その後 バレンタイン編
2月14日。
それは日本の世の乙女達が、意中の相手にチョコレートという名のミサイルに自分の愛を搭載し、確実に相手の心を爆撃するようそれはそれは甘く武装し、力戦奮闘獅子奮迅する流血激戦必至の大切な日である。
―――そんなイベント事など、今年は私には関係ないと思っていたのに。
目の前の狭い台所の上にあるのは、使い慣れた道具達に大量のチョコレート。
ベリー系のフルーツに生クリームの乳液。
リビングのローテーブルの上には、長く伸びた黒い字がビッシリ打たれたレシート。
「……」
2月14日深夜1時過ぎ。
近所は寝静まり、周りを気にして気配を殺しながらどうして独り身の私は対バレンタイン用のチョコを精製しているのか、
全くもってこれが分からない。
*
事の発端は宮さんの一言だった。
「あー。今年もあの日がやってくんのかー」
プリンのような台形の形をしたレベル4の魔物に、くっきり足跡をつけてドサリと地に沈めた宮さんがふと息を整えながら言葉を零した。
目の前のスーパーの張り紙を見てそれはそれは自然にぽつりと言った言葉で。
半径5M圏内には私しかいない状況、すぐさま聞こえなかったふりをして自然を装い素早く浄化をこなしたというのに、手早く荷物を纏めて帰ろうとした私の前に室長が首を傾げながら現れたのだった。
「あの日とは一体何なのだ、ミャー君?」
目の前一面白衣に占領され、紙袋を持っていない方の手で顔を押さえながら顔を上げれば、宮さんに眼鏡を光らせて喋っている室長が見えた。
早く着替えに行きたいのに、この黒の素敵なジャージを脱ぎたいのに、私の手ががっしりと掴まれていて動けない。室長め。知っていてやっているとしか思えないのだが。
「ん? ああ、去年は全然関係なかったしなー。室長サン知らねぇのも当たり前か」
そう言って、さっきチラ見していたチラシを指差した。
「バレンタインって言ってな、日本にゃ女子が男子にチョコレートを贈る日があってよ。それが今週末だって事さ」
「ふむ、ばれんたいん……それはヨウちゃん教えてくれなかったぞ……」
何故だ兄。
そして端折りすぎだ宮さん。
それでは無償で誰構わずチョコをバラ撒く日だという事として覚えてしまうではないか。
そんなの私に不利しか与えない。
キチンとしたウァレンティヌスの話を聞かせてあげるべき―――いや、菓子会社の陰謀だという話をせねばと、とりあえず空いている拳を腹に叩き込もうと振り上げると、上がりきる直前でその手の動きが止められた。
その力強さに冷や汗が流れる。
恐る恐るその腕を持つ人を見やれば、いつものふんわり垂れた目尻を更に落としながら微笑んでいる佐久間さんと目が合った。
「さ、佐久間さん……」
「はい、庸子さん」
「あの……その…………」
暗に離して欲しいと佐久間さんと腕を視線でチラチラと交互に見ていたのに、ちっとも力を緩める気配がない。
私の両腕はがっちり拘束されている。再び連れ去られるグレイのようなサンドウィッチになった。
……こうなるのなら引かずにそのまま突き出すのだった。
そうした方が相手より先に当たる確率がグンと上がると兄の部屋にあった漫画に書いてあったのを失念していた。くそ。
「ふむ。地球にはいい日があるのだな。そうか、チョコレートが貰えるのか!」
とても弾ませた声を出している左手側の人。
正面では目を細めて何食わぬ顔をする人。
下ろした私の右腕をゆらゆら振っている人。
その3方向から突き刺さる視線から逃れるべく地面へと顔を逸らすも、一向に緩まない拘束に、14日という日への執念が見え隠れ……てはないか、見えて恐れをなしたのだった。
―――その日からというもの、
事ある毎に物欲しげな、物言いたげで切ない顔を向けてくるのだ。
「庸子ー。ちょこっと俺とそこら流してこねぇ?」
「庸子さん。今からちょこっとだけコンビニ行くんですけど、一緒に来ませんか……?」
「ヨーコ君! ちょこっとだけ休憩しようではないか!」
