかありません。
これからも何卒ご贔屓によろしくお願いします!




