その後 正月編
素敵なネタを頂いたので、許可を頂いて書いてみました。
「えっと……ジャージにマスク、シューズ、タオル、水筒……と」
いつもの紙袋に必要な物を入れていけば、真新しい黒のジャージが眩しく視界に入る。
魔王戦で消耗したボロ雑巾のようになったピンクジャージを泣く泣く捨て、闇夜に紛れ目立たなさそうな上下黒のジャージを新調したのだ。
落ち着いた配色のお陰か、人や魔物に見られても、文句を言われる事が少なくなった気がする。身近な人達には何か言われた気がするが、気にしない。
そんな白ラインが眩しいジャージの上に、風呂敷で包んだいくつものタッパを重ねていく。
その中身は4日前からちまちま作っていたおせち(の中の私選り抜き)が入っている。
本社は休みでも、正月出勤も当たり前なあの残業の為、晩御飯のリクエストを頂いてしまったのだ。
“ヨーコ君! おせちとやらを食べてみたいのだが、作れるだろうか?”
と、掌の上に万札を数枚置きながら言われてしまえば返却する気もへし折られ、休日となった正月休みも特に予定は入っていなかった為に引き受けた。
それに、晩御飯を作るのは私の担当だ。
ここで『出来ないのか』と舐められてしまっては困る。
だけど中身はともかく、流石にこれ1回の為にお重を買うのも勿体無いと、情緒は捨て覚悟のタッパなのであった。
ずっしりと重くなった紙袋を抱え、新しい年を迎えた1月1日の午後5時。
私は家を出たのだった。
*
「あけましておめでとう! 今年もよろしく頼むぞヨーコ君!」
「……はい。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
しんと静まった本社から地下へ潜り、いつも通り真白い廊下を渡って特別研究室の扉を開けば、袴を着た室長が出迎えてくれた。
ここだけいつも通りではなかった。
上が白で、下がグレーであるせいか、いつもと印象があまり変わらない気がする。
しかしこんなお目出度い配色、どこかで見た事がある代物だ。
「それ、どうしたんですか?」
「これか? ヨウちゃんが貸してくれたのだ」
やっぱり。
「正月は“これを着てるとキマるぜ!”と言っていたのでな、ちょっと借りたのだよ! どうだ? 似合っているだろうか?」
「……まぁ、大丈夫です」
「何その間!?」
ひらひらと裾をなびかせながら衣装の確認をしている室長の脇をすり抜け、すでに暖まっている部屋の中に入ろうとする私の肩が掴まれた。
「時にヨーコ君」
「はい」
「どうして着物ではないのだ?」
いつもの反抗的な私を見ていながら、どうして今日着物を着てくると思ったのだろう。
いや、しかし新年早々無碍な態度をとるべきではない。
ずっしりと重い紙袋を手に私は振り返った。
「着物は実家にあるんですよ」
(修正前:魔物を退治する前に着物を脱いで畳んで保管する時間なんてあるわけないじゃないですか)
よし、上手い。
しおらしく言ってみると室長は少し凹んで見せたが、直ぐに納得してくれた。よかった。幸先いいスタートだ。
しかし室長は、頷き返して室長の傍を離れる私の背中に、とんでもない台詞をぶつけてきたのだ。
「ならば成人式とやらの写真で我慢するとしようか、皆」
ゾッとする台詞に振り返れば奴らがいた。
室長の携帯を囲む、宮さんと佐久間さんの姿。勿論普段着だ。
「おう庸子。あけましておめっとさん。今年もよろしく」
「あけおめことよろです。庸子さん……赤だったんですねぇ……」
「あけましておめでとうございます今年もよろしくお願いしますからやめてください見ないでください!」
恐らく兄の写真データにあるものが送られたのだろうそれを、抹殺すべく手を伸ばすも巨大な塔3棟には敵わなかった。
リーチの差というものは時に酷く残酷だ。
白の袴と黒のVネック、ワインレッドのもこもこセーターに阻まれた私は紙袋を掲げたのだった。
「分かりました。どうやらおせちいらないようですね」
持って帰ると言えば、くるりとこちらを向く3棟。
そしてへらりと笑う。
「悪ぃのは室長サンだろ?」
「室長が見せびらかすから目に入っただけです」
「な、なんだと……!? 君達私を裏切るのかっ!!」