あからさま過ぎるアピールに、返す言葉が見当たらなかった。
せかせかと私の世話をし、私を労い、ヨイショする。
それはいい。いいとして。
どれも十分魅力的過ぎる内容にグラついたのは言うまでもなく。
罠だと知っていながら乗ってしまったせいで、彼らは何かを確信した表情に変わっていった。
きっとこの仕事のせいで、あくまでもこの年中無休の残業のせいで彼女も作れず去年は全然貰えなかったのが悲しかったのだろう、だから形振りかまってられないのだろう。
―――仕方ない。
こういった時の紅一点なのだ。
皆もようやく気付いてくれたようで感激ではないか。
そう腹を括り、作る気の無かった気持ちを呼び起こした時には既に前日の夕方だった。
「飛鳥っ」
『ん? どうしたの電話とか珍しい。しかも何慌ててるの?』
仕事が終わったであろう悪友の飛鳥に電話をかけると、既に電話の奥は騒がしい声が響いている。
どこかの店にいるのだろうか、そんな時に申し訳ないと思いつつ縋りついた。
「ごめん……3丁目にある、いつも行っていた店にある70%のチョコ買って来てくれない……?」
『おっ。どうしたの? もしかして今年作る人出来たんだ? えっ、誰!? まさかあのイケメン君!?』
「あ、ごめん義理……」
電話の向こうの彼女が一気にテンション上がってしまったのですぐに訂正を入れる。
ここ最近の事をざっくり話してみせると、電話口で『義理かぁ……』という台詞と盛大な溜息がくぐもった。
これだからバレンタインというものは面倒なのだ。
「本当は作るつもりは無かったんだけど……耐えられなくて……」
『あははっ。皆チョコ欲しがりすぎっ! 庸子にとったら拷問でしかないのにねぇ」
全くだ。
レシピ通りこなして味見はしないでやる派の私なのに。
溶けたチョコの匂いなんて、マスクして直撃回避をしているというのに。嫌いではないけれど、胸やけはバッチリ起こす。
「今年は楽できると思ったのになぁ」
『ふふっ、残念でした。欲しがられているうちが華じゃない。じゃあ私、今から帰るからついでに買ってくるね。アパートの扉にかけておけばいい?』
「うん、ありがとう。お金はまた明後日返すね」
通話を切って速攻で家にある物を計算し、帰る前にスーパーで追加買い物をするリストを思い浮かべたのだった。
浮足立つように見える男衆を尻目にいつも通り魔物を倒し、明日の運搬の為に自転車で家に帰ると扉に見知った袋がかけられてあった。
飛鳥に買って来て貰った物が入っているであろう袋を覗くと、チョコの他に何か入っている事に気付く。
何かと思って手に取って見てみると。
「…………チョコペンと……板チョコ……?」
ちゃんとメッセージ用の板チョコだという事に、頭を抱えたのだった。
……この年になって何を書けというのだ、飛鳥サン。
*
そしてあまり腑に落ちない真夜中のバレンタイン用チョコ精製をし終え、朝日が昇る前に少し仮眠をし、起きて再び最後の仕上げを終わらせれば出勤する時間になっていた。
慌ててそれを適当に包み、自転車で細心の注意を払いながら時間をかけて会社にたどり着けば、幸いにも時刻は10時前。遅刻は免れた。バタバタすぎる。
白い扉の前で時間を確認し終え、無機質な扉の取っ手を持って中に押し込めば。
「おはよう!」
「はよー」
「おはようございます」
「おはよー庸子ー!」
4つの違う声が聞こえてきたのだった。
やはりいたかここに。
「おはようございます。早いですね皆さん、兄さんも」
にこやかに挨拶をくれる3人の姿に交じって肉親の姿もあった。
今の時間、我が社の社長サマは就業時間だと思っていたのだけれど。
「勿論じゃないか! なんてったってバレンタイン! 庸子から貰わないと1日が始まらないって毎年言ってるじゃないか!」
ソファに預けていた身体を起こし、扉に突っ立ったままの私の元へ軽やかなステップを踏みながらやって来る。
チョコ1つで大層なのは相変わらずだ。
