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その後 宮編



 ―――それは死神の鎌かと思った。



 私の20センチ目の前を過ぎる有名メーカーのスニーカーが、切っ先を研がれたそれに見えた。

 空を斬る音は耳をビリビリと震わせ、来る風が髪を揺らした。


 思わずごくりと唾を飲み込んだ。


 一歩。

 あと一歩遅かったら私の顔はミンチになっていた。いや、まだ残っている方がマシなのか。

 後ろ足を引いた状態で、ドクドクと打つ胸を押さえた。


「宮さん……」


 名前を呼ぶと、トントンと足をならしている彼が、不敵な笑みを浮かべ、首を鳴らした。



【どうした、庸子? ―――来ねぇなら行くぞ?】



 そして両の手を上げ、いつもの構えをとった。



 ―――私に向けて。







「皆、今日は近くの高校の中庭で、どうやらレベル10が1匹のようだ」



 ペペロンチーノを貪っていると、向こうから来たファックスを読み上げた室長。

 ちなみに今日の晩御飯はペペロンチーノと、ナスのミートソース、明太子、サーモンとほうれん草のクリーム。

 それを大量に作り、大皿に入れて各自(・・)取り分ける方式だ。

 勿論人数分のリクエストで、勿論面倒だから半分はレトルトだが。


「それは……楽、なんですかね?」

「分からん。だが皆で一気に攻め込めばあっという間に一網打尽、即帰宅だ!」


 キリッと空を仰ぐが室長、ミートソースが口に付いているぞ。 白衣にも。

 室長の前にティッシュを置いて、自分のものをかきこむ。


「……では何か作戦立てますか……? それっぽくて面白そうです……」

「お、いいね。んで早く帰れた暁にゃ飲んで帰ろうぜ。たまにはそういうのもいいだろ」

「!」


 佐久間さんが上げた提案に、宮さんが素敵な〆をしてくれる。

 流石年長者、分かっていらっしゃる。


「ヨーコ君が何か輝きだしたぞ皆」

「そんなに飲みてぇのか庸子。さてはのんべぇか」

「のんべぇでしたか」

「人並みです」


 目ざとい正面の室長から顔を逸らし、どういった作戦が最適かと思考を巡らせた。


 筋肉系なら私と宮さんで正面を叩き、佐久間さんに後ろをお願いする。

 特殊化け物系なら佐久間さんに引きつけてもらって、私と宮さんで分担する。

 昆虫系なら宮さんにお任せだ。


 ……いつも通りの戦法じゃないか。


「ガッと行ってガッとやろうぜ!」


 いつの間にか明太子パスタをなくした宮さんが、私の目の前にあるペペロンチーノのトングを掴んだ。“ガッ”である。


「佐久間さん、作戦は立てても意味ないかもしれません」

「そうですね」


 軽やかに吸い込まれていくパスタに、私と佐久間さんは顔を見合わせたのだった。


「時にヨーコ君」

「はい」

「私のパスタがお湯にひたすだけだったのには訳が?」

「ナスは炒めましたよ」


 1人で4種類も作る事になっててんやわんやだったのに、よく見ているな、室長。立派な小姑になれる。

 室長への尊敬の拍手を送っているうちに、私の分のペペロンチーノが3割減になっていた。


「宮さん。それ以上大きくなろうとしてどうするんですか」


 レスラーになって私を喜ばせるつもりか、と喉から出かかって止めた。


「いやぁ今まで外食とかビニ弁ばっかで碌な飯にありついてなかったからよー。美味いのがいけねぇな、庸子」

「……おだてても私の腹が鳴るだけですよ」

「ははは、悪ぃ」


 言いながら全然悪びれず笑う宮さん。



