22.常緑樹
一年中緑が欠ける事のない常緑樹の林。その林の中を歩きながら、少年は懐かしそうな瞳をした。生い茂る緑の葉に手を伸ばし、その感触を楽しむ。朝露をまだ残した初々しい緑葉は、目に優しい。
黄金の髪に青の双眸を持つ美貌の少年。常緑樹の中に立つその顔立ちを、木々の間から零れた木漏れ日が、まるで慈しむように包んでいた。その、一枚の絵画のような姿を見ているのは、白銀の髪に深紅の双眸の青年だけだ。そうやって立っていれば天使に見えるのに。図らずとも青年は、そう思った。
目の前の少年勇者は、黙っていればその名に相応しい美貌と気品を持つ。あくまで、黙っていれば、だ。一度口を開けば飛び出すのは悪口雑言。行動に自由を与えれば限りなく常識外れな、自分の欲求に従いまくりに動き出す。そういう、間違った勇者であった。
それでも彼は勇者だ。そして青年は邪神だった。明らかに間違った取り合わせでありながら、ふと気付くと既に出会ってから二月以上が経過している。よくぞ今まで耐えてきたと、邪神は密かに自分を褒めた。誰も褒めてくれないのが解っていたので。
「懐かしいな……。」
「は?」
「家の近くが常緑樹の森だったんだ。……よく遊んだ。」
「……お前、家に戻っていないのか?」
「かれこれ5年近くは戻ってないかもしれないな……。勇者の称号を得てから、修行がてら世界を放浪してたから。」
「待て、お前、勇者の称号を貰ったのは……。」
「あぁ、12の時だ。」
何でもない事のように、フーアはあっさりと言い切った。その口調があまりにもあっさりしている事に、それ程幼い時から家を出ていたという事実に、何かひどく引っかかるモノを感じたアズルであった。だがしかし、それが何であるのかは、彼にもやはり、解らない。
枝葉を撫でながら、フーアは微笑んでいる。郷里に思いを馳せる時だけ、この少年は年相応の表情を浮かべる。常は何処か達観した風な瞳をする事が多く、それがアズルにしてみれば、フーアはどういう経験を積んだのかと、心配半分恐怖半分な感情の源になるのだ。
「オメガ神殿は、美しいのか?」
「綺麗だぞ。俺が今まで見たどの神殿よりも綺麗だ。ただ、そうだな……。綺麗だが、冷たい。」
「……?」
「清廉すぎて近寄れない。触れる事が罪であるようにすら、思える。」
「勇者であるお前がそんな事を言って、どうする?」
「俺という存在が、勇者でしかないからさ。」
「…………。」
ニヤリと、唇の端を持ち上げてフーアは言う。アズルは眉間に皺を寄せたが、何も言わなかった。少年は興味を失ったかのように、再び視線を木々に向けた。その眼差しが、一瞬の半分だけ、泣きそうに染まる。はっとして腕を伸ばしかけた邪神は、すぐに気付いて止めた。俺は何をしようとしていたと、自問自答する。
触れて、宥めようと思ったのだ。何故かは解らないが、無性にフーアが脆く見えた。そう、雨に打たれた幼子のように。だが、そんな事は言えはしない。言えばこの気位の高い少年は、すぐさまアズルを攻撃しただろう。それが解ったので、彼はやはり、あえて何も言わなかった。
木漏れ日の中で笑う、その姿が歪であると、邪神は気付く…………。




