25.いばら道
決して楽な道ではない。そんな事は昔から知っていた。知っていて、それでも俺は、この道を選んだ。いや、違う。他の道を、俺は知らなかった。この道以外のモノなど、俺には何もなかったのだ。
物心ついた時から、勇者として育てられた。世界を救うモノとしてだけ、育てられた。当たり前の子供らしさすら、与えられなかった。それが普通なのだと思っていた。気付いたのはあまりにも遅すぎて、俺は変われなかった。他の何にもなれなかった。
茨に覆われた人生でも、それ以外を俺は、知らない。
掌で掴めるモノ。当然のように与えられるモノ。そんなモノはなかった。俺にあったのはただ勇者として生きる事だけだった。ごく有り触れた幸せなど、なかった。
俺は、父の顔を知らない。俺が生まれる前に亡くなったのだと、聞いた。俺は、母の愛を知らない。俺を見る母の瞳はいつも、勇者を見ている瞳だった。俺は、祖父の優しさを知らない。俺を見据える祖父の眼差しは、冷ややかで道具を見るモノだった。
だから、俺は。茨に覆われたこの道が、普通だと思っていた。そう思い込む事で、必死に自分を護っていた。それ以外の救われる道を、俺は知らなかった。苦しみをそうだと認識するのが、俺にはただ怖かった。それだけ、だった。
理由など、そんなモノで。今ここにいる理由すら、何処か脆くて、愚かで。だからこそ俺は、自分が嫌いだった。こんな自分など、消えてしまえればいいと思った。全てを壊し尽くしてしまえるのならば、自分を消したかった。そんな風に思ったのは、まだ、幼かった頃。
「何を考えている?」
「…………別に。」
「フーア、お前は、何処を見ている?」
「………………。」
アズルの問いかけに、答える事は出来なかった。何処を見ている。本当に、核心をつくのが上手い男だ。俺の瞳が何処も見ていない事を、見抜いたらしい。今あるこの現実すら、俺にはどうでも良い。けれど、そんな事、教えてやるつもりはない。
俺の生きる道は茨に覆われていて、だからこそ一歩踏み出すたびに、茨で俺は傷つくのだ。それでも俺は他の道を知らず、ただ歩く。傷だらけになりながら、血塗れになりながら、まるで壊れた人形のように歩き続ける。他の何も、俺には出来はしない。こうして生きる事だけが俺に与えられた未来であり、そうしている限り、俺は、あの人に、愛される。
たとえそれが、勇者としてでしかなくても。それでも俺は、縋るのだろう。なんて愚かで、脆い。自分という存在の醜さは、いつでも俺を追いつめた。いっそその刃で心臓をえぐり取れればいいものを。
肩に触れたアズルの掌が、暖かすぎてひどく苦しかった…………。




