第二章 暖かい宿の中で(1)
ログハウスのように頑丈な壁と茅葺屋根の日本家屋ような大きな宿場に到着した。
宿場内は暖房が効いていて、辿り着いた旅行客は生き返ったかのような歓声をあげていた。顔が凍るかと思った私もその暖かさに包まれて身体中の力が抜ける思いがした。
宿泊予約は一週間前にインターネットでしたはずだけど、まだ記憶がいまいちで不安感がある。受付で名前を言うと問題なくチェックインできた。
その際に熱々のポタージュが入ったマグカップが渡された。ふぅふぅと冷ましながら少しずつ飲むと冷えきった身体の中に染みわたった。お腹の中に熱い部分があるのがよく分かる。
〝二一五号室〟受け取った部屋のキーにはキレイな木の彫刻が付いている。持った時の手の感触でそれが良く分かった。
この宿場は木の香りがとても良い。呼吸をするたびに新鮮な気分になる。
階段付近に宿場内の施設説明のパネルが大きく目立つようにあったので、立ち止まって隅々まで見た。一階に受付と奥に食堂、二階・三階は宿部屋、地下一階には大浴場という構造になっているみたい。
食堂からガヤガヤと賑やかな声が聞こえてきた。腕時計を見ると十二時半を過ぎて、昼食のピークタイムを迎えていた。とりあえず、荷物を置きに二一五号室へと向かった。
二階の通路は絨毯がフワフワとしていて、歩くたびに足が少し沈み込む感じがある。それに天井から音楽が流れている、この曲は「春の詩」のインストでのオルゴール版とすぐに分かった。
誰ともすれ違う事がなく、二階一番奥の二一五号室まで来た。
部屋の中には大きなベッドと小さな机があり、他には洗面所とトイレがある白を基調としたシングルルームだった。それにドラマの中で主人公が泊まっていた部屋と同じ形だったので嬉しかった。ロケ地として使われていたこの宿ではドラマにちなんだイベントやアイテムがあり、自分がその世界に入ったような気分が味わえると雑誌に書いていた。部屋の窓からの外の景色を覗いてみたが、宿場の周りが山に囲まれているので視界には雪の積もった真っ白な森林しか見えない。
ドラマの中で言っていた事だけど、元々この辺りの宿は、ここ願谷から叶峠を越える為に作られた休憩所で、その頃は登山家ぐらいしか知られていなかった。願谷、叶峠という珍しい地名なので、願谷から叶峠を超えれば願いが叶うという噂がいつの間にか生まれたらしく、その噂を信じて叶峠越えを目指す旅行者が少なからず増えていった。それと共に休憩所であったこの辺りは宿泊できる施設へと移り変わっていった。
今年の春にその噂と経緯をテーマにしたドラマが放送されると共に一躍知名度が上がっていった。テレビ放送の影響は大きく、現地に訪れるドラマのファンが急増した。
私は願いを叶える為に来た訳じゃないけど、訪れるファンと同じでドラマの雰囲気を楽しむために来た。
窓を見ると、二重窓になっているのに気がついた。これは部屋の保温効果の為かな。宿から何人かのグループが雪道をぞろぞろと移動しているのが目に入ってきた。
「んっ 何かのイベントかな」
叶峠の方に行くのかな。
団体の行く方向をしばらく観察していた。自分も何かのイベントには参加したいと考えている。どんなイベントがあるのか、また後で受付の人に聞いてみようっと。
「あっ!」
突然、目の前が真っ白になり、何かを感じた。
旅に出てから脳の中に電気が走るような感覚が前触れもなくたまに起こる。一瞬の出来事で痛みなどはなく感覚的なもので、貧血とかでもないみたい。
とりあえず、いつものごとくカバンから使う物を小さな机の上に広げた。お腹が鳴りだしたので、荷物の配置は簡単に済ませて一階の食堂へと向かった。
少しピークを過ぎたからか、さっきの賑やかな話し声は少なくなっていた。
「部屋のキーをお見せ下さい」
エプロンをしていた人が話し掛けてきたのでポケットからキーを出して見せると、二一五と書かれたパネルが置いてあるテーブルへと案内された。椅子に座ると、さっき尻餅をついた部分の痛みを思い出した。
食堂のこの風景はドラマの中で見たのを覚えている。どの回だったか忘れたけど、主人公の千鶴さんが宿のオーナーに相談するシーンがあったと思う。だいぶ終わりに近い回だった、第九話か第十話かな。ただでさえ記憶力が悪くなっているのに半年前の放送のシーンなんてかなり忘れている。
食堂の雰囲気の中にいると心が躍り始めた。壁に掛けられている小物や備え付けの暖炉に目をキョロキョロとさせていると、ランチが運ばれてきた。
木でできた食器には具がたっぷりと入ったホワイトシチューと燻製された分厚いハムが豪快に乗っている。バスケットに入っているパンはおかわり自由。これもドラマで出ていたメニューだったので、さらに心が躍った。ちぎったパンにシチューとハムをのせて口に運ぶ。
「ん~~、美味しい!」
いかにも登山家の料理って感じで、季節は冬なので身体が温まる料理だね。燻製のハムの香りも良い、嗅覚も料理を味わっている。それに素材の味がよく出ており、とても美味しい。普段の生活ではジャンクフード系が多いので、いつもとは違う味わいに舌が驚いているようだ。