綺麗な裏切りを見た。
食べ物の力とは恐ろしい。
宮さんと佐久間さんは携帯を片手に地団太を踏む室長の脇をすり抜け、わらわらとテーブルに集まった。
いや違った。
いつの間にやらテーブルがコタツに変っていて、下には温かそうな絨毯が敷いてあった。
それをツッコむ事もなく、まるで自分の家にいるかのように自然にくつろいでいる2人を見て、どうやら去年も同じ事があったのだと窺える。
そしてコタツ周辺にリモコンやペットボトルに新聞、枕や毛布などが展開されているのを発見し、室長は随分と日本文化に慣れ親しんでいるようで、感動で涙が出そうだ。
「全く……新年早々君達は自由だな」
まったくだ。
そう言いながらも嬉しそうに頬を緩めている室長の姿を見て、今年も相変わらずの年になる事が予測できた。
「室長も座ってて下さい。準備してきますから」
「ああ、よろしくヨーコ君」
「……あ、僕手伝います」
正月特番を流す光がチカチカしている中に交じっていく室長と入れ替わりに、佐久間さんが足取り軽くこちらへ歩いてきた。
種類もあるしとで、厚意はありがたく受け取る事にする。
そして私と佐久間さんは、コタツに蜜柑を置いて囲むおっさん2人を尻目に台所へと向かったのだった。
「僕、何をすればいいですか?」
「では、中くらいの皿を数枚と大皿1枚お願いします。それに今から出すおせちを並べていってください」
佐久間さんに言って、自分は持ってきたタッパ群を広げていく。
あまり作った事のない惣菜で不安だらけだったが、それが皿の上に並べて眺めると、結構よく出来ていると自画自賛である。
のんびりとそれを2人でよそっていくのだった。
「……」
―――魔王戦から1週間。
あれから室長とは毎日顔を合わせ、夜な夜な戦ってきたけれど、特に普通だった。
あのきゅんとしたものは幻か何かだったのだろうかと思うくらい、至って通常通り。
現に今何も不振がられる事なく接する事が出来たし。
……うーん。
恋ってこんなんだったっけ。
頭を捻ると、佐久間さんの肩にぶつかった。
どうやらもくもくと紅白かまぼこをよそっている佐久間さんは気付いていないようだ。
おや。
つまみ食い目的だと思っての立候補だと思っていたけれど、本当に純粋な気持ちだったのか。それは申し訳ない。
「佐久間さん」
「はい」
なんでしょう、と首を垂れて私を覗きこんでくる佐久間さんに、自分がよそっている物を指差した。
「これ、まだ味見していないんですけど、して貰ってもいいですか?」
「……えっ」
黄色く光る栗きんとんよりも目を輝かせた佐久間さんの瞳に、頷いている私がありありと見える。
味見していない訳がない。
だけど疑ってしまった私の罪悪感が嘘をつかせたのだ。罪にはならない筈。
スプーンに乗せていたそれを手渡そうとすると、私の目の前にふわふわの髪が落ちた。
「佐久―――」
慌てて止めようとするよりも早く、少しの重量を感じて消えたスプーン。上に乗っていた栗きんとんは消えていた。
もぐもぐと口を動かしている彼の横顔を見ていると、少し出た喉仏が上下したのが分かる。
そして再びこちらを向いた佐久間さんの表情は、とても可愛らしいものだった。
「大丈夫です。とても美味しいです」
10代のような幼い顔が更に幼くなっている。
ペロリと唇を舐める様子に、直視してはいけないと顔を逸らし、この場を退場して貰う事にした。
「……今の内緒ですよ。バレないうちによそい終わったのを先に持っていってください」
「はい」
こくりと頷き、自分が担当していた大皿の完成を進めていく。
本当、佐久間さんは油断がならない。食えない人だ。
ふうと溜息を零す私とは逆に、にこにこ笑みを深めている佐久間さん。
皿を持って背を向け際にかまぼこが口の中へ消えていったのは、私は見逃さなかったですよ、佐久間さん。
*
「おっ。この伊達巻美味い」
「久しぶりに田作り食べました……」
「この黒いものに撒かれた中に何かあるのは面白いな!」
各自左手にご飯を持ちながら、コタツの上に並べられたおせちを食べていく。
……なんていうか、普通の家庭の晩御飯みたいになっている。この部屋に入ればおせちも形無しだ。
そういう私も左手にご飯を持っているが。