 まさか後に、彼があんな事になるとは知らず、毎日恒例となった醜い血肉の争いは和やかに過ぎてゆくのだった―――







「お待たせしました」



 いつも通りどこへでもウィンドウで学校の中庭と思われる場所へ出てみれば、そこは真っ暗な夜の静寂が広がっていた。

 大きな少し古ぼけた校舎に、そびえたつ木が風に揺られる度にカサカサと音を立て、どこかうすら寒い気分になる。

 沢山の窓が黒く光り、そこに光が現れないよう心の中で祈った。


 流石に学校のトイレで着替える度胸はない私は、皆に先行ってもらい、残って研究室で着替えたのである。

 この方法はさっき気付いた。これから取り入れて行けばいいと思う。


「まだ魔物は現れていないようだ」

「そうですか。よかったです」


 ジュニアを持って肩をならし、周りを見れば宮さんと佐久間さんがキョロキョロと辺りを見回していた。

 その顔は少しにやついている。


「なぁ庸子。肝試しやろ―――」

「しませんよ」

「って早ぇなおい」


 全く、いい大人が何を言っているのだ。

 最近ふざけ過ぎだと思う。

 20代と30代はもう少し毅然とした姿勢をとっていないといけな―――


「あっ」

「な、なんですか佐久間さん」

「何か動いた……気が……」


 動きを止め、一点をじっと見つめている佐久間さん。

 私は離れて中庭を横断した。敵を警戒しただけであって、決して道路側へ逃げた訳ではない。


「やめてくださいそうやってからかうのは!」


 物理的に効かない敵はあまり好きではない。

 私は頑として大人の主張をした。


「ん? ヨーコ君怖いのかい?」

「魔物退治に来てるんです。ふざけるのはいけないと思っているだけです」

「あっ、庸子! 3階の窓に誰かいた!」

「ジュニアの錆になりたいんですか」


 いつの間にか私の間合いに入り込んでいた宮さんが頭の上に伸しかかり、上を見させようとする。

 どう見ても小学生男子のそれだ。


 どうにか抜け出そうともがいていると。


「! ヨーコ君気をつ―――」


 室長が途中で言葉を消した。

 何事だと、ピリと張り詰めた宮さんと共に目を凝らして中庭を見るも、真っ暗でよく見えない。

 じり、と足を進めると、今度は佐久間さんの声がした。


「く、うっ―――」


 何やら悩ましいような気もしたが、きっとそうではないだろうと頭を振り、ジュニアを構える。


 しん、と静まった中庭。

 勿論校舎には誰もいない。


「……もしかして2人で私をからかっているんですか?」


 そうだとしたら性質が悪い。私でも真剣に怒る。

 真っ暗の闇にそう声をかけると。


 ぼうっと目の前に黒い塊が現れた。


「ひっ」


 それは目と鼻の先の至近距離で、白くのっぺりした顔に、ぽっかりと空いた空洞が2つ。

 フードと思われるボロイ布をかぶり、右手側からギザギザの棒のようなものを持ち、少し後ずさって見れば、60センチくらいの人型のような物がぷかぷかと浮いているのだった。


 固まって動けずにいると、空洞の中が光ったのが分かった。

 それは緑色で、誰かを思い出―――


「庸子っ!」


 声が聞こえたと思ったら身体に衝撃があり、気付いたら私は中庭の植え込みに埋もれていた。


「いたた……」


 一体なんだったのだろう。

 植え込みから這いあがると、先程の浮いているフードと、その下には宮さんが膝をついているのが見える。

 室長と佐久間さんの姿を探せば、空に漂う木の根っこに絡まってぐったりしていた。


 ……また触手系なのか?