ちなみに去年はアパートの前まで回収しに来るという徹底ぶりだ。チョコへの執念というものは本当に恐ろしい。
兄に背を押されながら部屋の中へ歩いてデスクの前に立つと、ソファ周辺にスタンバっている皆の顔が私に向いた。
そして少し肩を上げ、少し口角を上げてチラチラ視線を下げたりしている様子の一同を見て、思わず噴き出しそうになった。
その姿はちょっと可愛いかもしれない。
「……たいした物じゃないですけど、よかったら食べてください」
赤いリボンで簡単に包んだ小さな白い箱を4つ出すと、4人の顔が一気にそれに集中した。とても面白い。
「ええー! 俺と皆同じ扱いなのー!?」
「え、板チョコがよかったの?」
「早く頂戴! ほら庸子、皆待ってるから!」
1人騒がしい兄を含め、他の3人もじっと白い箱を待っている。
ブリーダーの気分てこんな感じなんだろうなぁと思いながら、とりあえず年功序列に渡していく事にした。室長が不満そうに唇を尖らせているが知らない。
「はい、宮さん」
「お。悪いな庸子。すげぇ立派なモンだな」
テーブルから回って来た宮さんが、ニカッと笑って受け取ってくれる。
彼の手に渡った小さな箱が更に小さく見え、強面がチョコを持って喜ぶアンバランスさは、何か私の琴線に触れた。
嬉しそうにしてくれてる怖めの顔をじっと見ていると、気付いた宮さんがふいに顔を逸らし、空いている方の腕を伸ばして私の頭をがしがしとかき回しにきた。
「おい、あんま見るな。……んだよ、普通に照れるじゃねーかこれ」
なんて事。
言いだしっぺのクセにそういうのやめて欲しい。うっかり情に絆されて許してしまうじゃないか。
この様子を見る限り、いつも餌付けをしているせいかどうやら貰う側はあまり得意じゃないと見た。
しかしこの珍しい姿が見れたお陰で、とてもあげ甲斐があり、作った甲斐があったと非常に満足感に満たされる。
最後は耳まで赤く染まった顔を覆ってソファの陰へと身を隠し……隠していた。はみ出ているけれど。
「……宮さん……そんなに喜ばないでくださいよ……。こっちまで恥ずかしいです……」
「っるせぇ! 庸子が悪い!」
「ははは! ミャー君も可愛い所があるじゃないか!」
「全く……どこの小学生だ君は」
珍しく皆にイジられている宮さんの姿をこの目に焼き付けておこうと目を広げている私の前に、似ても似つかない私と正反対の陽気な顔がずずいと近寄ってきた。
「近い。兄さん」
「はい! 次俺俺っ!」
大きな身体の前で両手を差し出す兄。折角の高そうなスーツが台無しである。
早く早くとせがむ兄の手に箱を置けば、片方の手が私の頭に置かれ、そのままかき回してくれたせいで更に広がりを見せる髪の毛。
「ありがと、庸子! 流石俺の妹!」
叩き落そうと右手を上げるも、寸での所でへらり……じゃなかった、ひらりと逃げられる。
ぐしゃぐしゃになった髪の毛の隙間から前を見れば、室長が兄と同じポージングをしていた。デジャヴ。
「……はいどうぞ」
「ありがとうヨーコ君……っ! これがばれんたいんチョコか……! 私の初めてはヨーコ君でとても嬉しいぞ!!」
「いえ」
私にツッコんで欲しいのか、チラチラとこちらを見ながら既に2回程爆発させられた頭をかき回し、どうかと思う台詞を言ってくる。が、私は次を待つ佐久間さん用のチョコを渡す準備で忙しく、室長にかまっている暇はない。
未だ目の前に白衣をなびかせる室長をどかし、後ろに並んでいた佐久間さんに最後のチョコを渡した。
「ありがとうございます……」
顔の前まで箱を持ち上げ、じっとそれを見る佐久間さん。とろけそうな顔をしている。熱視線を受けた中のチョコは大丈夫だろうか。
それにしても、世のお姉さん達は何をしているのだろうか。
ここに飢えたチョコ欲し系男子がいるというのに。
眼福のその様子に、私は優越感に浸った。
