23.精霊は踊る
「…………なんだ、これは。」
「アァ、祭りの日だったのか、今日は。」
「祭り?」
「この辺り一帯の精霊達が集まって騒ぐ、年に一度の祭り。」
平然と答えられた内容に、アズルはがっくりと肩を落とした。彼等の視界では、楽しそうに声を上げながら、精霊達が踊っていた。きゃらきゃらと、高い声で騒ぐ様は煩い。確かに踊る姿は美麗だが、幼い子供のような騒ぎ声は耳に痛かった。まして、昼間散々フーアに苛められた後とあっては。
ちらりと、アズルはフーアを見た。少年は、物凄くご機嫌だった。そんなに俺を苛めたのが楽しかったか?体内の魔力を三分の一程奪われた邪神は、未だに痛みを訴える身体を引きずるようにして歩きながら、少しだけ哀しくなった。ちなみに、今現在の彼には浮遊する元気がないのだ。
「ちょうど良いから混ざっていくか?」
「……行ってこい。俺はここで見ている。」
「何で?」
「…………疲れた。」
「あ、そう。じゃ、ちょっと遊んでくる。賢く待ってろよ。」
「お前も暴れるなよ。」
「失礼だな。精霊達の前で、そんな事するわけ無いだろう?」
キラキラしい笑顔を残して、フーアは走っていった。近場の木の幹に背中を預けて、アズルは溜め息をついた。精霊達が、勇者の登場にわっと沸いた。確かに沸くだろうなと、アズルは思う。黄金の髪に青の双眸の、美貌の救済の勇者。精霊達にしてみれば、この世界唯一の希望が目の前にいるのである。
本性は単なる外道なんだぞ。口にしたところで誰も信じないと解っているので、アズルはあえて沈黙していた。それでも、心の中では罵詈雑言の嵐なのだが。
そもそも、彼は不幸なのである。大人しく封印されていたところをいきなり叩き起こされ、意識が覚醒したと思ったら突然の下僕宣言。それでも仕方なくついて行ってみれば、勇者であるはずの少年の行動は単なる外道。何時の間にやら常識人的な考えが定着してしまった、彼は世界一不幸な邪神であった。
「……精霊と踊って、何が楽しいんだか……。」
やれやれとぼやきながら、その瞳が不意に和らぐ。偽りのモノではない、心底からの晴れやかな笑み。それがフーアの顔に浮かんでいるのを見て取って、らしくもなく彼は、安堵していた。まだあの少年にも、素直に笑える感情があるのだと知って。
そして、その事実に彼は気付く。自分がフーアを気にかけている事。彼が普通である事に安堵している事。そんな、異質な感情を持ってしまった自分の事。眉間に皺を刻み、その妙な変化に彼は戸惑った。彼はあくまで、単なる邪神にすぎないというのに。
踊る精霊達の輪の中で、勇者の少年はただ、幼い子供のように、無邪気に笑っていた…………。