 ちょっとげんなりしてしまったものの、2人をどうこうするつもりもないような様子に、魔物の近くにいてまだ無事ではないと見える宮さんを先に救おうと静かに歩み寄る。

 こちらを見たフードにギクリとなるも、特に攻撃をしてこない。

 ならば、と大胆に正面から攻めていけば、眼前に迫る拳。


 寸での所で避けたものの、バランスを崩して芝生へと無様に転がってしまった。


「痛い……」


 身体を起こし、頭を擦っていると、落ちる黒い影。


「―――っ」


 ビュッっと音がするそれをジュニアを横にして受け止めれば。

 宮さんの足が乗っているのが分かった。


「宮……さん……?」

【おう】


 ミシ、と音がする。私の腕か、ジュニアか。

 私が歯を食い締めると、幾分か低くなった声を震わせ、ジュニアに乗せていた足をどけた。


【っくく。小さくても流石にこの程度じゃ潰れねぇか】

「……失礼ですね。私そこまで小さくありません」


 いつものノリなのに、やはり声が違う。纏うものが違う。

 ピリピリと肌に突き刺さる―――()に向けるそれな気がする。


 そして何よりも違うのが、瞳の色が緑色に変わっていた事だ。


 それに気付いた時、勿論私は彼の目を見ているわけで。向こうのものがはっきり見えるという事は、こちらを見ているという事で。


【なぁ庸子。俺と一緒にあっち(・・・)へ行こうぜ。―――手荒な事ぁさせんなよ?】

「……いやですね、宮さん。今まだ残業中なんでジムは行けませんよ」


 ヤバイと思った時にはじりじりと後退していくしかなかった。

 目を見ながら、決して逸らしてはいけない。確か猛獣と対面した時の対処法はそうだった筈。


【抵抗するなら分かってるよな、庸子―――?】


 緑の瞳に、黒く縦筋が入ったと思った時、離していた距離が一瞬で縮まった。

 空に浮いた宮さんが背中を見せていて、視界の端に右足が映ったのが分かった。

 しなる鞭のようにそれが一気に横に振られ、慌てて一歩下がり背を反らす。そして一目散にその場から離れた。


 どうして宮さんが私を攻撃するのか。

 どうして室長は現状説明をしてくれないのか。


 怖い宮さんに、触手に捕まってぐったりしている室長と佐久間さん。

 その根元にぼうっと浮いている黒いフード。

 あれが光ってから宮さんがおかしくなった。と、いう事は……?