そんな私の様子など露知らず、佐久間さんは自分の居場所へと踵を返した―――と思ったら、再びこちらへ振り返り手を伸ばしてきた。ので、両手がフリーになった私はそれを制した。
「……どうして避けるんですか?」
「……別にそれはしなくてもいいんですよ?」
明らかに私の頭を狙っている手は、私の手の中でわきわきし出す。
視線の近い彼の、瞳が不服そうに揺れている。
だけど私も負けていられないのだ。掴む力を更に込めると、引かないと悟ったのか、頬を膨らませて手を引いた―――と思ったら、対魔物用の鋭い動きで真上から私の頭を鷲掴みにしてきたのだった。
「あだっ」
完全に油断した。
屈辱にガクガク揺れる視界から解放されれば、一仕事終えたような爽やかな笑顔を携える佐久間さんの姿があった。くそ。
「僕だけ仲間外れは駄目ですよ、庸子さん?」
そして4人分の爆発させられた頭をさらりと整えて向かう佐久間さんの後姿を見て、末恐ろしいものを感じた私のった。
*
「なんだこれ……! まさか手作りかっ!?」
皆がテーブルに集まって過去の栄光(?)を聞かせている中、コーヒーを淹れようと1人台所に立っている私の背中に宮さんの声が届いてきた。
「何だとっ!? 本当かヨーコ君!?」
「わーすごーい。チョコのケーキですか」
振り返ってテーブルを見ると、箱を開けて中を確認している皆の姿に交じって、顔は驚いて、でも何か期待をしている表情で中腰になっている宮さんは、箱から少し離れて厳戒態勢を取っていた。
「何だ宮。庸子の手作りのチョコが食えないというのか?」
「え……? あ、いえそういう訳ではなく―――……そんな物を貰っていいのかと……」
眼光を鋭くした兄に、引き攣った顔に変わった宮さんがこちらを向いた。助けてといっているようにも見える。本当すみません。
素早く豆を溶かし、何故かまだ加糖しなければいけなかった4人分のコーヒーをお盆に載せ、所狭しと肩を並べている男衆の元へ向かった。
「すみません。兄の分だけ別に作るのも面倒だったので一緒にしてしまいました。手作りはまぁ気持ち悪いと思いますが、毒は入っていないと思うので安心してください」
「庸子から市販のヤツ貰っても嬉しくないもーん」
「あ、そういう事」
あからさまにホッとしている宮さん。
この兄の言い分のせいで、物心ついた時からバレンタインは毎年精製させられていたのだ。まぁチョコを溶かして再び固めただけでも喜ぶ人だから、簡単と言えば簡単だけれど。
渡辺家の面倒なしきたりにつき合わせてしまって申し訳ない。
今回は人が多かったからちまちま作る系の物は避け、ホールのチョコケーキを作ってベリー数種をばら撒き、生クリームを側面に塗りつけただけのやつを4等分した物だ。
余談だが、メレンゲがいつもより早く立ったのだけれど、ここに残業の成果が表れたという事で喜んでいいのだろうか。
「さーってと、早速食べ―――ん? 何か書いてある。なになに、“しごと がんばれ”……っ!?」
板チョコを手に取った兄が、それを読んで振り返る。
結局、飛鳥に貰った板チョコを持て余した私は自分で食べる気も起きず、だからと言って捨てる訳にもいかないので、こうして活用する事にしたのだ。
4等分に割って適当に文字を書いた。
勿論そんな小さな板チョコの上に文字が入る訳も無く、ケーキの上にも文字は続いている。
「うおお美味いよ庸子ぉぉー……! 流石俺の妹だぜー!! めっちゃ仕事頑張るよーー!!」
「うん。なら早く戻って」
しかし私の返事にウインクだけで返した兄は、スマホでケーキを撮っていた。自由すぎる。
はぁと1つ溜息が漏れ、吸い込んだ時にレシピ通りのケーキから甘い匂いがぷぅんと漂ってくる。
自分が作っておきながらなんだがそこから後ずさり、逃げるついでに自分の分のお茶を淹れるべく再び台所へ戻る事にした。
その私の背中に宮さんの笑い声が届く。
「ふはっ。俺のは“からて すごい”だってよ!」
肩越しにちらりとそちらの方を見れば、佐久間さんがけらけら笑っている宮さんのケーキを覗いているのが見えた。笑顔が零れた。