まぁそれは置いておいて。由々しき事態が発生した。
「……誰ですか。私の酢蓮の上に黒豆置いた人は」
いつの間にか自分の陣地に黒い物が乱立されている。
辺りを見回せば、左前にいた宮さんと目が合ったのだった。
「魔の王が寄って来ない事を祈って」
「じゃあ宮さんにはこの海老をあげますよ」
宮さんの陣地に、剥くのが面倒だと思って放置していた海老を2尾置くと、宮さんは唇の端をくっと上げ、物凄く悪い顔をした。
瞬間背筋に悪寒が駆け巡ったので、少し距離を取って佐久間さん側に避難すると、宮さんは人差し指をくいくいと動かす。
冗談のつもりだったのに。
私は断固首を振る。
すると正面にいた室長が首を傾げて不思議そうに問うてきた。
「君達は一体何をしているのだ? それがおせちを食べる習わしなのか?」
そう言って自分が食べようとしていた数の子を佐久間さんにあげようとするので、慌てて止めた。
するともくもくと栗きんとんを食べている佐久間さんがようやく口を開いた。
「おせちの具に意味があるんですよ、室長……」
「ほう! そうなのか!」
多分、本能の赴くままで、意味を考えて食べている訳ではないだろう。お金に困ってはなさそうだし。
「黒豆は邪除けで……海老は確か年長者でしたっけ」
「おい佐久間。お前の眼鏡を白いかまぼこにしてやろうか」
白のかまぼこは清浄の意。
宮さんと佐久間さんの仲の良さが滲み出る会話だ。
「ちょ、ちょっと待ちたまえ君達! ほらこっちを見たまえ!」
やはり戦争が起きる研究室の食卓の真ん中で室長が叫ぶ。
3人でその方を見ると、何やら“大入り”と書いた袋を手に掲げていたのだった。それも3枚。
―――もしや。
「ケンカをするのならお年玉はやらないぞ!」
「してねぇ」
「してないです」
「してません」
室長が叫ぶのと同時に私達は自分の席に佇まいを直した。元より仲良しである。
よし、と満足げに頷く室長。
そしてにっと笑い、お年玉の説明をしてくれたのだった。
「昨年は皆御苦労だった。私が不甲斐無いせいで色々迷惑や苦労をかけたが、どれもこれも君達のおかげで無事に乗り切れている。ミャー君はいつもとても頼もしく皆をまとめてくれ、チヒロ君は堅実な戦いで安心して背を任せていられる」
「……」
「そして何よりヨーコ君のお陰で我々は元より、この町の平和は守られ人々は安全に暮らせているのだ。加えて先週の魔王討伐、あれは我々の力が合わさってからこその勝利だ。とても見事だった……!」
皆の沈黙に気付いていない室長は、ずれた眼鏡を直し再び顔を上げた。
「―――その君達の素晴らしきチームワークに敬意を表し、そして魔王を見過ごした迷惑料を加え、向こうからお年玉を貰ったのだ!!!」
天井高く突き上げられた赤い袋がぱあっと輝いて見え、私達3人は歓声を上げた。
まさかこの年になってお年玉が貰えるとは。残業というものはしてみるものだ。
私達の様子に満足げに早速それを配っていく室長。
流石に嬉しいのか、宮さんと佐久間さんの顔には笑みが浮かんでいる。
私の番になり、手を伸ばしてそれを受け取ると、お年玉袋の下で指がぶつかった。
「―――っ!」
小さく息を飲んだ室長の指が素早く自分のボディに戻っていく中、私はしっかりと大入袋を掴みながら、その厚さと室長の赤くなった顔を見て暫く固まったのだった。
どうしよう。
ツッコむ所が多すぎる。
私の身体は1つしかないというのに。
究極の選択を迫られた私は、少し悩みながらも選ぶ事にした。
「……お年玉の域を超えてます、これ」
1センチ近くありそうなピン札の束が、少し開けた袋の中から見えたのだ。室長が宣言していた金額以上の物が入っていると思われる。ひぃ。
かく言う宮さんと佐久間さんも、自分の袋の中身に少々驚いている様子。
「……ま、まぁいいではないか。細かい事は気にせずに、受け取れる物は受け取ってくれ。君達はその権利がある」
ゴホンゴホンと咳をしながら居住まいを直す室長の視線は、机の上のおせちに注がれている。
しかし、こんなに大盤振る舞いをしていいのだろうか。これも入れたら私の借金は後4分の3になる。完済なんて、もう目と鼻の先の射程圏内ではないか。
……って、私は何を考えている?
