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おまけ



 思えば有希ちゃんは、最初から不思議な男だった。



 仕事が終り、さて家に帰ろうと会社を出た所、地面に顔から突っ伏している男を発見。

 自分の会社の前でのたれ死にとか目覚めが悪い。

 早く帰りたいと足が急くのをぐっと堪え、その場にしゃがんで声をかけてみた。


「どうしたの? 大丈夫?」


 派手な金髪頭に、見かけないベルトだらけの服装の怪しい男。

 俺が声をかけたにも関わらず、返事は無し。

 仕方ないから手に持っていた鞄で頭を突いてみる事にした。だって薄汚かったし。


「おーい。死んでるのー? 死ぬんだったらこんな所よりもうちょっとマシな所行きなー?」


 2、3回小突くと男は起き上がり、俺の顔を見たと思ったら腕を広げて抱きつかれた。男に抱きつかれる趣味は無いのに。

 ギリギリと締め付けてくる男、そこら中にあるベルトの金具が当たって痛い。

 まぁ、昔から妹の技を受けまくっていた俺が、これしきの事を避けられない訳がない。一応段持ちでもあるし。


 あえて避けなかったのだ。


 男の顔がどろどろに汚れているのが視界に入る中、前髪の奥で金色の眼が違う色に変わったのは見逃せなかったからだ。


「……お」

「お?」


 かなりの重量感を与える男から振動が伝わり、何やら言葉を発そうとしているのが分かってしばらく待ってみると。


「おおおお……っ! この地球に来て初めて優しくされた……!! 死にそうになると人間、ゴミみたいに扱われるよりも気持ちがいいんだな……!!!」


 謎の感動を耳元で叫ばれた。

 そして同時に鳴り響く腹の虫の音。

 鳴り終る頃には男の力は抜け、俺の肩にぐったりと身体が圧し掛かった。


 前を歩く通行人の向けられる目が痛い。が、そのまま抱き上げる事にする。



「……オレンジ色に変わる目に、“地球”、ね―――」



 状況は把握した。

 きっと面白い事が起きそうだ、と。



 つまんない日常なんて、ふっ飛ばしてくれると。







「う、美味い……! これは何と言う料理なのだ!?」

「それはナスとチーズのドリアだよー」

「これは!?」

「それ味噌ラーメンー」

「ぐふっ」

「それ焼きそばー……って、何ピーマン出してるの」


 行きつけの居酒屋に連れていけば、涙を流しながら飯をかき込んでいく男。

 目を輝かせながら食べていく様子に確信が増し、高揚感が増していくのが分かって頬が上がるのが止まらない。

 男に酒を与え、目の前の様子を肴に自分もグラスを空けていく。


「そういえば名前聞いてなかったよね。俺渡辺庸平って言うんだー。君の名前は?」


 俺が言えば男は顔を上げ、手に持っていたフォークを置いた。


「おお! それはすまない! 余りの空腹に失礼な事をしてしまった。私はユーリヒト・トランドルグ。わたなべよーへー殿、貴方には本当に感謝している」


 頭を下げたユーリヒト。頬にはソースと鰹節をつけながら。

 思わず笑ってしまうのを太腿をつねって耐え、いいよと返事をするとぱっと顔を上げた。


「こんな得体も知れない私に何て優しいのだ……!」

「うんうん、それより何処から来たの?」

「私はシリルク国からこの地球へ来たのだ―――って、すまない……! こんな事言っても信じられないよな……今言った事は忘れてくれ……」


 ―――予感的中!

