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KARASU  作者: 猫又


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復讐戦

「すでに人間の女が四人は死んで、十人ほど行方不明だ。攫猿とかいう異国の化け物の仕業には違いない。日本の妖にも被害が出ている。行きずりの駄賃とばかりに小物達が喰われている」 

 と颯鬼が言った。

 鴉は不機嫌そうに腕組みをして壁際に立っている。

「日本の妖の名誉にかけても放っておくわけにもいくまい。我こそはと思う者は挙手してくれて構わんぞ」

 もちろん勢い余って立候補したのは犬神である。

(俺が行く! 一命に換えても必ず、攫猿を地獄に送ってやる!)

 ざわざわとあちらこちらで話す声がする。

 犬神以外には特に名乗り出る者もいない。

 当たり前だが鴉の使う妖達はとてもではないが大陸をまたいで来るような見た事もない化け物と戦う気はない。もともと実体も持たず、人間相手になら効力を発揮するだろうが、とても巨大な猿と戦えるとも思えない。 

 何より犬神が名乗りを上げているのだからそうさせてやればいいのに、と皆が思っていた。

 鳴宮も青女房もこの話し合いには参加していたが、とても意見を挟めるものでもなく黙って成り行きを見ていた。


「調べた所によると、相手は異国の呪術師、使い魔は攫猿と呼ばれる猿だ。凶悪で残忍、人間の女が主食らしいぞ。呪術師は向こうで攫猿を使って殺し屋をしていたが、日本へ殺し屋市場を広げる為にやってきたようだ。そんなやつが日本ででかい顔をするのは我慢ならんな。抹殺すべきだと思わんか?」

 と颯鬼は主に鴉に向かって言っているようだ。

「そんならあんたが行ってちょっとひねってくりゃええやろ? それともあんたもその猿が怖いんか?」

 と鴉も颯鬼を挑発するように言い返した。

「お前の飼い犬の不始末の話し合いをしているんだぞ? 飼い犬の後始末は飼い主がするもんだ」

 と颯鬼に言われ、鴉は「け」と言って横を向いた。

「いつまでもすねてないで、さっさと犬神に力を戻してやれ。犬神に聞いたが攫猿には雌が存在せず、人間の女を孕ませて雄の攫猿を産ませるそうだ。行方不明の女はその目的でさらわれたに違いない。ぼやぼやしているうちに日本が攫猿だらけになるぞ」

 鴉はもう一度「け」と言ったが、仕方なく犬神の名前を呼んだ。

 犬神は大喜びで干からびた長い尻尾を振って、鴉の前に伏せた。

「お前、颯鬼を味方につけていい気になんなよ。クソ犬!!」

 と鴉は言い、犬神は(いい気など……)と小さい声で言った。


 鴉の左手が犬神の額を触った。

 途端に犬神の身体に流れ込んでくる素晴らしく濃厚な妖力。

(おお!)

 ぺったんこの浮き輪に空気が入るように、犬神の老いぼれた身体に注入されていく極上の妖気。

 やがて犬神の干からびた身体に筋肉が戻り毛皮が再生されてきた。

 耳もぴんっと立ち、尻尾は長くふっさふさだ。

 汚れて黒く、苔でうっすら緑色になっていたすり切れた毛はシルバーグレーに光る分厚い毛皮になって復活した。

 四肢も太く、銀色に光る尖った爪、笑顔の端から見える牙はどんな固い肉でも食い破りそうだ。

(おお! おお! まさしく十年前の俺! ありがたい!! 感謝します!)

 と叫んだ犬神の身体は二十畳はある鴉の作業場いっぱいに広がっている。

 壁がなければもっともっと広がるだろう。

 超巨大な犬神が完全に復活した。

 鴉は犬神から手を離したが、鴉の手のひらからわき出る妖気が犬神の身体全体を包んでいる。それは犬神が主から離れても途切れる事はない。細い細い妖気の糸となって主と犬神を繋ぐのだ。

「あんまり人に迷惑かけんようにやれや」

 と鴉が言った。

 この巨大犬神と巨大猿が暴れたら人間界にはよほどの被害が被るだろう。

(承知した!)

「颯鬼、風神と雷神、雨師も呼んでやってくれ」

 と鴉が言い、颯鬼がうなずいた。

「今夜は嵐だな」




「ああ狭い、息が詰まるな、この日本という国は」

 と黒コートの呪術師が嘆いている。

 かの国では死神のヤンという名で殺し屋として知られている。

 自身の使い魔、攫猿に絶対的な自信を持っていた。

 それほど攫猿は凶暴で残忍な使い魔だった。

 夜半から雨が降り出し、雷雨に変わると風も出てきた。

 犬神からの果たし状は六条裕紀の首だった。

 滞在中のホテルで食事中に突然現れた血で汚れた六条の生首。

 敵討ちと言えばアンとジンを殺すように依頼した六条が張本人だ。

 だがそれで犬神の気が済むはずもない。

 犬神は鋭い牙で六条の首を一噛みで食いちぎり、それをヤンに届けた。

「島国の軟弱な化け物どもが小癪な真似をするね」

 ヤンと攫猿は犬神の招待通り山奥の巨大廃墟に現れた。


 巨大な廃墟ビルの一番上に犬神が立っている。

 誰に遠慮するでもなく巨大な姿を晒している。

 一方の攫猿も一度はいじめ殺してやったはずの相手がぴんぴんしているのを見て、怒ったように巨大化し歯を剥き出して威嚇した。

 そしてその周囲に溢れかえる様々な妖気。

 この度の戦いを見物しようと、あちらこちらから集まってきた日本の妖達である。 

 

「犬神、猿は脳みそが美味いらしいぞ」 

 と颯鬼が言った。

(颯鬼殿、異国の猿など口にされない方がよろしいかと。猿は雑食ですからな。何を喰っているのやら)

「なるほど和食が一番か」

(仰るとおりで)

「では俺は高みの見物とさせてもらおう」

 颯鬼がそう言った瞬間に犬神は牙を向いて、攫猿の方へ飛びかかって行った。

 攫猿もキーーーーーーと叫んでから大きく飛び上がった。 

 雷雨の中で犬と猿は決死の戦いを開始した。 

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