それが当初の目的だったではないか。
どうやら初めての臨時ボーナスに思考がショートしてしまったようだ。これでは駄目だと頭を振る。
そうそう、細かい事は気にせずに受け取った方がいいと室長が言ったではないか。
考えるな、感じろ。昔の偉い人はこう言っていたではないか。
ようやく落ち着きを取り戻したすっきり明瞭な思考で顔を上げれば、宮さんの視線とかち合う。
私のお年玉と顔を見比べて、『あ、』と何かを思い出したように丸く口を開けた。
―――嫌な予感がする。
急いで必殺技【酒乱の術】を施行しようとする私の口の中に、里芋が押し込まれた。
その根源は右側にいるセーターの人だ。どうやら宮さんから指示があったようで、その華麗な連携プレーは今いらなかった。
確かに、これから町を救う為に働こうとする人にしていい方法ではないとは思っている。だけど酒というのは効果的なのだ、色々と。
「なぁ室長サンよ。ちょっといいか?」
「む。どうしたミャー君」
そう言って宮さんはいやらしい笑みを深めながら私から隠れるように室長の肩を抱き、ぼそぼそと耳打ちを始めた。
その間私はというと何も抵抗しなかった訳ではない。
だけど右手を絨毯の上に縫いつけ、次々と口元へ里芋を転がしてくる佐久間さんによって阻まれ、悪巧みを阻止する事が出来なかったのだ。
呪文も使えず、技も使えない。
ましてやコタツの中にあるであろう佐久間さんの急所を狙うなんて事も出来ず、ただただ咀嚼をしていると、ようやく3つ目の里芋を喉に流し込めた時室長の首がこちらを向いた。
「ヨ、ヨーコ君、ミャー君が意地悪をするのだ。た、助けてくれないか?」
「―――っ!」
元気よく飛び出そうとする里芋。
胸を叩き押さえ、私はそれを必死で押し留めた。
リバースしそうになったのを留めただけだ、きゅんとなどしていない!
宮さんはこっち見るな! にやにや笑うな!
佐久間さんはこてんと首を傾げるな!
再び身体が足りない状態の私(+呼吸難)になど気づかないのか、眼鏡の奥の瞳を頼りなさげに揺らがせ、唇を戦慄かせていた。
「ミ、ミャー君がな、お土産を買って来るのは止めるというのだ……! 最近お土産の食べすぎで太ってきているから抑えろと……!! わ……、私はそんな事はないと思うのだよ? だがね、ミャー君が言うのだ……。買ってきて欲しければ、献立を考えてくれるヨーコ君に助けを求めてなんとかして貰えと!」
「…………っく。そ、そです―――……」
「ヨーコ君、頼む! 君だけが頼りだ……っ!! お土産は私の唯一の楽しみ、それを奪わないでくれ! はっ、そ、そうだ、私の身体を管理している君から言ってくれれば―――!!」
―――きゅん
「ヨーコ君! お願いだ助けてくれ……! 私の力になってくれ!!!」
―――きゅんきゅんっ
激しく刻む心臓を掴み、顔を伏せた。
自分でも分かる。
顔がよろしくない事になっている筈だ。
「おう庸子どうした? コタツの熱にでもあたったか?」
ニヤニヤ含み笑いをしているのが、その幾分か高くなった声色でありありと分かる。なんて人だ。完全に面白がっている。
隙間から睨みつけるも、更に笑みを濃くしただけだった。
そんなコタツ布団をギリギリと噛み千切りたくなる状況の私の頭上で、更なる爆弾が投下されたのだった。
「―――む……? 何故か今魔力量が増えたような―――」
「気のせいですよ室長。それより私から室長にお年玉をお返ししたいのですが」
素早く席を立ち、後方の広がったスペースに室長を招くべく手を振る。
私は迎え撃つべくソファの前に立った。
「室長。私、一度やってみたかった技があるんです」
すると頭にハテナを浮かべながら来ていた室長は嬉しそうな笑みに変え、乱れていない袴の襟―――本来ならば首だが遠慮して―――を掴んだ。
「アナボリックステロイド」
室長には聞こえない程の声で呟き、ソファの上を上がれば長身の室長の足が床から離れた。ソファを使ってようやくとは悔しいが。
「これはネックハンギングツリーという技になります。背丈と力がなければ到底無理な神業です」
「ぐっ!?」
うめき声が室長から漏れる。
だけどこれくらいの事で根を上げる室長ではないのは知っている。
