21
「庸子……お前……」
「せ、せめて一言言ってくれれば後ろを向いていたのに……」
ガリガリと頭をかく宮さんに、セーターの袖で顔を隠しながら目を逸らす佐久間さん。
ブラック様が魔王と戦ってくれているというのに、なんとも言い難い雰囲気が公園の中を突き抜けていった。
上空で刃同士がぶつかるような甲高い音が鳴り響いている。
緊迫した空気で一刻も争っている筈なのに、掴んでいる腕の主は、私の手をはがそうともせず、離れようともせずにピクリとも動かない。
「……すみません室長……、その、わざとでは……」
とりあえず勝手に奪ってしまった罪悪感から謝罪をすると、手の中の腕が小さく動く。
嫌な顔をされていないかとそろりと顔を伺うが、そこにあったのは真っ赤になった室長の顔だった。この顔も嫌いじゃあない。
「……し……室長?」
まさか童貞ではないにしろ、これは初めてだと言うのだろうか?
赤い顔の室長とは反対に、自分の血の気が引いていくのが分かる。
慌てて私が再び呼びかけると、はっとしたように腕を引き抜いて顔を覆った。
「ヨヨヨヨーコ君……!? きき君は今……っ、き、キ……っ!!」
「初めてですか!?」
「え!? い、いやそうではないが……!! まだ交際もまだだというのに……順序が……っ」
赤い顔でぶんぶんと横に振っているが、初めてではないようだ。よかった。
―――しかし、むくむくと湧き上がってくる何か。
その正体を明かそうと再び室長に手を伸ばした時。
「ヨウコ!」
「ヨーコ君!」
室長の後ろから振り返っているブラック様の姿が見え、身体がくん、と強い力で後方へと引かれた瞬間、先程まで嫌という程見ていた蛇が目の前を通り過ぎていった。
「……っぶねぇな」
その主は宮さんだったようで、彼に庇われた腕の中から外を見れば、うねる蛇に囚われているブラック様と室長の姿が見えた。
「室長! ブラック様!」
【―――ふん。少しは楽しませてくれると思ったが、所詮男の魔力か。底が知れているな】
ギリギリと締め付けていくのが見え、顔に巻きつく隙間から2人の顔が段々と歪んでいくのが見える。
それと比例して私を掴む宮さんの腕がキツく絞まっていく。見上げると、悔しそうに歯を軋ませている姿があった。
私はその腕に自分の手を重ね、ポンポンと軽く撫でる。いつもして貰っていたように。
「……庸子」
心配そうに腕を解いて見てくる宮さんに大丈夫だと頷いて、見せつけるように2人を締めつける魔王の元へ近づいた。
「その2人を離してください。人質を取る程私は驚異にはなると思いませんが」
【まぁ、そうだな。だがこやつの中に今、魔力が貯まっているのが分かるぞ。―――よもや余の目の前で堂々と情を交わすとはなぁ?】
愉快そうに笑う話盛り過ぎの魔王。
成程、さっきのキスで魔力が少し戻ったのか。それで室長を人質にとるのも無理はない、か。
じゃあこれがラストチャンスだ。絶対物にしないといけない。
しっかりと気を引き締めて魔王に向き直る。
「……どうあっても放して貰えないんですね?」
【是、と言うたら?】
にやりと笑みを深める魔王に向かって走った。
「ヨ……コ君……っ!」
頭上で室長の声が聞こえるけれど、今は構っている暇はない。
落ちているブラック様の剣を拾い、横から迫ってくる蛇に向かってそれを振り落とす。
私の胸元までありそうな長い剣だったが、重さは感じられず私でも簡単に振り回せるようだった。
せめて。
せめて室長とブラック様を捕えている物を斬り捨てないと何も始まらない。
「ヨウコ……来るな……」
だけど。
人の得物では、ましてや圧倒的な力の前では、やはりというか私は無力に等しい。
分かっていた。
見よう見真似で斬っても次が来るし、殴られて、叩かれて、絞められて。
流石の宮さんと佐久間さんも、後から後から泉のように湧き出て来る力に成す術も無く、段々と表情が歪んでゆく。
「待ってて……下さい……。いま、たすけます、から……」
顔やら腕から汗と血が流れてるし、数ヶ月前に買ったトレーナーとジャージズボンは穴だらけの泥だらけ。
走りすぎて心臓が痛いし視界が霞んで来る。
正直、こんな辛くて痛い事は、この残業してから初めてだ。
天と地程の力の差が見せる現実。
それでも、私は逃げる訳にはいかない。
【ほら、もう終わりか? まだ足掻いてくれねば詰まらぬぞ】
簡単に言ってくれる魔王に向かって投げやりに剣を投げてみるも、やはり届く事はなく打ち落とされる。
手が震え、膝が笑っているのが分かり、お陰で落ちた剣を取りに行く気力も無い。
「……ヨーコ君っ! ミャー君っ! チヒロ君っ! 私の事はいいから、君達は逃げてくれ……っ!」
珍しく足掻いて拘束から顔を出した室長が叫ぶ。
―――逃げる?
