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聖魔の救済者  作者: 港瀬つかさ


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27.流星群の夜

 漆黒と言うよりは濃藍と言うべき空が広がっている。その空を彩るように、白銀の月と淡い光の星々が輝いていた。けれど今日は、それだけではない。流れ行く、あまりにも多くの流星。空を駆け抜ける流星群を、彼等は何をするでなく眺めていた。

 少し離れた場所では、家族連れが多くいた。子供達ははしゃぎながら願い事を口にし、親達はそんな姿を見ながら柔らかな微笑みを浮かべる。恋人達は互いの手を握りあったり肩を抱き合ったりしながら、愛しげにお互いを見詰めている。そんな人々とは異なり、少年も青年も、静かな瞳をしていた。

 勇者の少年は、星に願いをかけたところで叶わない事を知っていた。邪神の青年は、そんな風に願う望みを持っていなかった。それ故か、彼等の眼差しはただ静かで、何の感情も宿さなかった。流れ続ける星を見上げて、少年は小さく息を吐いた。色白の頬に、月の光が優しく降り注いでいた。


「願いを叶える、か……。」

「どうした、フーア?」

「星に願って叶うならば、世界はとうに救われているはずだ。…………違うか?」

「確かにな。だが、願う気持ちを責め立てるわけにはいくまい?」

「解ってる。ただ、流れ星など、ただの星だと思っただけだ。」

「…………。」


 フーアの発言に、アズルは沈黙を返した。この少年勇者は、時折不意に冷え切った瞳をする。今もそうであった。例えるならば、絶対零度。何があっても解ける事のない、永久氷壁をそこに見いだせる。

 独り、なのだ。そのように、邪神は思った。人々が世界救済を望むに連れて、彼は独りになる。ただの少年として生きる事を許されず、重荷だけを背負う。そんな、贄にも良く似た、哀れな勇者。

 同情など望むまい。解っていたからこそ、アズルは何も言わなかった。この少年は気位の高い子供だ。同情されたと知れば、すぐさま腰の剣を抜き放つだろう。そしてその切っ先は、過たずに邪神の喉元に突きつけられる。ひるがえる手首の動きさえも予測できて、アズルは苦笑した。

 予測が出来るというのは、それだけ理解した、という事だ。おかしな事だと彼は思う。邪神と勇者。相容れる事など無いはずの存在の彼等が、何故か歩み寄っている。緩慢な時の流れの中で、確かに彼等は近寄っていた。その理由を知らないままに。


「お前なら、何を願う?」

「……俺か?さぁ、な。叶えたい願いながら、自力で叶える。」

「流石力在る邪神は言う事が違うな。」

「茶化すな。」

「茶化してないさ。願わずにはいられない、縋らずにはいられない、そんな弱い奴らと、お前は違う。…………そうだろう?」

「…………あぁ、そうだ。俺は何かを頼る事はしない。」


 自嘲めいた笑みがフーアの口元に浮かんだ。彼が蔑んだのは、彼自身だった。流星群に願いを託す人々を嘲ったのではない。儚い望みの為に足掻き続ける自分を、少年は嘲ったのだ。けれどその意味を、アズルは理解できなかった。

 フーアという少年の内側に眠る暗闇は、邪神の彼にも解らなかった。深淵と呼ぶに相応しい暗がりが、この勇者の中に存在する。その事実を悟った時に、彼は眉間に皺を寄せた。ごく当たり前の考えとして、勇者は光に属するモノだ。事実、フーアの属性は光以外の何物でもない。

 だがしかし、時折不意に影が走る。その闇は、邪神であるアズルのそれよりも深い。人間であるからこそ深い闇を苗床に出来たのかと思う程に、フーアの抱える闇は、底が見えない程に混沌としていた。けれどアズルは、己がそれに気付いた事を、言えないでいた。

 口にすれば、おそらく。フーアという少年は笑ってそれを否定し、そして己を責める。見抜かれたという羞恥と恐怖で、自らの存在を傷付ける。それを避ける為に、アズルは気付いていないフリをしている。その理由を、彼は知っていた。彼はただ、この年若い勇者に、傷ついて欲しくなかったのだ。

 苦い感情が胸の奥に広がる。邪神である自分が持つわけがない感情だと、彼は思うのだ。そしてそれは正しい。けれど、感情というのは制御できるモノではない。ジワジワと広がるそれを止める術は、彼にはなかった。

 やや顔をしかめているアズルを見て、フーアは目を細めた。けれどその表情には、彼の考えは表れない。彼はただ、傍らの邪神を気遣っていた。自分という存在の闇を知れば、このお節介な邪神は、きっとそれを取り除こうと躍起になるだろう。そんな事を、彼は思ったのだ。

 フーアにとって、アズルは微かな救いでもあった。無条件に信頼できる存在。そんな者がいるとは思わなかったが、この邪神の青年は、ひどく真っ直ぐな気性を宿している事が解った。アズルの存在に救われている自分を、フーアは知っていた。けれど彼は、それを言えないでいるのだ。

 失った時が、怖い。そんな事を少年は思っている。いつか手放さねばならない存在なのだ。そして同時に、相容れるわけがない存在なのだ。だから、何でもないように振る舞う事しか、彼には出来ない。それが微かな痛みを伴っていたとしても。



 どちらもが想いを秘めながら沈黙し続ける、流星群の夜…………。

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