なのでそのまま上に放り投げ、天地が逆になった室長の両足を両手で掴み、彼の広い肩を肩で受け止める。私の腕が短いせいか、折りたたむように縮まった体勢になってしまい、とても格好が悪くなってしまったが。
それでも女の私がこの技を出す事が出来たという達成感で胸が一杯になる。
「キン肉バスターは、誰もが一度は憧れる技ですよね……」
自分の顔の直ぐ側にある室長の顔。
頬に触れる髪からは、知らないシャンプーの香り。
―――凄く、ゾクゾクした。
「よ、庸子、室長サンの顔色が悪く……はなってないが、身体が大分小さくなってるぞ」
「……分かりました。もうそろそろ決めます」
「いやそうでなくてな。なんで少し切なげなんだ」
再び筋力増強の呪文を唱え、存分にムキムキに(気分的に)なった私は室長の身体を目の前に少し落として胴を抱き込む。そしてソファを降り、一気に背中から床に打ち落とす。俵返しの完成だ。
あ、大分前から床にはマットが敷いてあるから背骨の方は大丈夫。
「く、はぁっ……! ヨ、……コく……」
「すみませんギブはもう少し後に―――」
「……ま、の……?」
「あ、俵返しと言います」
息も絶え絶えながらも聞いてくる様は、最早表彰レベルの勤勉さだ。流石室長。
室長を尻目に、いそいそと体勢を変えている私に佐久間さんから声がかけられた。
「庸子さん、最後は何でフィニッシュですか?」
「最後は……これしかありませんよ」
仰向けに倒れている室長の伸びた両足を腿辺りで持ち上げ、両脇にそれぞれ抱えると、合点のいった佐久間さんと宮さんはコタツを部屋の隅にまで寄せていったのだった。どうやら同じテレビを見ていたのかもしれない。佐久間さんの顔がわくわくしている。
しかしそれでも広さは足りないので、増えてしまったであろう魔力を使い込む事にした。
「コントロールサン」
新しい呪文を呟くと、部屋にあったデスクやソファ、テレビが消え広々とした空間が現れた。
部屋の隅でのんびりとコタツに入っている2人との距離を計算し、十分だと結論が出た所で室長の足を掴む力を込める。
そして横に流れるように重力を傾けて回せば。
見て楽しいやって楽しい、痛快なジャイアントスイングが出来上がった。
くるくると自分の目の前で回らされる室長の袴がバサバサと揺れ、濃いブラウンの髪が一層激しくなびいている。
激しく流れる景色の中、何故だか室長と目が合った。
ずれた眼鏡の奥のオレンジ色の瞳がゆるやかに細められ、不覚にもどきりとしてしまったのが悪かった。
思わず手に込める力を一瞬忘れてしまったのだ。
その後は言わずもがな、上手い具合にコタツでぬくぬくしていた宮さんと佐久間さんの方へと飛んでいった室長。しかし無事2人にキャッチされ、目が回った私は1人マットの上へと倒れ込んだのだった。
遠くの方から『柔らかかった、背中が』と聞こえたけれど、どう頑張ってもこの薄マット、硬いのだが室長。
しかし、筋力が増強したとはいえ、体力は自分のもの。
白い天井を見つめながら荒い息が沢山出ていった。
「まーた豪快な技を出しやがって。最初から最後はこっちに丸投げするつもりだったな?」
「……バレ……ましたか……」
そちらの方を向けば、まだ目を回している室長を抱えて笑っている宮さんの姿。
「楽しそうでしたね、庸子さん……」
「…………佐久間さんも……やってみますか……?」
私が言うと顎に袖を当て少し考え、横に首を振る佐久間さん。
どっちの役を想像したのか分からないけれど、残念。
視界も正常になり、身体を起こして座る。
その先にいる室長は、ずれた眼鏡を直しながらしきりに親指を立てていた。
「ヨーコ君……! ヨーコ君……っ!」
どうやら私のお年玉は、声にならない程お気に召した貰えたようで何より。
室長の顔を見て、先程の一連の流れは記憶から吹っ飛んでいると頷いている私の前に、いつの間にか宮さんがやって来ていたのだった。
そして目の前にお茶を出してくれたので、お礼を言って口を近づけた。
すると。
「―――お前の照れ隠しは物騒だなぁ?」
耳元でボソリと囁かれる。
耳を覆って顔を上げると、再び悪い顔をして喉を鳴らす宮さんの姿。
……これ以上、宮さんの前では醜態を晒してたまるものか。
新年の抱負が早々に決まり、
そして。
新しい戦いの火蓋が切って落とされたのだった。
コントロールオルトサン(ctrl+alt+3)で消えた家具達は戻ってきます。