……私が皆が逃げて、その後どうするのだろう。
室長が何も出来ないのは周知の事実なのに。
私はそんな言葉が聞きたいんじゃない。
「……本当に……いいんですか……?」
「む?」
「私が逃げたら……室長どうす……んですか。自分でそこから脱出、されるんですか……? ―――本当に、このまま置いて帰っていいんですか……っ!?」
私が聞けばぐっと唇を噛む。
ぐぬぬと声が聞こえそうで聞こえないが、絶対言っているような顔をしている。
「室長っ」
対する隣のブラック様は深く俯いていて顔が見えない。
【―――くく。ならば持ち帰って魔物のエサにしてくれようか。喜べ、おなごの味を知らぬ男の微々たる魔力も美味故引く手数多だぞ。貴様の魔力は穴という穴から引きずり出してやろう】
この上なく愉快そうに笑う魔王、それを聞いた室長は首を振り、再び私の方へ顔を向けて口を開いた。
「……い、いーやいやいやいや誰が渡すものか……! 私の魔力は全てヨーコ君の物だ! すまんヨーコ君! 自力では無理だった! 頼む、助けてくれっ!! 助けてくれヨーコくーーん―――……っっ!!!」
くーん。くーん。くーん……。
室長の悲痛で必死な素っ頓狂な叫び声が、静かな公園に木霊した。
ピクリと小さく動いたブラック様。
乾いた笑いを洩らす宮さん。
ぼうっと見ている佐久間さん。
その明らかに変わった空気の中必死に手を伸ばす室長。
手のひらは、
瞳は、
叫びは、
全て私に向けられている。
きゅんっ。
どこか胸の奥でそんな音が聞こえたかと思えば、突然私の周りに突風が舞い起こった。
それは眩しい光を伴い、逃れるように目を閉じると止まない風の中、身体が何かに包まれる温かい感じ。
―――何故だか私は、それが魔力だと感じた。
その直感に冴えてる自分を褒めたい反面、嫌な予感しかない不安が襲う。
しかし勿論その直感も当たっていたようで、止んだ風に目を開ければ当たる筈の無い場所を冷気が私を包んだ。
ピンク色のセーラー服のような衣装。
ふりふりのスカートに、赤いリボンが腰元でゆらゆら揺れる。
太ももまである白のニーハイに、白のロリータシューズで高くなった視界が新しい世界を見せた。
身体中の傷や泥は消え、手元にはあのだっさいステッキがあって、私はそれを地面に叩き落とした。
「ヨ、ヨーコ君っ!! 何故武器を捨ててしまうのかね!?」
「すみません、ついこう……ノリで……」
冷気吹きすさぶ中、ステッキを取ろうと屈めば佐久間さんのストップの声がかけられる。
「よ、庸子さん……! 押さえないと見えてしまいますよ……!」
「え?」
思い切り振り返れば、私から勢いよく目を逸らす男性陣の姿。ボロボロのくせにやけに元気ではないか。
……やはりこの衣装は生産的ではない。
ふりふり遊ぶスカートを押さえながらステッキを拾い、先程まで悲壮感漂っていた顔からだらしない笑顔になっている室長に向き直る。
「っ室長!! 何でこんな事になってるんですか!?」
「むっ!? な、何でと言われても……! どうしてだか分からないが、今君の魔力使用量があり得ない程に膨らんでいるのだ。それが少し暴走して、本来のあるべき姿を呼び起こしてしまったのかもしれない……っ!!」
「……本来の……姿…………」
渡辺庸子、24歳。
ついに試練の時がやって来たという事か?
