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虫食い姫は隣国の王太子殿下から逃れたい。  作者: 幽八花あかね
隣国の王太子殿下から逃れたい。2章

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31. 夏休みが始まりました 「一緒に寝よう」「……は?」



 期末考査は無事に――ジャンもどうにかギリッギリ不可を回避して――終わり、エリエノールたちは夏季休暇を迎えた。期末考査はやはりサイードが一位で、二位がレティシア、エリエノールは五位だった。


 

 夏季休暇一日目。王城に到着したエリエノールに、サイードは早速爆弾発言を投げつけてくれた。


「エリエノール。夏の間は一緒に寝よう」

「……は?」


 まだ荷解きもきちんと終えていない段階でエリエノールの部屋にやってきたサイードは、人払いをすると、真面目な顔でおかしなことを言ってのけた。


 混乱状態にあるエリエノールは、もう一度「は?」という言葉を繰り返す。


「聞こえなかったか? 夏季休暇中、寝室を一緒にしようと言っている」

「……殿下、酔っていらっしゃるのですか? 休暇中とは言え、お酒の飲みすぎはいけませんよ」

「酔ってない。素面しらふだ」

「ではお体の具合がよろしくないのですね。宮廷医を呼びましょう」

「エリエノール、ふざけるのはやめろ。僕はいたって健康だ」

「ふざけていらっしゃるのはどう考えても殿下の方でしょう!?」


 酔ってもいない、体調が悪いのでもない、そのくせ頭の螺子ねじが迷子になってしまったらしいサイードに、エリエノールは思わず声を荒らげる。

 いったいぜんたい、何がどうなって「一緒に寝よう」なんてことになっているんだ。


「一般的に、未婚の、婚約者でも恋人でもない男女は、一緒に寝てはいけません」

「そうだな。男女が一緒にベッドに入るだけで子どもができるのだものな?」


 一瞬ぽかんとしたエリエノールだったが、すぐにサイードがあの男子寮でのことを言っているのだと理解した。〝本当の子どものつくり方〟の話を思い出し、ぼっと顔が熱くなる。


「な、なんであのときのこと言うんですか?! あれからわたくしだって少しは勉強したんです! もう!! からかわないでくださいっ」

「じゃあ、どうしたら子どもはできるんだ?」

「言えるわけないじゃないですかそんな破廉恥なこと! だだだだって、あんなっ、ななななっ……ぴゃあああ」


 あまりの羞恥に耐えきれず、エリエノールは膝から崩れ落ちた――が、すんでのところでサイードに受け止められ、膝の皿を床に強打することは回避できた。


「まったく、危なっかしいな」

「誰のせいですか!?」

「すまない、僕のせいだな。まあからかうのはこのくらいにして、真面目な話をしよう」


(今までは真面目じゃなかったのかよ)


 エリエノールはサイードを睨みつける。サイードはやんわりと微笑みながら、エリエノールをソファに座らせて、自身もその隣に座った。


「あの日言ったことを覚えているか? 世の中には、無理やり子づくりしてこようとする不埒な輩もいる、と」

「覚えてます、けど。……まさか、殿下がその不埒な輩だと?」

「違う。僕じゃない。が、残念なことに、この城に君の体を狙う好色野郎がいる。しかも厄介なことに、その野郎は大きな権力を持っている。まあ、はっきりと言うのなら――」


 サイードはエリエノールの耳元に唇を寄せ、「国王陛下だ」と囁いた。

 耳への刺激と、国王陛下というあまりにもやんごとなきお方のことを聞いて驚いたせいで、肩が大きくびくんと跳ねる。


「君に限らないことかもしれないが、寝ているときの君はとても無防備だ。頬をつねられても起きないし、あー……、とにかく、簡単には起きない」


「寝起きの悪さで言えば殿下の方が勝っていると思いますが。何度声をお掛けしても、肩を揺すってもなかなか起きず、歩いている途中でようやくまともに覚醒するような人はそういません」


「今は寝起きの悪さを競っているのではない。問題は、君が陛下に手篭めにされかねないということだ。そういうわけで僕が守ってやるから、一緒に寝よう」


「なにが、そういうわけで、ですか。お断りします」

「エリエノール」


 まるでエリエノールが駄々っ子で、それをたしなめるかのように、サイードはエリエノールの名を呼んだ。

 どう考えたっておかしな主張をしているのはサイードなのに、こんなふうに扱われるのは気に食わない。


「荷解きをしないといけないので、出ていってください。どうせ殿下が独断でいらっしゃったのでしょう。アベル様とお話ししてから来てください」


「君のその、アベルへの絶大な信頼はなんなんだ? あいつだって男だぞ?」


「アベル様は、殿下よりも節度があるお方ですから。とにかく、血の匂いの問題もある今、わたくしと殿下がふたりきりだと困りますよね? 何かあったら大変です。はい、さようなら」


