28.痛みの数だけ
何かを傷つけるたびに、痛みを覚える。その数を数えることすら、もう忘れた。戯れのように生命を奪い続け、なぜ、ここにいるのか。生きていく理由を、俺はよく知らない。ただ、魔物を狩って、勇者と呼ばれて、生きている。
俺はただの、愚かな傀儡人形。
頬を掠めた弓矢。鏃が触れたのか、抉られた痛みがじくじくと広がった。むろん、そんな阿呆なことをしたやつは、すぐさま殺したが。魔物と侮り、武器を確認しなかった俺も、まぁ、悪いのか。幸い毒矢ではなかったらしいので、袖でぐいぐいと傷をぬぐう。痛みは、そのときにはもう、ほとんどなかった。
俺は、昔から、痛覚が緩慢だ。鈍い、というのだろうか。それは勇者としてはある意味好都合で、人間としては欠落している。その事実を誰かに告げたことはなかったが、俺は何となく、自分が、普通ではないという意味だけを、感じていた。
「怪我をしたのか?」
「掠り傷だ。ところでアズル、
お前下僕のくせにご主人様の護衛に来ないとは、どういう了見だ?」
「何度も言わせるな。俺はお前に協力はするが、下僕になった覚えはない。」
冷ややかな声が俺を切り捨てる。けれどその声は、初めてであった頃に比べて、幾ばくか柔らかい。暖かみとは無縁だと思っていた男の中にも、一応情らしきものはあるらしい。そう考えると、妙に笑える。
放置されたままのむき出しの傷口に、アズルの指が触れた。爪の長い、細くて白くて、少し不健康そうな指。節くれ立っている割にはごつごつしていなくて、その不思議な感じが、人間ではない邪神なのだろうと、思った。爪の先が外気に触れて震える傷口を、撫でる。一瞬痛みを感じて、けれど俺は、不思議と安堵した。
痛みを感じる。あぁ、それは、生きていることの証だ。俺という存在がここに生きている。そのことを、何よりも明確に証明してくれる、それが、痛みだ。思わず目を細め、笑みを浮かべてしまうほどに、俺は、己が生きているという現実を、滑稽に感じる。
「化膿するぞ。」
「そんなに深い傷じゃない。」
「…………。」
「何だ?俺が死んだら、お前は解放されるだろう?別に俺にかまう必要なんか、ないじゃないか。」
にやりと笑っていってやれば、露骨に嫌そうな顔をした。不思議な男だと、思う。限りなく邪神らしくない。そんなことを考えていると、視界が陰る。ちりっとした痛みと共に、傷口を生暖かい感触が覆った。
「……っ、何、やってやがる……。」
「消毒だ。」
「…………嫌がらせか、アズル。」
「先に暴言を吐いたのはお前だ。」
平然と言い放つ邪神が目の前にいる。舐め上げられた傷口を、俺はごしごしとこすった。嫌がらせにしても、ほどがある。むかむかと怒りがこみ上げてきたので、俺はアズルを蹴り飛ばした。綺麗に決まった割には、あまり堪えていないらしい。…………ち、伊達に邪神じゃないわけか。
不思議なことに、傷の痛みも、心の痛みも、すでに、消えてしまっていた…………。