シリアスなんて知らない。室長に代って悲壮感漂う顔になっているだろう、そんな私に魔王が低く笑った。
【―――ほう。中々そそる姿をしている。先程のより余の好みぞ】
「やめてください死にたくなります」
脱ごうと思っても脱げないこの不思議。魔法って不思議。
いきなり増えた魔力に、自分の身体の芯が熱くなってくる。
どこもかしこも隠したい。
だけど丹田辺りが燃えるように熱くて堪らない。
どこに手を持っていけばいいのか分からず、もたもたしている私の前に蛇がしなる。
「っ!」
しかしそれは私の身体に触れる前に弾けて消えていってしまった。
「ヨーコ君、君は今魔力に満ちている筈だ! 今こそ呪文を唱え……―――。―――……!」
段々と視界がぼやけてきて、意識が朦朧としてくる。
だけど、身体を覆う熱が温かくて心地がいい。
その熱に身を任せていると、室長の声と、魔王がこちらに手を向け何やら言っている様子がぼんやりと見える。
私に動く気はないのに、むしろやめろと願っているのに、何故だか勝手に口が、身体が、意思に反して動いた。
「キラキラピカピカ綺麗にお掃除しちゃうぞ☆闇夜を照らす星たちよ、私の声に応えて☆エターナルサンシャイン―――!」
いつの間にか地面を離れ、夜の空に近づいていた私は空高くステッキを突き上げていた。
ステッキの先が光り、公園内がオレンジ色の光に包まれる。夜空も灯の落ちた町並みも、煌々と輝く。
その光の中から落ちてくる無数の星が一斉に魔王に向かって降り注ぐ。黒い姿は星に埋もれて見えなくなっていた。
目の前で輝く星達は室長の瞳の色と同じで、確かに同じ魔力なのだと感じた。
しかし。
【―――っくく。やるではないか、小娘。初々しいその力、この余にもっと見せるがよい】
愉快そうな色を滲ませた声が聞こえたかと思うと、星の光が割れ、その隙間から現れる魔王の物騒な手。追って見えたグリーンの妖しい瞳と目が合う。
捕まって堪るかと、ステッキを魔王に向けて撃とうかと言葉を思い浮かべていると―――
―――ヴンッ
空から稲妻が走る白い柱が7本現れ、魔王を囲むように地面に突き刺さっていった。
【……ふん。奴らめ、邪魔立てするつもりか。まぁ良い……】
それを見た魔王は、興が逸れたというように手を引っこめて自分の前で腕を組む。
私は何が何やらさっぱり分からず、だけど追撃をせねばと視界が遮られる中呪文を唱えようとするも、光が収まっていくのと同時に魔王の姿が見えなくなっていってしまう。
だけどその隙間から、魔王のマントが破れ短くなっているのが見え、手の甲を舐めて紅く染まる舌が見えた。
【時間は飽きる程ある。次までにどれ程力をつけているか、楽しみにしているぞ―――】
―――ヨーコ。
魔王の低い声で私の名前が呼ばれ、パンッと光が弾ける瞬間、3つの目と合った気がした。
私は痛みに強い訳ではないので次回登場はご遠慮願いたい。
ていうか、やっぱり初めてまともに魔法使っただけじゃ勝てないか。
ごめんね雅人。魔王を倒す事は出来なかったけれど、許して欲しい。これでも精一杯だったよ。
光が収束し、いつもの公園が現れると私の視界ががくっと下がる。
その浮遊感に抗えずに身を任せていると、誰かの腕が私の肩を掴み、地面に叩きつけられるのを防いでくれたのが分かった。
何故か疲労感たっぷりで満足に身体を動かす事が出来ない。感触を頼れば、背中にいるのはブラック様だと思う。だっていい匂いがするし。
「ヨーコ君大丈夫か!? 君のお陰で魔王を追い返す事が出来たぞっ!!! 凄いぞぶらぼーはらしょー! 素敵だったぞヨーコ君ーーーっ!!」
だって目の前で手を広げながら走って来る室長が見えるし。
「お疲れ庸子。お前のお陰で皆助かったぜ?」
横から宮さんが親指を立てて来るのが見えるし。
「庸子さんっ。とても素敵でしたよ!」
佐久間さんがニコニコ拍手をしながら歩いて来るのが見えるし。
続々と嫌味たらしく近寄ってくる男衆に、逃げたくても身体が重たくて言う事を聞かない。
まさかこんな土壇場でフル魔法で、フル正装、フル呪文なんて、穴があったら入りたい……!
ていうか死にたい! 死にたい!
死にたい!
