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KARASU  作者: 猫又


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逃走

 アンを守って異国の地へ渡った犬神の生活は平穏そのものだった。

鴉の元で復讐を頼みにくる依頼人の為に人を殺す血なまぐさい生活とは全然違う。

 穏やかで優しい毎日だった。

 アンの実家は貧乏な農家で家族総出で一日中働いても食うや食わずだったが、その家族は皆、優しかった。資産家から送られてくる養育費でかなり潤うようにはなったが、それでも皆が働き者で一生懸命だった。

 犬神の事も大事にしてくれた。

 特にアンの息子のジンは犬神の事が大好きで、一緒に寝て一緒に起きる。

 毎日野原を走り回り、同じように蒸かした芋を食べる。

 自分達が食うや食わずなのに犬神の為に大きな芋をくれるのだった。

 それでも日本を思わない日はなかった。

 鴉を裏切ったのだ、二度と戻る事は許されない。

 分かっていたが時々空を駆けて、日本の領土が見える場所まで走ったりもした。

 死ぬなら日本の大地の上で死にたかった。

 そして妖達の先人のように大地の一部になり、日本の大地を守るのだ。


 それでもアンを守って異国へ渡った事に悔いはなかった。

 アンとジンが攫猿に殺されるのを黙って見ていたわけではない。

 必死で戦った。だが衰えてきた妖力は全力を出しても攫猿に適わなかった。

 日本の大地が日本の妖に力を与えるように、異国の大地は異国の化け物を応援する。

 鴉の元を離れて十年、衰えている犬神に勝ち目はなかった。

 攫猿は犬神を巨大な足で踏みつけ、耳障りな甲高い声で笑った。

 アンとジンを殺され鋭い爪で片眼を潰されて、犬神は命からがら逃げ出した。

(そうだ、俺は逃げ出したのだ)

 アンとジンの死に殉ずるべき自分が逃げ出した事を犬神は恥じていた。

 全盛期なら勝てた、という思いが犬神を卑怯にも敵に背を向けさせた。

(俺は二人の仇を取りたいと望む資格もない……) 

 それでも許されるならば命を賭けて攫猿を殺す。

 そうすれば日本の大地もこの哀れな犬神に眠れる場所を授けてくれるだろう。

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