 きっとそう言って冷たくされてきたのだろう、しゅんと項垂れ、自嘲した笑いを零しながら顔を伏せるユーリヒトには悪いけど、もう抑えていられない。


「……あは、あはははっ! なーに言ってるの、信じるにきまってんじゃんっ!」

「む……?」


 今度は困惑している顔を見せるユーリヒト。


「知ってる? あ、知らないに決まってるか。あのな、ここでは同じ釜のを飯食らう者は皆仲間なんだよー」

「同じ釜……? 飯……?」

「そう!」


 ユーリヒトが食べたドリアの皿を指差して笑ってみせる。


「一緒に飯食べたらもう友達さ」


 すると酒で頬を赤く染めているユーリヒトは、目を丸くしながら唇を震わせた。

 そして日本人には見られない金の瞳を潤ませその場で立ち上がる。


「わたなべよーへー殿……!」

「俺の名前は庸ちゃんでいいぞーわはは!」

「では私の名はユーちゃんと……!」


 手を差し出すと、首を傾げるユーリヒト……もといユーちゃんに手を合わせるんだと言って握手をしていると、注文していたビールが2杯テーブルに置かれる。

 それをユーちゃんに差し出して、自分もそれを持つと杯を高く掲げて乾杯したのだった。




 肩を組みながら飯を食べ、酒を飲み、ユーちゃんから洗いざらい吐いて貰えば何とも現実離れをしたものだった。

 地球へは魔物を退治しに来たって言うし、来た途端相棒の女の子には帰られるし。

 1人で残り少ない魔力で戦えば腹が減って動けない、そして女の子が財布ごと帰ったから飯を食う術が無くて死にかけてたって言うし。

 そんな散々な目に遭っておきながら、飲んでいる間ずっと『ヨウちゃんがいる地球は守らねばいけないのだ!』『私には使命が!』などとうわ言のように、それでも嘘ではない意志の見える瞳で言うもんだからたまんない。


「一緒に戦ってくれる女捜してんのー? じゃあ俺の妹なんかどうだー?」

「ヨウちゃんの妹?」

「おう! あいつ昔言ってたんだよー“正義の味方になりたい!”って! 丁度ぴったりじゃね? 柔道習ってたし超つえーよ! まほーなんていらねー!」


 なんて酔いの気持ちよさもプラスして言ったのだ。

 すると柔道とはなんぞやと言って来たもんだから、速攻で居酒屋を出て自分の会社に戻り、パソコンに入れてあったマイメモリアル(動画)を見せてやったのだ。


「俺はなー、この県大の準優勝ん時の大外刈(おおそとがり)がオススメだぜー。めっちゃバシーって決まったーうおおーってなる……って、ちょっと。聞いてんの?」


 折角人の秘蔵動画を見せてやっているというのに、返事もせず微動だにしないユーちゃん。

 でも顔は画面に向いているから、寝ているのだろうと思って頭を小突いて起こしてやろうとすると。


「……お……」

「お?」

「おおお……っ!! なんて……なんて素晴らしいのだ……! これがじゅーどーというやつなのか!! 君の妹はなんなのだ……っ! あの小さな身体でなんて鋭く、凶悪な動きをするのだ……!?」


 パソコンを掴み、身体を震わせながら画面に向かって言い放っていた。

 凶悪とか言ってるけど褒めているのか?

 人の妹を凶悪とか言って死にたいのか?

 だけど俺のパソコンを、俺の場所を奪いながらその画面を食い入るように見るユーちゃんに、またしても毒気を抜かれる。


「ヨウちゃんの妹がいるならば、どんな魔物でも負けはしないだろう!」

「ふふん。そうだろうそうだろう、もっと言え」

「まさに私とこの地球の為に舞い降りた戦士! 戦いの運命(さだめ)の星の元、戦史を刻むべく生まれたと言っても過言ではない!」

「かごんではなーい! いえー!」


 一本! という声と同時に俺達の拳も天高く突き上がる。


 なんっていいヤツなんだユーちゃんは!

 これ程までに俺(の妹)を分かり、俺と話が合う人間は今までいなかった!


