24.末裔
その地には、神の末裔が住まうと伝えられている。四方を山に囲まれた湖の傍ら。密やかに暮らす、人々がいた。この世界の神、始まりの、全てを生み出した神『オリジン』の祝福を受けて生まれてきたと言われる一族の末裔。その人々が、ここにいた。
「……何故こんな地を尋ねる?」
「ちょっとした好奇心だ。……あぁ、抵抗があるなら、入るなよ。」
「……?」
「俺でも解る。ここは神域だ。聖域でもあるらしい。邪神であるお前には、光の祝福は辛いだろう?」
「…………お前が俺を案じるなど、熱でもあるのか……?」
「よし、今すぐ魔力を奪ってやろう♪」
「待て待て待て!俺が悪かった!」
ニッコリと微笑んだ勇者に向けて、邪神は慌てて叫んだ。この少年は、やると言ったらやる。それも傍迷惑なぐらい徹底的に。それが解っていたので、アズルはフーアを止めたのだ。
大人しく待ってろよ。微笑みを残して、フーアは村の中へと入っていった。この村の人々は『力』を感じる能力に長けている。その為、フーアが聖なる力に護られた勇者であると、皆が一瞬で見抜いたのだろう。誰も彼を咎めることなく、あっさりと村の中へとその姿は消えた。
一人残された邪神は、何となくその場に立ちつくした。けれど仕方ないので、近くの木の幹に凭れる。天使の微笑を浮かべながら、仮面を被りながら、フーアは村人と話していた。その姿が消えていった先は、一際大きな建物だった。何をしに行ったのだろうかと思ったが、彼はあえて干渉するのを避けた。後でどういう目に合わされるのか解っていたので。
アズルを残して村に入っていったフーアが尋ねたのは、村で最も力の高い人間、村長の館だった。フーアの目の前には、頭髪が全て白い初老の男性がいた。皺の刻まれた顔の中で、その双眸だけが強い光を称えている。そんな男に向けて、フーアは穏やかに微笑んで見せた。
「ぶしつけなお願いとは解っております。ですが、この村の人間に問う事でしか、答えは得られない。…………私は、そのように知ってしまっているのです。」
「儂に何をお望みか、救済の勇者殿。」
「私という存在は、いったい『何』であるのか。『力』を見抜くあなた方にならば、それが解るのではありませんか?」
「…………己の本質を、求められるか。」
「えぇ。」
迷いのない、静かな双眸だった。その中に一欠片、嫌悪と憎悪、そして自嘲めいた光が宿る。その色に気付いていたのかいないのか、村長はそっと、フーアの色の白い掌を取った。目を伏せ、力を感じ取るように、精神を集中させる。
ぴくりと、その肩が震えた。やがて、まるで恐れるかのように、フーアの掌を離す。驚愕と恐怖に染まった瞳が、フーアを見ていた。その瞳を見て、フーアは笑った。先程までとは違う、何処までも暗い笑みだった。
「……勇者殿、貴方は……。」
「やはり、私の知る事実はそのまま真実なのですね。」
「貴方は、いったい……。このような事、起こりえるわけが……。」
「他言無用でお願いします、村長。誰も信じぬでしょうが。けれど、安心しました。己が偽りを知っていたわけではないと、それが解っただけでも、私は随分と楽になりました。」
「お、お待ち下され、勇者殿……ッ!」
「突然の訪問、申し訳ありませんでした。私は私です。…………それ以外の理由を、もう求めぬ事にします。」
穏やかな微笑みだった。村長の動きを封じて余りある程に、それは穏やかで優しくて、何処までも慈愛に満ちた微笑みだった。そしてそのまま、フーアは村の外へと歩いていく。彼の姿を見つけた邪神が、ゆっくりと視線を彼に向けた。
「待たせて悪かったな。」
「用事は終わったのか?」
「あぁ、終わった。行くか?」
「お前さえよければな。俺はこの村に用など無い。」
「なら、出発だ。」
村長の前で見せた影など欠片も表さず、フーアはにこやかな笑顔でそう告げた。そこにいるのはいつもの少年勇者だった。だからこそ、邪神は気づけなかった。
空を見上げたその一瞬、業火を灯した勇者の双眸を、認識したモノは、物言わぬ雲達だけだった…………。




