25. 恋してない 「……羨ましいです」
停学処分中エリエノールは、その間に進んだであろう授業範囲の勉強と、臨時就労先で夏の〝星祭り〟の日に売る商品を作ることで時間を消費していた。
あれから義姉の夢は見ておらず、授業がないおかげでたっぷり眠ることができた。
あの事件のせいで厄介な噂はさらに広まって、その間に学校はたいへん行きづらい状況になっていた。
けれども謹慎期間が明ければ、また学校に行かなければならない。エリエノールは悪意の視線に刺され、でたらめな噂に精神をすり減らしながら、学校生活に戻った。
「殿下、触らないでください?」
「ごめん……本当に、ごめん」
学校に戻ると、合宿の後から絡まなくなってくれたはずのサイードが、またエリエノールに絡んでくるようになっていた。けれど以前と比べると、何かがおかしい。
サイードはものすごく嫌そうな顔で、エリエノールに触ってくるのだ。眉間に皺を寄せてエリエノールに触り、離れるとどうやら苛々しているように見える。
何故そんなことをしているのか、エリエノールはさっぱり分からなかった。
「殿下、どうなさったのです? 何かありましたか?」
「……なんでも、ない。きっと……ただ僕の意思が弱い、だけだ」
サイードの接触は、だんだん多く激しくなっていった。毎回顔を顰めて「ごめん」と言いながら、エリエノールに触れてくる。その表情は苦しそうで、顔色も悪くなっているように見えた。
そしてこれはエリエノールの気のせいなのかもしれないが、サイードからは何故かたびたび血の匂いらしきものが漂ってきていた。
「こんばんは、エリエノールさん」
「あっ、レティシア様。こんばんは」
火曜日の夕方、エリエノールは廊下でレティシアに会った。
最近は噂のせいでなんとなく気まずく、会っても挨拶をする程度しかできない。あの噂についてどう思っているのか、互いに聞けずにいるのだ。
「……では、またね」
「……はい」
今日もただ挨拶をして、手を振って別れるだけにしようかと思った。けれどもふとこの二日間のサイードのことが頭に過ぎり、気づけば去っていこうとするレティシアに声を掛けていた。
「あのっ、レティシア様!」
「どうしました? エリエノールさん」
「えっと……少しだけ、お話する時間を頂けませんか? ……少し気がかりなことがありまして」
緊張しながらそう尋ねるエリエノールに、レティシアはなんでもないときのように柔らかく微笑む。
「ええ、良いですよ。わたくしのお部屋で構いませんか?」
「はい、ありがとうございます。お邪魔いたします」
エリエノールはレティシアの後ろに付いて、初めて彼女の部屋に入った。
学生寮の部屋ゆえに家具はエリエノールの部屋のものとさほど変わらないものだったが、小物などは統一感のあるピンク系の色の可愛らしいもので揃えられていて、なんだかドキドキするようないい匂いのする部屋だった。
「お茶などは淹れますか? それともそんなに長居するようなお話ではないですか?」
「あっ、そんなに長話はしないつもりですので、お構いなく。……突然すみません」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。では、さっそく本題に入りましょうか。どうなさいました?」
レティシアに促されて、エリエノールはソファへと腰を掛けた。美しい女の子とふたりきりとなると、かなり緊張する。
何から話し始めるかしばし迷った後、とりあえず噂のことについて話すことにした。
「最近、いろいろ噂をされていますが……わたくしは、殿下と恋仲などではありません。殿下に対する恋情も抱いておりませんし、王太子妃の座にも興味はございません。ですがわたくしの気持ちがどうであろうと現在レティシア様に例の件でご迷惑をおかけしてしまっていることは事実ですので、謝罪させていただきたく思います。……申し訳ございません」
今まではただ何もせず流されていたが、一度きちんとレティシアに話して謝っておきたかった。謝って何かが解決するわけではないが、胸のつかえが下りたような気持ちになる。
「エリエノールさんが謝る必要はありません。わたくしの従姉妹があの事件の発端だったとは聞いています。こちらこそ、身内がご迷惑をおかけしました。……他にもお話はありますか?」
「はい。どうお話すれば良いのか分からないのですが……最近の、王太子殿下のことで。なんだか様子がおかしいというか……」
「たしかに、お顔の色が優れないように見えますよね」