「よし、ユーちゃん! 行くとこ無いんならここに住んじゃえよ! 俺ん家は彼女いるからゴメンだけど、この会社中だったら好きにしてもいいぜ!」

「本当かヨウちゃん……! 何から何まですまない……!」


 がしっとユーちゃんと抱き合えば、キラッキラに輝く金色の髪。


「あ、ていうかその頭と服変えねぇとなー。外人は何かと目立つかんなー」


 これでは駄目なのかと頭を押さえているユーちゃん。自分の見た目を知らないヤツだった。


「当たり前だろー? 正義の味方は身バレはご法度! 変身前は地味じゃねぇと駄目じゃねーか。身を潜め、仮の姿で過ごすモンだろー?」

「そ、そうか成程。私は全く何も知らなかったのだな!」


 自分のデスクから予備のシャツとズボンを引っ張り出し、ユーちゃんに投げ渡す。

 ついでに使わずに置いてあった染髪料も開ける。

 他に何かそれっぽいのは無いかとロッカーを漁ると、開発部へ遊びに行った時の白衣があった。


「ちょっと見てみろよユーちゃん! こんな所に白衣が! 丁度よさ気じゃね? なんか秘密の組織って感じでよさ気じゃね!?」

「おおおっ! こんな締め付けの無いヒラヒラの服装は初めてだ! わ、私にくれるのか……っ!?」

「おう! 着ちゃえ着ちゃえ! ついでに俺の伊達眼鏡もやるよー!」


 それはそれは嬉しそうに着るもんだから、こっちまで嬉しくなってしまう。

 いつまでも白衣を羽織ってはしゃぐユーちゃんの頭を掴み、シンナーの匂いを醸し出す液体をぶっかけた。


「そっ、それは何なのだヨウちゃん!?」

「あ、これー? 髪の色が変わるんだぜー。ちょっと傷むけど気にすんなー!」

「魔法も使わずにそんな事が出来るのか……!? す、凄いぞ地球!!」


 床に座って拳を作って感激するユーちゃん。

 鼻をつんざく染料の匂い。

 ぐちゃぐちゃになったユーちゃんの元服達。



 気分良くなっていた俺の記憶はそこで途絶え。

 起きてみれば自分のオフィスが水浸しになっていて、その上で男2人が転がっている所を出社した秘書に見られ、思いっきり顔を顰められたのは言うまでもなかった。







 朝起きればすっかり二日酔いの痛む頭になり、お互いしかめっ面したまま顔を見合わせた。


 金色だった髪は暗い茶色になり、ボタンがちぐはぐに付けられたシャツを着て。濡れ鼠のユーちゃんをじっと見ていると、デスクの上のパソコンから地区大会の試合模様が流れてくる。

 それに反応したユーちゃんに、どうやら昨日の事は忘れていないと見えた。


「ユーちゃん。昨日言った事だけど」

「む」


 少し不安げに眉を寄せながら俺を見る。

 その瞳は嫌いじゃあない。

 捨てられそうな猫のようなオーラを出すユーちゃんに、思わず笑ってしまった。


「よ、ヨウちゃん……?」

「ああいや、ごめんごめん。大丈夫、昨日の事は全部覚えてるさ」


 俺がそう言えば、ユーちゃんは『ならば!』と腰を上げようとする。

 それを阻止して同じ目線のヤツをじっと見据えた。


「だけどまだ庸子はやらん。っていうかまだプー太郎だしな、あいつ」

「ぷーたろー?」

「ああ、会社に勤めてないって事。んだからアイツを誘って、俺の元に来たらユーちゃんの力になるよう言ってやる。来なかったら自分で探して見つけて説得するんだな」


 魔法使えるならそれくらい朝飯前だろ、と笑ってみせると、ユーちゃんは1つ瞬いて床に落ちていた眼鏡をかけた。

 ブリッジを上げ、元の位置に眼鏡が落ちつくと不敵に唇の端を上げる。


「ふふ……ははははは!」


 ユーちゃんが顔を上げて声高らかに笑った。


「ヨウちゃんよ……、私を甘く見るではない! シリルク国の人間はそれ位で根をあげる者などいやしないのだ! どれだけの試練があろうが己の全ての力を駆使して成し遂げ、尚且つ自分でその10倍試練を課し、ありとあらゆる方法で受け乗り切ってみせるなんてものは当たり前だぞ! その妄執さは隣国を震え上がらせた程なのだ!! 例え相手を地に沈め屠る程強靭であろうとも、この私にはご褒美にしかならない! もう私からは逃げられまいよふはははは!!」