「本当に僕には冷たいな、君は。まあ良い。ひとまずは出ていってやろう」


 サイードは本当に渋々仕方なく、諦めていないぞという様子で、エリエノールの部屋から出ていった。エリエノールはため息をついて、荷解きを再開する。




 そして、その日の午後。

 エリエノールの部屋には、エリエノール、サイード、アベル、ミク、ダルセル、イヴェット、マチルダがいた。


 ダルセルはミクの神学教育係のひとつ年上の先輩で、イヴェットは王城などでエリエノールの護衛兼侍女役を務めている宮廷魔導士。

 まともに顔を合わせて話をするのは久しぶりのマチルダはイヴェットの同僚で、王城でミクによく付くことになっている宮廷魔導士だ。白茶色の髪に、濃い水色の瞳をした女性である。


「さて、エリエノール。僕はきちんとアベルと話をしてきた」

「それはどうも。それで、どうしてこんな大所帯になったんです?」


 今までは避けられていたような気がするのに、何故か王城に来てからはべったり貼り付いてくるミクを引き剥がそうとしながら、エリエノールはサイードに尋ねた。


「アベルと話したら、さすがに先程の提案は駄目アウトだろうと言われた」

「でしょうね」

「そこでイヴェットに協力してもらおうとしたら――まあ、こうなった」

「いや、端折りすぎでは??」


『まあ』の前にどんなことがあってこうなったかが聞きたかったと言うに。


「それとミクさん、まじで暑苦しいんで離れてください」

「ちぇー。せっかくいちゃつけると思ったのにぃ」

「夏場にすることではありません。冬ならまあ良いですよ。――で、なんでしたっけ?」


 王城内は空調魔法がかけられているとは言え、夏というだけで気分的に暑い。窓からギラギラと照りつけている太陽なんかのせいで、視覚から暑さが伝わってきてしまう。


 早速夏バテ気味なエリエノールの頭は、すっきりよく働いているとはとても言えなかった。事の流れにうまく付いていけていない。


「では、わたくしが説明いたしましょう」


 ようやくまともに取り合ってくれたのは、宮廷魔導士イヴェットだ。マチルダと目を合わせて頷き合っていたので、どうやらこれからふたりで説明をしてくれるらしい。


 ふたりはまだ若くはあるが、高等部の学生であるエリエノールたちと比べたら人生経験豊富な大人なので、こういうときは頼りになる気がする。


 イヴェットとマチルダはすぅっと息を吸って、すらすらと話し始めた。


「王太子殿下からお話を伺いまして、この夏季休暇中、わたくしはエリエノール様の専属に、マティはミク様の専属になりました」

「イヴとわたしは、夜の間もおふたりをそばでお守りします」

「しかし王太子殿下はおふたりのことをたいへん心配していらっしゃるようで、『僕も守るのを手伝わせて欲しい』とおっしゃいました」

「そこに、ミク様が『もうみんなまとめて雑魚寝で良いんじゃない?』と提案なさいました」

「王太子殿下がいろいろ手配してくださり、大部屋が用意できました。今ここにいるメンバー全員同じ部屋で、男女の間には衝立を立てて一緒に寝る予定です」

「入口がある方の半分が殿方用のスペースで、そちらで皆さん交代で起きていてくださるそうです。女子側では、わたしとイヴが交代で起きています」

「廊下には騎士を常に立たせています。室内でも殿方とわたくしたち宮廷魔導士の二重で見張りをします。わたくしとマティは最後のとりでとして、万が一の際には命をしてエリエノール様とミク様を守らせていただきます。――以上です」


 ふっとふたりが息を吐き、柔らかな微笑みを見せる。イヴェットは色っぽく蠱惑的な笑みで、マチルダは元気をくれる溌溂はつらつなお姉さんっぽい笑みだ。

 美人ふたりの笑みを見て、思わずエリエノールはクラっとした。


「なるほど……分かりました。前に、異世界者が残したという本で読んだことがあります。日本ニホンの〝修学旅行シュウガクリョコウ〟というもののような寝方ということですね?」

「そーそー。さすがエリエノール。物分かりいいね~」

「どうも」


 べたべたしてこようとするミクをかわしながら、エリエノールはサイードに視線を送る。


「そういえば、殿下。『リュウールシエル王国史』の課題のことでお尋ねしたいことがあるので、夕食後に少しお時間頂けますか?」

「……ああ、分かった」


 サイードは神妙な面持ちで、こくりと頷いた。



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