 あの魔物は魔法が使えるという事か。

 それで人を操ってあっちへ連れて行っ―――……あれ、でもあのフードは最初、私を見ていた気がする。



【ほら庸子、背中ががら空きだぞ】

「っ!」


 背後からかけられた声にぞっとして振り向くと、グローブみたいだと思っていた手が左右から迫ってきていた。完全に潰す気だ。

 慌ててしゃがんでそれを避け、脛を思いっきり払ってから宮さんの間合いから逃げる。


【いってぇーーー!】


 どうやら操られていても人並みの痛覚はあるようだ。

 それよりも。

 脛を押さえてピョンピョン跳ねている宮さんを警戒しつつ、フードを見やる。

 それは相変わらず室長と佐久間さんには目もくれず、宮さんを追っている。


【……仲間にも容赦はないのだな。っくく……。お前は相変わらず、面白い―――】



 ―――恐らく、そういう事なのだろう。当たって欲しくはないけれど。



【―――なぁ、ヨーコ?】



 宮さんの声の筈なのに、私の名前を呼ぶのは違う人に聞こえた。

 勘違いだろうか。聞き間違いだろうか。

 そういう事にしておこう。


「宮さんもその悪役っぽいの、面白いですよ。だけど似合いすぎててアレなのでもういいですよ」


 ジュニアを構え、近づいてくる宮さんから一歩ずつ距離をとる。

 捕まったら終わり。

 命がけの鬼ごっこのようだ。


 宮さんが地面を蹴り、こちら目掛けて走ってくる。

 背中を見せたら終わりな気がして、慌てて体勢を低くした。


【逃げないのか?】

「勿論です。アナボリックステロイド3人前」


 始末書覚悟の無断使用である。

 目の前に迫る、宮さんの得意技である飛び後ろ回し蹴り。

 私の分野は柔道である。基本離れ技は不得手なのだ。


 ジュニアを立てて自分を庇ったものの、あっさりポッキリ折れてしまった。

 私はバット折り演舞の持ち役のようだった。


 自分にだけ魔法をかけても意味がない事を思い知らされた私は、無残に分裂したジュニアをどうする事も出来ず、その場を後にした。


【おーい庸子ー。大人しくついて来るんなら手荒な事ぁしねぇって】


 おいでおいでと手を振る宮さん。

 いつもの彼だったら今まさに喜んで飛んでゆきたい所。


 しかし。


 室長と佐久間さんを見れば、意識は取り戻しているものの、口と身体を拘束されているせいで声さえも聞こえない状況。私は丸腰。

 この状況を打破する術を教えてくれる人はいない。

 唯一の頼れる人は敵側に回っている。


「………………変身……するしかないのか…………?」


 絶対絶命のピンチである。


 一番選びたくない選択肢だが、確実なのは魔王戦にて証明されている。

 悩みながら走っていると、足を取られて芝生の上に倒れた。


「いたた……なにこれ、財布……?」


 顔を抑えながら、足元にある転倒の原因であると思われるものを手に取ると、そこに落ちる黒い影。

 恐る恐る顔を上げると、濃い服の袖から出た太い腕を組んで、私を見下ろしている宮さんと目があった。


【鬼ごっこは終わり、だな?】

「もう少しハンデとかくださいよ、大人気ない」


 ニィ、と笑みを深める宮さんに、“OK”の2文字はなかった。


【じゃ、ゲームオーバーって事で。大人しくついてくるつもりは?】

「……」

【ないのだな。―――よかろう。一瞬で終わらせてやるぞ】


 ざり、と芝生を軋ませる、長い足。

 あくまでも自分で“手”は下さない魔王に、苛立ちが募る。


 ぎゅっと手の中にある財布を握りしめた。


 左足に重心が乗った時、来るかもしれない衝撃に覚悟を決めながら叫んだ。



「っこのジムの会員証どうなってもいいんですか宮さん!!」



 手の中にある財布をかざすと、腕の数センチ横で足が止まる感覚。

 ふわりときた風が止まった事を示していて、私は立ち上がって頭を宮さんの身体に食い込ませた。

 そこは人体の急所といわれる金的―――の上の鳩尾だ。


【ぐ、ぅ―――!】

「い……っ」


 何故か鉄板に頭突きしたような衝撃があり、思わず悲鳴が漏れそうになった。

 しかしそこは踏ん張って、顎を狙って拳を突き上げようと思った時。



 ―――痛ぇな……。



 拳が掴まれ、低く唸るような声が頭上から落とされて、ぞくりと背中が粟立つ。

 渾身の頭突きが効かないのか、とか、やっぱり情けをかけずに教えられた通り金的狙っていけばよかった、とか、一瞬で脳裏に巡った。

 40歳近い宮さんと24の私では、踏んできた場数が違う。


 ガクリと肩を落としていると、顎に手をかけられた。

 上げられ、宮さんと顔を合わせられる。

 けれど、そこにあったのは見慣れた黒い瞳で。


「……悪ぃ、庸子。怪我、ねぇか?」


 ぐりぐりと顔を触り、私の手を掴んでいる手が降りて腕を触っていた。

 私が頷き、自分で確認し終えると手を開放してくれ、ほっと息を吐いた後、頭をかいた。


 よかった。

 いつもの宮さんだ。


 ホッとして手を伸ばそうとすると、頭をかいていた手でそのまま目元を覆い、白い歯を見せた。

 私を見てはおらず、遠くのフードを見ている。

 ぞくりとして、手を引っ込めてしまった。


