第42話 金属バットという名の剣にかけて
4回表。
皇王牙は高校最速を更新した。
大型オーロラビジョンに表示される、169km/hという球速表示。
観客席に、熱狂の嵐が吹き荒れる。
これって確か、メジャーリーグ最速タイじゃね?
奴はここまで、1人の走者も許さないパーフェクトピッチングを続けていた。
一方の俺は、ポコポコと打たれている。
だけど無失点は続く。
敬遠したり、臭いところを突いていって四球を与えたり、安打を打たれたりで出塁は許していた。
けれども本塁は踏ませない。
併殺で、効率よくアウトカウントを稼ぐ。
皇の第2打席は、また申告敬遠してやった。
んで、そこから牽制球。
リードが大きすぎるぜ、皇。
悪いけど俺、牽制は得意なんだよね。
2打席連続敬遠への大ブーイングが、牽制タッチアウトで悲鳴に変わった。
くくく……。
いいぞ、火の国学院応援団ども。
もっといい声で鳴け。
――いけね。
心の中で、魔神サキみたいな笑い方をしていた。
俺ってけっこう、悪役が性に合っているのかもな。
スコアボードに、「0」の文字が連なっていく。
この展開、シビれるぜ。
天下の火の国学院打線が相手じゃ、ちょっとしたミスで即失点につながる。
そして相手ピッチャーが皇なら、1失点でも致命的だ。
あいつ、五里川原以外の打者にも本気を出し始めやがった。
160km/h台後半の剛速球に加えて、スプリット、チェンジアップと、持てる球種全てを解放している。
変化球が混ざると、誰もバットに当てられない。
五里川原でもだ。
皇の奴、五里川原にはシュートまで投げてきやがった。
これはデータにない球だ。
高速かつ鋭い変化で、右打者の胸元に食い込んでくるシュート。
初条のなんちゃってカミソリシュートとは違う。
日本刀みたいに鋭く、力強いシュートだ。
俺も、アウトを積み重ねていく。
持てる全ての球種と、緩急やコースのコンビネーションを駆使して。
だけどマズいな。
さすがは県内最強打線だけあって、対応力がハンパない。
1度見た球は、すぐに攻略されちまう。
投げられる球が、回を追うごとに少なくなっていく。
神経が磨り減るぜ。
もう汗だくだ。
喉が渇く。
正直言ってキツい。
だけど……。
面白い!
ゾクゾクする!
野球やってるんだって、実感する。
皇は「野球を遊びと言う奴が嫌いだ」なんて言ってたけど、やっぱり野球はゲームだぜ。
心も体も。
頭脳も技術もフルに活用して勝ちに行く、最高のゲームだ。
俺は春季大会の時に、「野球の面白さを教えてやる」なんて皇に言っちまった。
だけど野球の面白さを、あらためて教えられたのは俺の方だ。
ありがとうよ、皇。
感謝してるぜ、火の国学院。
皇の第3打席。
当然のように申告敬遠。
なんだかブーイングが、快感になってきた。
これだけ敬遠すれば、味方にも不満に思う奴が出てきそうなもんだ。
それなのに、熊門応援団からは全くブーイングがない。
ウチは公立の進学校だからな。
野球に限らずどの部も、スポーツ推薦で特待生を集めたりはしていない。
グラウンドも狭く、各運動部が交代で使う。
テスト期間中は、部活動が禁止になる。
練習量は、圧倒的に不足する。
だからお金でスポーツエリートを集めて部活漬けにする私立校に、試合で苦汁を舐めさせられることが多い。
身体能力や練習量で劣るなら、頭を使うしかない。
練習では効率を追求し、試合では頭脳や作戦、駆け引きで戦う。
それが進学校の運動部。
敬遠はルール違反じゃない。
走者というリスクを背負う、駆け引きだ。
駆け引きをせずに真正面からぶつかって玉砕する奴は、熊門魂が分かっていない。
3打席連続敬遠を無言で容認する応援団から、熱い期待を感じる。
「頭脳でスポーツエリート達を出し抜いて、俺達の無念を晴らしてくれ」と。
両軍無得点のまま、試合は7回表を迎えた。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
打席に入り、マウンド上の皇をよく観察する。
……フリをして、俺は相手守備陣のシフトを確認していた。
無警戒だな。
これでも食らえ。
俺はバントを敢行。
160km/h台後半の球にも、だいぶ目が慣れてきていた。
バットに当てることには、なんとか成功する。
だけど勢いを殺し損ねた。
ピッチャーが処理しやすい位置に転がり、皇は捕って一塁へ投げる。
射殺すような送球だった。
レベル298の身体能力も【韋駄天】スキルも封じられた俺の足じゃ、全然間に合わない。
アウト。
セーフティバント失敗だ。
失敗したのに、なぜか熊門応援団から歓声が上がった。
火の国学院応援団からは、残念そうな声とため息が聞こえる。
「皇の連続奪三振記録が、18で途切れたんだよ。さすが忍だね」
1塁コーチャーに入っていた、右働が教えてくれた。
皇の奴、そんなに連続奪三振を続けていたのか?
個人記録にはあんまり興味がないから、把握していなかったぜ。
こりゃまた火の国学院応援団から、俺は嫌われたんだろうな。
「セコいバントで、記録を止めにきた卑怯者」とか思われてそうだ。
記録阻止なんて、どうでもいい。
生きてチャンスを引き寄せたかった。
次の打者は、剣崎憲正。
スキルやレベルの力を失っても、巧打者ではある。
だけど皇みたいな化け物を打ち崩すのは、ちと難しいか?
憲正が、ネクストバッターズサークルから立ち上がった瞬間だった。
「ケンセイ様ぁーーーー!!」
大音量な応援の中でも、はっきりと聞こえた。
よく通る、澄んだ女性の声。
ウソだろ!?
なんで彼女が、こんなところに……?
地球にいるんだよ!?
俺も憲正も優子も、驚いて観客席を振り返った。
黄金の縦ロールヘア。
青く輝く瞳。
球場どころか日本では浮いてしまう、フリフリの豪華なドレス。
異世界で魔神の侵略に対抗していたウィリアム王国。
そこの第1王女。
俺達を異世界に召喚した【大魔導士】。
プリメーラ姫が、ネットにしがみついていた。
憲正の眼鏡がズレる。
プリメーラ姫の名前を呼ぼうとしたんだろう。
口を開きかけて、ゆっくりと閉じた。
――そうだ。
俺達選手は、観客席の人間と会話することが禁止されている。
「バッターラップ!」
球審が、早く打席に入るようにと憲正を促した。
「ケンセイ様! 打ってくださいませ!」
プリメーラ姫も、野球の大まかなルールは知っている。
俺や憲正、優子が、異世界で少しずつ布教していたからな。
脳内のイメージを投影する魔導具で、高校野球やプロ野球、メジャーリーグの試合を映像として見せたこともあった。
これから憲正が打席に立つことは、姫も理解しているんだ。
返事ができない憲正は、プリメーラ姫に向かって王国騎士の礼を取った。
バットを剣に見立て、顔の前で垂直に構える。
これはウィリアム王国騎士が、戦の勝利を誓う時の礼。
打席に向かう【剣聖】の背中を見て確信した。
皇のパーフェクトピッチングは、この打席で途切れると。
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