28. 思い出の『好き』 「君のそういう真っ直ぐなところが」
「――そこから、わたくしはふたつの可能性を考えました。あの魔力が誰かのものだと仮定して、それがどういう人物かということです」
「ふたつ?」
「はい。ひとつは、人と言って良いのか分かりませんが、神の血に近いものです。わたくしの出自に関する推測とも関係するのですが……」
エリエノールは赤子のときにランシアン侯爵邸の門の前に捨てられていた捨て子で、実の親は誰なのか全く分からない。
また、エリエノールは〝神の血をひくお姫様〟であると言われている――つまりその身には「神の血」が流れていると言われている。
「わたくしは神の血をひく子だと言われますが、『神の血をひく』と言ってもいろいろな可能性がありますよね。まあ、わたくしはまだ半信半疑なんですけど……本当にわたくしが『神の血』をひくなら『親が神であるか、親も神の血をひくか』ですよね?」
「ああ、そうだな」
「でもこの姿で地上にいるということは、『天界から追放されたか、地上で生まれた』ということです。そうすると可能性としては、わたくしが『堕天使である』か、あるいは『親の片方だけが神か天使である』ということが考えられます」
この世界では、魔力をこの地に齎した〝始祖神〟を筆頭に、数多くの神が存在すると信じられている。
地上にいる人間が知っている――あるいは信じている知識は、神と神の間に生まれた子が『天使』、天使と天使の間に生まれた子が『精霊』であり、精霊には生殖能力はない。
エリエノール自身が神であるということは、おそらくないだろう。
『堕天使』は聞いたことがあるが『堕神』は聞いたことがないし、もし神なのだとしたら『神の血をひく』なんて言い方ではなく単に『神』と言われるはずだ。
精霊には生殖能力がないので、精霊が親であるという可能性もない。精霊は人間の形をしていないので、エリエノールが精霊である可能性もない。
そうするとエリエノールが天界から追放された天使――『堕天使』である可能性と、親の片方が神か天使である可能性が残る。
「まあ、細かいことはよく分かりませんが――あの匂いがわたくしの血と近いということは、その血の匂いの魔力の持ち主が神や天使、またはその血をひくものである可能性があるということだと思います。天界からの血が流れているなら、聖属性っぽいけれど他の人間とは少し違う気がする……ということにも説明がつきますし」
「なるほど。つまり、天界の血をひく――普通の人間より上位のものの魔力と魔法である可能性がある、と」
「はい。その通りです」
さすがサイード、エリエノールのぐだぐだな説明でも理解してくれるなんて優秀だ。
また額の上の布を冷やして汗を拭いてやると、今度は小さく「ありがとう」と言われた。
「それで、ふたつめの可能性ですが――こちらは先程より単純です。魔王の仕業ではないですか?」
「魔王か……」
「はい。わたくしの血には魔王の魔法がかかっているわけですし、その魔王の魔力の匂いだったのかもしれません。遠隔地からあのような強い魔法をかけることも、魔王ならできそうです。でもそれだと、聖属性っぽいのが気になりますよね。魔王はこの世界の絶対悪で、闇属性のはずですので」
「たしかにそうだな」
「……まとまっていなくて申し訳ないのですが、これがわたくしの考えです。えっと、これですぐ解決というわけにはいきませんが……何なのか少しでも推測できている方が、怖くない、と思いまして」
自分の考えを話し終えて、どうだっただろうかとサイードを見つめる。サイードは黙ったまま、こちらを真っ直ぐに見つめていた。
もともとの質問は「レティシアとの接し方が分からない、仲直りするにはどうしたら良いか」だったので、この答えでは十分ではなかったのかもしれない。エリエノールは、この答えを言葉にしようと口を開いた。
あまりうまく言えない気がするが、サイードならきっと分かってくれるだろうと信じて。
「あの、どう言えば良いのか分からないんですが……殿下の今の状況をきちんとお話しすれば、レティシア様とも仲直りできると思うんです。おひとりでは不安でしたら、わたくしもお供いたします。素直にお話しすればきっと、レティシア様は信じてくださります。……それで、みんなで一緒に解決策を探しませんか? アベル様とかも、相談したら協力していただけると思うんです。ほら、『みんなでやれば怖くない』みたいな……? だから、殿下がおひとりで頑張らなくても、良いと思いますよ」
