9.封印の指輪
それはある日の事だった。街に立ち寄る事はいつもの事で、別に不審はない。その中で、フーアは呪具店に足を踏み入れた。背後の邪神のあからさまな不快そうな気配を、彼は何処までも綺麗さっぱりと無視したのである。いっそあっぱれと言えよう。
そして、そんな彼が求めたのは、一つの指輪だった。シンプルなシルバーの、殆ど飾りのない指輪だ。その内側に、何やらややこしげに呪文が綴られている以外は、ごく普通の指輪にしか見えない。
「……フーア、それは何だ?」
「俺は今お前と魔力を繋いでるだろう?とはいえそれはそれで魔法を使う時に面倒だから、媒介に道具を使う事にしたわけだ。それがこれ。」
「……つまりそれは、俺の魔力を貴様と繋ぐ、媒介か?」
「そ。ま、ペットの首輪みたいなモンだな。」
「…………ヲイ。」
低い声でツッコミを入れた邪神を、彼は無視した。街の宿屋の一室に、ご丁寧に結界を張った上での会話である。誰かに聞かれては困るという理由なのだろうが、そこまでするのならばいっそ本性を晒せばいいと、アズルは思う。
ふと、アズルは思った。その指輪を壊してしまえば、彼は解放される。少なくとも、『魔力奪うぞ〜♪』などと脅される事はない。その考えを実行に移そうとした彼の目の前で、フーアがニコリと笑った。
それはもう、見惚れる程晴れ晴れしい天使の微笑。だがしかし、中身がそうとは限らないのが、この勇者の少年だ。彼は思わず後退った。なんとなく、危険を感知したので。
「あんまり刃向かうような事するなら、本気で根こそぎ奪うぞ?」
「俺を殺す気か、貴様は。」
「まっさかぁ。生かさず殺さずがお仕置きだろ?」
「貴様やっぱり勇者を辞めろ、ど阿呆ッ!!!」
至極尤もなアズルの絶叫であった。だがしかし、フーアは聞く耳持たない。2人が出会ってから、一体何度言われたかも解らない言葉なのである。今更、それに大人しく従うような彼ではない。
「でもな、一応これは、お前の為なんだぞ。」
「……は?」
「俺自身と繋いでたら、俺が死んだらお前も死ぬだろ?それは流石に哀れだと思ったから、呪具にしたんじゃないか。俺が死んだらこれを壊せば、お前は自由だし?」
「…………お前、俺の事を考えていたのか?」
「はぁ?一応俺は勇者だぞ。考えるに決まってるだろうが。」
その発言の意味を、アズルは正確に理解した。つまり、彼が望んでその行動を取ったわけではない、というわけだ。幼少時から叩き込まれた勇者としての生き方が、フーアにアズルのみの安全に気を配る行動を取らせた。つまるところ、単なる条件反射と同レベルである。
嘘でもいいから、心配しているからだと言って欲しかったかも知れない。いや、そんな殊勝な事を言われたら、それこそ驚いて言葉も出ないだろうが。だがしかし、明らかにどうでもよさげに言われるのも、辛い。俺は一体何なんだと、呟いてみたくもなる彼であった。
それでも不思議な事に、フーアの傍を立ち去ろうとは思わない、その考えに辿り着けない、アズルなのであった…………。