 するとギシ、と軋んだ音が聞こえてきたのだった。


「…………人の頭ん中に……勝手に入ってきやがって……。好きに動かしてくれたな、あの野郎……っ」


 指の隙間から見えた瞳は黒くいつもの色だった筈なのに、カッと赤く燃えた気がしたのは気のせいだろうか。

 そうぼんやりと思っているうちに視界から宮さんは消えていて。

 どこにいったのかと目を凝らせば、酷い打撃音とその場所から漂う白い煙によって、宮さんが魔物を退治してくれた事がようやく分かった。


 そしてドサリと落ちる2人分の音。


「室長、佐久間さん。大丈夫ですか?」


 その場にかけよると、2人は頷いてくれたが、何故か私を見て肩を竦ませた。―――否、私の後ろだ。

 芝生を踏みつけてくる音にゆっくりと視線をやると、白い煙の中、黒い鬼がこちらへ向かって来ているのが見えた。


「ひぃっ」

「ひゃっ」

「ひぅっ」


 3人で手を取り合ってガタガタ震え、一歩、また一歩と近づいてくる人から精一杯逃げようとした。


「―――あん? 何で逃げるんだ、お前ら」


 にゅっとこちらへ伸ばされた大きな手を見て、声なき声が3人分上がったのは、ここだけの話。







 ―――あれから1週間。

 私の体重は2キロ増えた。


「宮さん! もうやめてください!」


 荒ぶる私の前に新たに置かれたおかきと煎餅の山。

 数時間前はプリンの山だった。


「あ? 餡蜜とか羊羹に飽きたって言ってたじゃねぇか。これなら食えるだろ?」

「確かに塩気が欲しいですよね……って、そういう事じゃなくてですね! もう私は何とも思っていませんからお土産はもう十分です!」


 そうなのだ。

 あの日の鬼ごっこに罪悪感を感じた宮さんは、金属バットをプレゼントしてくれた上、これでもかという程お土産をくれる。私だけ。

 最初のうちはやったラッキーぐらいに思っていたけれど、1日数回あるお土産投入に、2日も過ぎればごめんなさいをしたくなる。こちらの罪悪感に火を点けた。

 そもそも、あれは宮さんが私を守ろうとしてくれたのだ。

 私が悪いのだと反論しても、途中でぼすっと頭を撫でて全然取り合ってくれなかった。


 指を咥えて見ている室長や佐久間さんには一蹴し、しかし貰った物を頂かない訳にはいかず、全て消費していると体重計は悲鳴をあげ、こっそりあげようとしたら私まで睨まれるのだ。



「煎餅ばっかじゃ口ん中おかしくなるだろうと思って、大福買って来たぞ」

「何故!」


 私のデスクに座り、封を開けて食べろと催促してくる。

 そしてそれは食べ終わるまでそこをどこうとしないからどうしようもない。

 周りに助けを求めても、誰も助けてくれない。

 むしろちゃんと受け取ってあげろと、曖昧な笑いを頂くのだった。


「……宮さん」

「ん? 美味いか?」

「…………はい……」


 そっか、と笑う宮さんの笑顔は少し元気がない。のは分かっている。


 一応女子である私に拳……いや、蹴りを向けてしまった事が許せないのだろう。

 いくら操られていたとはいえ、彼のポリシーに反した筈だ。


 だけど私は、そのお陰で大切な事に気がついたのだ。


「宮さん」

「ん?」


 ほら、と次を与えてくる宮さんに向かって、笑ってみせた。



「私、太ってきたんです。宮さんのせいですよ。責任とって絞ってください」



 宮さんは、この研究室の仲間にとって、無くてはならない存在だという事。

 まとめ役もツッコミ役も兄貴肌も兼ね揃えているという、頼もしい存在なのだ。


 間違っても敵に回してはいけない。


 ね、と宮さんを仰げば、少し目を見張った後、ポリポリと頭をかいた。


「……あー。そっか。悪ぃな、庸子。気づかなかったぜ」

「鈍りましたか?」

「うるっせ」


 デスクの上から退き、尻ポケットから財布を出してヒラヒラとそれを振った。


「室長サン」

「む。ミャー君の好きなだけ行ってくるがい、ぃい―――!?」


 ソファでくつろいでいた室長を引っ張り上げたかと思えば、ポンポンと肩を叩き、ニッとイイ笑顔を見せた。


「おう。次魔王が来た時に負けねぇよう、皆まとめて絞ってやるぜ」

「えっ!? わ、私もか!?」

「ったりめーだろ。男なんだ、しっかりやろーぜ」


 室長の肩を抱き、ズンズンと扉へ向かって歩いてゆく。引きずられる室長は助けを求めてくるが、目を逸らした。


 うん、やっぱ宮さんはこうでないと。

 窓際にいる佐久間さんを見ると、頷いてくれた。



 消えてゆく背中を見て、私と佐久間さんは慌てて追いかけた。





「宮さん、あの約束覚えていますよね?」

「んあ? 何の事だ?」

「飲みに行く話ですよ。今日でもいいですよ」

「仕方ねぇなぁ。いいぜ、帰りにでもパーッとやろうぜ! 俺の驕りだ!」

「やった」

「本当かミャー君!」

「僕何飲もうかなー」

「お前らも来んのかよ」

「ヨーコ君だけはずるいぞ」

「そうですそうです」

「っはは。もーいいや。勝手について来やがれ」

「よしっ!」

「わーい」

「ふふっ」

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