そう言って微笑むと、エリエノールが自分の考えを語り始めてから泣いていなかったサイードの瞳から、また涙が落ちた。
その涙を拭えば、「エリエノール」と名を呼ばれる。
「はい、殿下」
「……ありがとう」
「はい。まだ言いたいことあるので、それも言っていいですか? 不敬にあたるようでしたら、聞かなかったことにしてください」
「ああ、いいぞ」
すっと深く息を吸って、言葉を紡ぐ。エリエノールにしては珍しく、言いたいと思う言葉があった。
「おひとりで頑張るのは、不安でお辛かったことと思います。お疲れさまです。わたくしが嫌がることをしないように頑張ってくださって、ありがとうございます。こういうことを言うのはどうかと思うのですが……殿下が『ひとりの人間としての苦悩』をお話ししてくださって、嬉しかったです。殿下は、頑張っている姿を知られたくないようですが……わたくしは、殿下も頑張って生きているひとりの人間なんだって思ったら、その前より、殿下のことを好きだなって思うようになりました。頑張ってて偉いなって、思います。……以上、です」
言いたいことを言い終えて、ほっと息をつく。きちんと伝わっただろうか。
別に愛の告白をしたわけではないのに、なんだか気恥ずかしくなって誤魔化すように笑みを零した。
サイードが目を丸くして、やがて微笑む。
「エリエノール」
「はい」
「君のそういう真っ直ぐなところが、僕は好きだ」
「えへへっ、ありがとうございます。なんか照れちゃいますね」
こちらも愛の告白ではないだろうが、「好き」という言葉にはやっぱり照れる。
エリエノールは彼に恋はしていないが、わずかに友愛くらいの情は彼に抱いているような気がした。
もしかしたらエリエノールは、サイードとも「友だち」になりたかったのかもしれない。
「本当に、僕の前でも笑うようになったのだな。やっぱり笑顔が可愛い」
「殿下、お熱のせいか甘々ですね」
「君もなかなかだがな」
「殿下が弱っていらっしゃるので、母性本能を刺激されているんです」
普段かっこつけているサイードが熱を出して弱々しくなっている姿は、たいへん刺激的なのだ。
エリエノールも普段は言えないようなことをいっぱい言ってしまった気がするが、それも全部、悪戯な風邪のせい。
「なら、甘えても良いか?」
「甘え方にもよりますが、善処しましょう」
「手を握って欲しい。もちろん怪我をしていない方の手だが」
「それくらいなら、まあ良いですよ」
椅子を移動させて、彼の手を握りやすい位置に移動する。彼の右手はいつも通りに大きくて、けれどいつもと違って汗ばんでいて、いつもより少し熱かった。
「殿下って、手大きいですよね。頼りがいあります」
「君の手がちっちゃすぎるのもあるだろうがな」
「ふふふっ、そうですかね。いつまで握っていれば良いですか?」
「……ずっと」
「ずっとはちょっと無理ですね。すみません。放課後になればアベル様やレティシア様がいらっしゃるでしょうから、それまではわたくしが握っていますね」
「うん、ありがとう」
「はい」
しばらく彼の手を握っていると、サイードはうとうとと微睡み始めた。やがてはすやすやと寝息が聞こえるようになり、彼の穏やかな、ちょっと可愛らしい寝顔を見る。
「……おやすみなさい、殿下」
そう小声で呟いて、あとはレティシアが来るまではひたすらに静かに彼のそばにいた。
婚約者であるふたりの時間を邪魔するのは良くないだろうと、レティシアに彼のことは任せてそっと退室する。
サイードは怪我をして風邪をひいているという状況ではあったけれど、ひどく穏やかで温かな時間だった。
✽✽✽
この頃は、エリエノールは彼に恋をしていなかったと思う。
けれども彼が一度冷たくなって会えなくなってからは、何度もこの日のことを夢に見た。
「エリエノール」と名を呼んでもらえて、そばにいることを許されていたこんな日に、戻りたいと思ったことが何度もある。
思えばエリエノールは、この日に初めて、サイードに自分の何かを「好き」だと言ってもらえたのだ。
暗い牢屋の中で、何度も何度も。
エリエノールは、サイードの夢を見ている。
「殿下御乱心」編終わりです。ありがとうございました。
次回からは、「夏のはじまり変わる予感」編です。よろしくお願いします。




