34.契約
精霊達と契約を果たしたのは、勇者になった年だった。若干12歳の子供と、精霊達は本気で契約をしてくれた。その証として、彼らは俺に、この聖剣をくれたのだ。全ての精霊達の力を注ぎ込んだ、この世界でただ一降りの剣。その力を持ってすれば、いかなるモノでも傷つけることができる。それほどの強さを宿した聖剣を、契約の証に授けてくれた。
そして俺は、契約の証として、世界救済を誓った。精霊達の願いは、世界を救うことだった。だから俺は、それを成し得るモノとして、契約をした。その日から俺は、救済の勇者と呼ばれるようになった。精霊達に認められた、この世界の救済者だと。
全てを傷つけることができる、剣。抜き放った剣の刀身は、はっとするほど美しい白銀だった。どれほど多くの生命を切り捨て、その血と脂に汚れても、布で拭ってしまえば、わずかの傷も曇りも存在しなくなる。さすがは精霊の作り上げた剣だと、思うほどに。
何となく、漠然と、この剣を捨てたくなる時がある。聖剣。契約の剣。救済者の証。
それすなわち、束縛の象徴。
これがある限り、俺は勇者でしかなくて。これがある限り、俺は個人としては見てもらえなくて。これがある限り、俺はこの使命から逃れられなくて。これがある限り、俺は道具としてしか存在できなくて。これがある限り、俺は俺としては生きていけない。
全てを傷つける事の出来る剣。けれどこの剣は、何があっても砕けない。これを壊すという事は、世界の精霊全てを滅ぼす事になる。そんな途方もない事が、出来るわけがない。解っているから、ただ、剣を見つめる。
ごくたまに、捨てたくなる。本当に自分が自分なのかと思う時に。この剣さえなければ、俺は俺でいられるような気が、下のだ。決してそんなわけではないと解っていたが。それでもやっぱり、どうにも出来なくて。
怒りと共に、剣をたたきつけた事があった。けれど、壊れなかった。この剣は無傷だった。何があっても壊れない、使命を果たすそのときまで、決して折れることなく俺の傍らにあるのだと、精霊たちが、契約の証にくれた剣。
いらないんだ、こんな剣。こんなモノがなくても、俺は強い。こんな束縛などしてくれなくても、俺は使命を果たす。俺は、イヤなんだ。誰かに定められた道を歩むのだけは。
あぁ、それでも捨てられない、この、契約の証でもある、束縛の象徴たる聖剣を…………。




