10.預言書
神の御言葉を示した書。伝えられる先は、始まりの神殿アルファと、終わりの神殿オメガ。この世にただ2冊だけの、預言書。始まりの世界『オリジン』の創造者、オリジンの言葉の眠る書。その存在を知る者は、片手の指に足りる。
それは、この世界を救う為の道標。この滅び行く世界を救う為の、ただ一つだけの道標。
「何故貴様が預言書の存在を知っている?」
「何故?俺は救済の勇者だぞ。知って手当然だろう?」
「バカを言え。預言書はこの世に2冊だけ。まして、その中身を見る事が出来る人間など、片手で足りる。」
「それを、俺みたいな子供が知ってるのがおかしい、と?」
「おかしいだろう。」
きっぱりはっきり言うアズルを見て、フーアは楽しそうに笑った。からかいを含んだ瞳だと気付いた邪神は、いつもと同じように不機嫌そうに目を逸らした。この少年の内面はひどく複雑で、解りにくい。ひょっとしたら、本人にも解っていないのかも知れないが。
「実物見た事あるんだから、知ってて当然だろう?」
「何故、見た事がある?」
「オメガ神殿で見た。」
「だから、何故?」
ニッコリと、フーアは笑った。天使の微笑だが、底意地が悪い。瞳の光だけがその爽やかさを裏切って、ひどく利己的で我が儘で怜悧な輝きを宿している。そして彼は、サラリと爆弾を落とした。
「だって俺、オメガの神殿長の孫だし。」
「何ぃぃぃっ?!!!!」
「マジです。祖父様の命令なわけよ、これ。」
「……と、いう事は、貴様は一応、聖職者の血を、引いていると、いうわけなのか………………?」
引きつった顔でいうアズルに向けて、フーアは微笑んだ。それはもう、爽やかに。ゾッとする何かを感じて、邪神は一歩下がった。聖職者の血を引くという事は、破邪の呪法にも秀でているというわけで。邪神である青年にとっては、天敵も天敵である。
次から次へと厄介事が降ってくる。そんな事を、彼は思った。その目の前で、勇者は昼食に勤しんでいた。揚げた鶏肉と炒めた野菜と根菜のスープに、白パン。質素な食事をぱくぱくと平らげながら、フーアは満足そうであった。
横目でその姿を伺い、邪神は溜め息をついた。こめかみの辺りがずきずきしたので、指先で押さえる。そんな事をしても何も解決しないと、知っていたのだが。
色んな意味で間違った勇者の、謎が更に深まった気がする、おそらくこの世でもっとも不幸な邪神が、ここにいる…………。