「あっれー俺選択ミス? ドM? ドMなの?」


 不慣れな眼鏡をくいくい上げ、ふはははとお馴染みになった笑いを上げながら再びパソコンにかじりつくユーちゃん。

 しかしふと何かに気付いたかのようにこっちを振り返り自分を指差した。


「あ、そうだヨウちゃん! 名前も日本人にしておいた方が世を忍んでいて格好よくはないか!?」

「おお、成程。じゃあどうする? 適当にそれっぽくつけとく?」


 紙とペンを取り寄せ、当て字っぽく書いてみる。


「ユーリヒト・トランドルグ……ユー、リヒト……理人はカッコよすぎるから駄目だな。うーん……」

「早く! ヨウちゃん!」


 身を乗り出し俺の肩をばしばしと叩く。

 出会ってまだ数時間なのに、まるで昔から一緒にいたかのような心地の良さ。これがドMの成せる技なのだろうか。


「そうだな。じゃあユーちゃんは今日からユキヒコ・トウドウ、東堂有希彦で! 俺の知り合いからちょいちょい取ってみたんだけど、それっぽいだろー?」

「おお! 私の世を忍ぶ仮の名前……! 素晴らしい、ありがとうヨウちゃん!」

「おう有希ちゃん。これから大変だろうけど頑張れ!」


 俺がそう言うと、パソコンに視線を移す有希ちゃん。


「―――ああ。ヨーコ君が私の元に来てくれるのならば、何だってしよう」


 じっと見つめるその瞳に色が乗り、オレンジ色に変わった。


 珍しく笑みを浮かべた庸子を映す画面につ、と触れる指が。

 つられて薄く浮かべる笑みが。

 目を細め、画面の奥をただひたすらに見つめる姿が。



「こちらの女性は奥ゆかしいのだな。たまに見せるそっと零す笑みが、なんとも可愛らしい」




 まさかの事態を引き起こしている事にようやく気付いた。




「……あー、言うの忘れてたけど」

「な、何だ!?」


 俺が言うと、音がする位勢いよく振り向かれる。

 その顔に、さっきまでの色めいていたものは消えていた。


「この会社に呼んでも、半年はちゃんと仕事に専念して貰うから。それまで一切関わり無しよ?」


 自分でもちぐはぐな事を言ってる自覚はあった。

 だけど自分の可愛い妹だ。

 ちゃんとした男に渡したい気持ちは多々ある。それがどんだけ気の合う男であっても。



 父を倒す前にまず俺を倒すべきなのだと。



 そんな意志を込めて金色の瞳を見据えると、有希ちゃんは不敵に笑って見せた。


「そんな半年や1年ばかり、いくらでも待てるぞ。何しろ魔王が現れての50年、忙しくてそれどころではなかったからな。久しぶりに味わうこの胸の高鳴りを想えば、時なんてあっという間に過ぎる」


 グッと拳を握りしめ、キラキラと目を輝かせ恍惚とした表情で天を仰いでいる。

 しかし不穏な言葉が聞こえたのは逃せない。


「ちょ、ちょっと待って有希ちゃん……。魔王……え、50年て……? 有希ちゃんいったい幾つなの……?」

「む? 私は今年123になったばかりだが」

「……」


 ―――本当に、つまんない日常なんてふっ飛ばしてくれる。

 そんな男に妹を紹介してしまったが。

 もう後の祭りだ。


「……有希ちゃーん。この世界は長生きしても100年なんだぜー」

「そうなのか? 皆若いのだな……。……む。で、ではヨーコ君は今いく―――」

「色々面倒だから年サバ読んどいてー。60秒で1分、60分で1時間。1日24時間365日人生100年計算でよろしくーっ!」


 俺が言えば、ぶつぶつと計算を始める有希ちゃん。

 これは庸子に会わせる前に色々日本の事を教えておかなければならないな。腕が鳴るぜ全く。



 それからどうなるか俺の知った事じゃあない。

 2人共いい大人なんだ、当人に放り投げ……任せるとしよう。

 庸子の男運の悪さは筋金入りなのは知っているが。



 まぁ。

 あいつも俺と似たような性格だしな。





 いい方向にいってくれる事を兄は願う。






何故か兄視点という不思議な最後で終わります!笑

ここまで読んでくださりありがとうございましたー!!ヾ(*´∀`*)ノ


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