逃げるように顔を埋めれば、ふっと小さく笑う声が聞こえてくる。
それは初めて聞くブラック様の笑う声で。
張り付いた前髪がそっと除けられると、視界に広がるブラック様の笑顔。
仮面の奥からでも分かる、笑んで細くなった目。薄い唇が描く形は、どこか見覚えのあるものだった。
「―――まぁ、こんな所だろう」
彼がそう呟くと辺りに風が舞い始め、私を地面に残して立つ彼の、視線が真上に上がる。
風に乗る、バラの香りの中から微かに漂う、バニラの香り。
「…………もしかして貴方は……」
彼は私を見降ろし、唇の端を上げ綺麗な弧を描いた。
「“庸子ちゃん”が無事に目覚めるまでが俺の仕事。どうやらそれも今日で終わりのよ―――」
「む、ヨーコ君に近づくな。ただの覇剣☆シャインめっ!」
「室長は黙っててください」
室長の声と体温が届き、それを制する。
すると一際強く風が舞い上がり、思わず目を細めた。
その先の彼は、仮面の中で細めていた目をうっすらと開き、吹き荒れる風の中その赤色の瞳を私に見せた。
「―――お節介焼きの響子の厚意、無駄にするなよ」
その赤く煌々と輝く2つの瞳が見えなくなれば風は止み、私達4人(+雅人)だけが公園に残されたのだった。
そうだよね、ブラック様も向こうの人なんだよね。
……ああ。
ブラック様はマゾヒストのMじゃなくて、ミステリアスのMでいて欲しかったなぁ。
響子さんによろしくお伝えください……。
*
「へっくしょんっ」
公園の隅の植え込みに向かって体操座りをしていても、このフレッシュ溢れる衣装は冷風から身を守ってはくれなかった。
魔王を追い返しても何故か戻らない衣装に怒りに震えていると、肩に何かがかけられた。
「ヨーコ君。とりあえず今はこれを着ているがいい」
室長が自分の白衣を脱いで私にかけてくれたらしい。
「……ありがとうございます」
ようやくこの公開処刑から身を守れる。室長の白衣を前でぎゅっと握り、残っていた温もりに目を閉じた。
1つ呼吸をして、再び目を開けて目の前にいる室長を見つめる。
これからする事の許可を貰う為に。
気付いた室長は少し困った顔をした後、ゆっくりと頷いてくれた。
そして横にずれると、室長よりも居づらそうに顔を顰めている雅人の姿がそこにある。
「……よう……ちゃん……」
すっかり憑き物が落ちた顔。
少し痩せているけれど、数時間前に見たあの酷い顔じゃない雅人の姿にほっとした。
室長達はどこへ行ったのかと捜せば、それぞれ公園の遊具で遊んでいるのが視界の端に入る。自然を装っているつもりなのか?
そこは大人しくどこかにいようと言いたいツッコミはぐっと飲み込み、出てしまわないよう、早急に立ちつくしている雅人の前に立つ事にした。
するとゆっくりと、かつ言い辛そうに雅人は口を開いた。
「俺……最低な事をしたと思ってる。謝って済む問題じゃないけど……ほんとごめん、ようちゃん……」
俯くその姿に、私より小さく見える。
「もういいよ。済んだ事だし。ねぇ雅人……」
「だけど……っ! あの日、知らない声が聞こえたあの時、取るつもりは無かったんだよ……っ! 本当だっ! 手に取っちゃったけど、駄目だと思って元に戻そうとしたのに……それきり記憶がなくて……っ」
雅人が私の肩を掴んで必死に訴えてくる。
涙が零れ落ちるそのぐしゃぐしゃの顔に、もう1度信じてみようと、首を縦に振った。
「うん。信じるよ」
「ようちゃん……っ」
ほっとしたように笑って私に腕を伸ばしてくる雅人にストップをかけた。
私の手を前にして、手が空に浮いたまま所在無げに小さく動いている。
「ようちゃ……?」
首を傾げる雅人に手を伸ばし、気づいて少し屈んでくれて近づいた顔を包み込む。
「だから、雅人。“パチンコは忘れなさい”」
そのまま顔の傍で呟けば、がくりと膝を落とす雅人。
肩に圧し掛かる重み。温もり。
―――私だけは忘れないから。
ふとその重みが無くなり、雅人を抱える人を見れば、ぐしゃぐしゃになった髪の毛の中に指を入れ軽く梳かれる。
少し頬に当たる手のひらの熱にドキリとした。
「……今、根こそぎ消しただろう? いいのかい? 彼からパチンコに関する全ての記憶を消せば、深く関わっている君といた記憶も、君の存在も恐らく無くなっているぞ」
真っ直ぐな瞳に、真剣に心配しているのが分かる。