「わーい。宮さんより僕の生クリーム多いです」
「なんだと!?」
「あげませんよ。あ、僕にもある。……えっと、“はかま”…………」
伸し掛かる宮さんから逃れるようにするりと逃げる佐久間さんが、少し頬を膨らませる。
そしてこちらを向く気配がしたので、そっと身体を戻してお茶を淹れている風を装った。
これでもあそこに何を書くかで10分は悩んでいたのだ。
センスの無さは許して欲しい。
急須に茶葉を入れようと蓋を開けていると、室長の声が狭い研究室に響き渡った。
「ヨ、ヨーコ君……、これはっ!? それに、私のチョコはどこいったのかね!?」
どうやらようやく中身を確認したようで、無い無いと騒ぎ出した室長。
振り返れば男4人でそれを囲み覗いている光景。なんとも異彩を放つ。
室長の顔はというと、とても悲壮感漂う物になっていた。
だけど驚くのもそのはず、室長の箱の中身は白く甘い生クリームの塊にしか見えないなのだから。
「どしたの庸子。有希ちゃんのだけ生クリーム祭?」
「いや特に意味は無く。余ったからどうしようかなぁと思ってつい……」
何故だか使い切れずボウル4分の1程余ってしまったのだ。
佐久間さんの所に、いつぞやのマロニーの事件他諸々のお詫びとして景観を損なわない程度に盛ったものの、大量に余った白い悪魔をどうしようかと思った時にこれしか思いつかなかった。
夜明けが近かったのも原因。
目が覚めて目に入ったタワーに自分でも絶句したものだ。
「ちゃんと中を掘るとありますよ室長」
「む」
私が言うと、フォークで生クリームを頬張り出す室長。
そして進めていく先には茶色い物体が顔を現す。それを確認し、一口頬張ってようやく笑顔になった。
「美味い」
「そうですか。それはよかったです」
齢31のおっさんの手の上にある生クリームの塊を見てうっと込み上げる物があるが、喜んで貰えたようで何より。
室長が食べ始めたのを見て、他の皆も食べ始めたのだった。
皆美味しいと言って食べてくれている。
それはよかった。
頑張って作った甲斐があったものだ。
バレンタインも悪くはないな―――と綺麗に締めようとしている私の前に、室長が立ちはだかる。
「……どうしました、室長」
なるべく見ないよう1人台所で離れてお茶をすすり、自分用のおやつ(しょう油煎餅)の封を開けていると、再び上から声が落ちてきた。
「―――どうして私へのメッセージは無いのだ!? 仲間外れは反対だぞヨーコ君っ!!」
半分ほど塊を食べた形跡のあるケーキを左手に、フォークを右手に握り締めながら叫ぶ室長。やはり気付いてしまったか。
私は観念して白の塊の中を指差した。
「すみません、埋もれてしまったんです」
「む!?」
本当かと言って白い塊の中をフォークで探していると、どうやら発見したらしく、それを手にとって眺めた室長が眉を寄せた。
「……見えないのだが、ヨーコ君」
当たり前だ。
その為に生クリーム増し増しにしたのだから。
「本当ですか? 残念です」
「な……っ! くっ、なんて書いたのだ? もうこの際口頭でいいぞ―――って、こらヨーコ君! 逃げるな!」
板チョコについている生クリームを剥がしながら言う室長の脇をすり抜け、私は自分のデスクに戻った。
テーブルについている他の男性陣は、我関せずと黙々とケーキを貪っている。口に合ったようで何より。
「ヨーコ君っ!」
「忘れちゃいました」
「そんな訳ないだろう!?」
「別にいいじゃないですか。大した事書いてませんから」
尚も食い下がってくる室長から顔を背け、青空の見えない窓を眺めた。
……どうしてあんな事書いたのだろう。
相手は室長だぞ?
ドMで甘党で世間知らずな、この星の人間ではない人。
戦闘では役に立たず、年下の私のこんな態度も気にしない人。
「ヨーコくーん……っ!」
今もまだケーキを片手にくしゃりと表情を歪めながら、仲間外れは嫌だと嘆いている。
きゅ―――