頷いたレティシアは、とても心配そうな表情をしていた。仲睦まじい――最近ちょっと微妙かもしれないが――婚約者様の具合が悪そうなことは、彼女もきっと気にしていたのだろう。
「はい、それに加えて――すみません、殿下の婚約者であられるレティシア様に言うのもどうかと思うのですが――殿下がものすごく嫌そうにわたくしに触ってくるのです。まるで誰かにやらされているような、とでも言いましょうか……」
「やはり、わたくしの気のせいではありませんでしたか……。何かおかしい気はしていましたが、エリエノールさんもそう思われるということはやはり何かあるのでしょうね」
「はい。何かありそうなのですが、昨日お伺いした際には『なんでもない』とおっしゃって……どうしたら良いのか分からないのです」
サイードは絶対、なんでもなくない。何か問題を抱えているように見えるのに、聞いても教えてくれないのだ。
まだそこまで言える関係ではないということかもしれないが心配で、あんなにおかしな姿を隣で目にしていたら気にしない方が難しい。
「……分かりました。お話ししてくださるかは自信がありませんが、わたくしも明日サイード殿下に一度伺ってみますね。わたくしの婚約者のことを心配してくださり、ありがとうございます」
「いえ、つい気になってしまっただけですから。では、よろしくお願いいたします。……早く元気になっていただけると良いですね」
エリエノールには言ってくれないようだが、レティシアになら言ってくれるかもしれない。とにかくサイードが元気になってくれればエリエノールも嬉しい。
「ええ、そうですね。それにしても……エリエノールさんは本当に、殿下に恋情を抱いていらっしゃらないのですね」
「へっ? ええ、もちろん」
サイードに恋をしていないのは事実だが、わざわざこんなふうに言うのは何故だろう。エリエノールがきょとんとしていると、レティシアは可愛らしく笑みを零した。
「ふふふっ、なんでそんなこと言われたのか分からないって顔ですね。あのね、殿下に恋をしている女の子は、殿下のことを『わたくしの婚約者』って言うと表情を変えるんですよ。だからエリエノールさんのことも試してみたのだけれど……全く気にしないみたいで、驚きました」
「……殿下がレティシア様の婚約者なのは当たり前のことなのに、当たり前のことを言われて表情を変える人がいるのですか?」
「当たり前、ではありませんよ。日々足元をすくわれないように警戒して、殿下のお隣にいられるように努力しなければ婚約者は務まらないのですから。頑張らないと守れない座です」
微笑んで言われたその言葉に、はっとした。先程のエリエノールの言葉は、レティシアがサイードの婚約者であるためにしている努力を軽んじているような言葉だったのかもしれない。
「あっ、すみません。えっと、その、あの……わたくしは、殿下とレティシア様がとてもお似合いなので、おふたりは良い夫婦になるんだろうなって、思ってて……。だから、殿下のお隣には当たり前のようにレティシア様がいらっしゃると思っていたのですが、そうですよね。王太子殿下の婚約者であるためには、すごい努力が必要で……軽率な発言をしてしまい、申し訳ございませんでした」
「いえ、大丈夫ですよ。エリエノールさんのおっしゃりたいことは分かっていますから。エリエノールさんは、真っ直ぐで純粋なお方ですね。……羨ましいです」
「えっ……?」
「――もう、他に話すことはありませんか?」
「はい、もう大丈夫です。ありがとうございました」
「では、お部屋の前まで送りますね。と言っても、こちらを出てから三歩くらいの距離ですけれど」
「はい、ありがとうございます。……お邪魔しました」
エリエノールは自分の部屋の前でレティシアと別れ、部屋へと戻った。
レティシアと話すことでサイードの抱えていることが何か解決すれば良いが――と思っていたのだが、その次の日。
サイードは、思いがけない暴挙に出た。
「っ……」
「ちょっ、殿下!? 何をなさっているのですか!?」
魔法薬基礎の授業中、なんとサイードは自分の左手に自らナイフを突き立てたのだ。
(ぅおい、まじで何やってんですか貴方って人は――っ!!)
「殿下御乱心」編スタートです。これはそんなに長くないです。よろしくお願いします!
また、虫食い姫と関係ないですが、小説投稿のお知らせです。
本日朝、異世界恋愛短編「恋人の心臓を食べて自死した魔女ですが、転生したら元恋人に護衛される王女様になりました。」投稿しました。
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