「借金を肩代わりしてるんですよ。……これ位しても文句は言わせません。それにまた他の人に迷惑かけたら大変じゃないですか。400万で彼の人生と思い出を買ったと思えば安いものです」
「全く……君は本当に―――」
ずれてくる手のひらが、頬に触れる面積を増やしている。
すっぽり覆う大きさに、耳の後ろに指が当たるくすぐったさに、思わず距離を取る。
「―――あ、あの、宮さん。私の着替えの袋どこにありますか?」
「おう、ここにあるぜー!」
凄く自然に触れてきていた室長を視界から外して宮さんに聞けば、フェンス近くに置いてある紙袋を持って来て、私の手にかけてくれた。
「君がいいと言うのなら、私達がどうこう言う必要はないな」
「はい」
「……それにしても、どうしていきなりヨーコ君の魔力使用量が増えたのだろうか。全く不思議でならん!」
室長が呟き、私の肩が知らずびくっと上がる。
「室長がピンチになったからボーナスが出たんじゃないですか……?」
佐久間さんは人差し指を立て、閃いたといった顔で言った。
「まぁそのうち分かるんじゃねぇ? ―――嫌でもな」
と、私を見下ろしながら言う宮さんの目は、にんまりと弧を描いていた。
心の内を見透かされているのが癪で、宮さんの足を踏んで紙袋を奪い、それを持って引きずる白衣をそのままに公園のトイレへ向かう。
「痛っ! こら庸子!」
「ヨ、ヨーコ君……! どこへ行くのかね……!?」
「どこって、勿論着替える為にトイレですが」
雅人を抱えている室長の腕は、既にプルプル震えている。どれだけ非戦闘員なのだろう。
だけどそれを放り出さない室長に、頬が緩んでしまう自分が悔しい。
「どうしてそういつも情緒がないのだね! もう少し余韻という物がだな……! 別に急いで着替える必要はないだろう!?」
「急ぐ必要はありますよ」
「え?」
首を傾げる室長に、公園内にある時計を指差す。
午後0時20分。夜明けまであと数時間。
「25日になりました。クリスマスパーティしたいです。さっき全然食べられなかったのでリベンジします。あ、魔王を倒せなかった反省会でもいいですけど」
私の終電はとうに逃しているのだ。もうどうにでもなれ。
言って素早くトイレの個室へ逃げ込み、未だ信じられないブリブリの衣装を見下ろした。
“私、正義の味方になりたい!”
昔、小さかった頃になりたかったもの。
それは思っていたものと少し形を変えてしまったけれど、こうやってあの頃の夢が叶えられている。
ピンクの衣装の上を覆う室長の白衣。
それはまるで、後ろから私を支えてくれているかのようだ。
“次の恋を見つけよう、庸子! 今度は自分からちゃんといい人を見つけて好きになるのよ!!”
飛鳥の台詞が、頭の中を過ぎった。
次いで室長が私に助けを求めた時の姿を思うと、再び私の胸が高鳴るのが分かる。
「…………なにこれ……。もしかして……恋?」
ドクドクと早鐘を打つ心臓に、ゾクゾクと震える身体に私は頭を抱えた。
その手に当たる頬が熱いのが分かる。
「ヨーコくーん? まだかかるのかねー?」
「庸子さーん。お腹空きましたー」
「庸子ー! 寒ぃんだ、時間かかるんなら手伝ってやるぞー?」
トイレの扉の向こうから好き勝手言う声が聞こえてくる。
相変わらずの3人の様子に、深呼吸をして心を落ちつけた。
「……いや、まさかね。うん。信じない。と、とりあえず潰れるまで飲もう。うん。お腹空いたね」
これらの事は、それから考えればいい。
個室の扉を開ければ、まだしぶとく光る町の色とりどりの明かりが目に入った。
その光が私の足元を照らしてくれるお陰で、笑って手を振っている室長達のいる所まで迷う事なく行ける。
渡辺庸子、24歳。
私は、魔法少女をやっている。
私の戦いは、まだ始まったばかりだ。
庸子の恋心が世界を救う事を信じて!
ご愛読ありがとうございました!
というのは冗談でして☆
無駄に長たらしいものを最後まで読んで頂きありがとうございます!
無謀にも魔法少女とかに挑戦した結果、ただ大人がバット振り回しているだけの辛うじて野球ではない部活物になってしまいました。どうしてだ。
リアルさを求めたつもりだったのです(*´ω`*)
純朴M男×クールS女を目指したつもりでしたが、何とも生ぬるい結果に終わりましたし。
しかし、MS(魔法少女)になるにはM男とS女の協力があってこそ!
そんな堅い絆で結ばれた2人の物語(にこれからなる予定)と思って頂ければそれで幸いです☆




