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虫食い姫は隣国の王太子殿下から逃れたい。  作者: 幽八花あかね
隣国の王太子殿下から逃れたい。2章

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15. ごめんな 「君に謝りたいことがいっぱいある」

【注意要素】

R15かもしれない



「なあ、姫。悪かった。ちょっと悪ふざけがすぎただけなんだ。……そろそろ機嫌を直してくれないか?」


「機嫌が悪いんじゃありません。ただただ恥ずかしくて殿下のお顔を見られないだけです」


「……いや、今の体勢の方が恥ずかしくないか? こんなに密着されると、僕の方がいろいろまずいのだが……」


 さて、現在の時刻は夜の十時頃。まだまだ夜は長い。

 サイードから〝本当の子どものつくり方〟を教えてもらい、エリエノールは羞恥で撃沈していた。もちろん口頭で教えてもらっただけで、実践なんかはしていない。


 まさか子どもをつくるのに、あんな破廉恥な行いが必要なものだったとは露ほども知らなかった。

 動物が交尾するというのは知っていたが、人間もそうなのだとは思っていなかったのだ。人間はベッドで男女一緒に寝れば、そのうち勝手に子ができるものだと思っていた。


 エリエノールが今までに読んだ本では、きっとかなり表現がぼやかされていたのだろう。だから間違った知識をもとに、先程はあんなことを聞いてしまったのだ。

 サイードの話を聞いた今なら分かる、あの発言がどれほどの爆弾だったのか。そりゃあ顔を真っ赤にしても仕方ない。


「本当にすみません。わたくしが無知なばかりに……あんな、恥ずかしい話をさせてしまいまして……」


「いや、他の男に聞かれるよりはましだから。……それで、まだ離れられないのか?」


「離れようとすると、痛いんです。あと、恥ずかしくて本当にもう殿下のお顔を見られません」


 サイードの体を、ぎゅうっと抱きしめる。まだまだ服従の魔法の効果は残っていて、エリエノールはサイードにべったりと抱きついていた。

 一度楽な状態になると、ずっと楽でありたいと思ってしまう。彼の胸に顔を(うず)めてから、どれほどの時間が経っただろう。


「ごめん、もうあの話はしない。でもあんまり何にも知らないと君の身が危険になるのだから、ちゃんと正しいことを覚えておけよ?」


「はい、殿下。教えていただいた通り、怪しい人にはついていきません。怪しい食べ物は食べません。身の危険を感じたら叫びます。殿下以外の男性とはふたりきりになりませ――あれ? 何故殿下とはふたりきりでも良いのですか?」


 サイードの話によると、エリエノールが思っていたように本当に男の人が狼さんになることはないそうだが、子どもができてしまうような破廉恥な行為を無理矢理してこようとする輩はいるらしい。

 エリエノールは騙されやすそうだから、絶対にひと気のないところで男の人とふたりきりになってはいけないと言われた。


 ――が、「僕は大丈夫だから」「僕以外の男とふたりきりになるな」と、サイードだけは一緒にいても大丈夫らしい。

 しかしサイードも男の人であるわけで、しかもレティシアの婚約者である彼がエリエノールと子づくりしてしまえばそれこそまさに不貞行為なので、エリエノールの頭には疑問符が浮かんでいた。


(殿下も一緒にいたら駄目じゃない?)


「細かいことは気にしないで良い。とにかく自分の体を大事にしろ。分かったな?」

「……はい、殿下」


 サイードが気にしないでと言うので、気にしないことにした。寝不足だし変な魔法はかかっているし今日は食事を疎かにしたしで、頭はいつもより働いていない。


 サイードからは他にも、好きでもない人の前で脚を開いてはいけないと言われた。子づくりは、相手と心の底から愛し合った上で行えと。

 しかし政略結婚とかだと愛がなくても子づくりはすると言うし、やっぱりまだ難しくてよく分からない。


 そんなことを考えていると、耳元で囁かれたサイードの衝撃的な説明と、見せられた色本いろほんのことをまざまざと思い出してきた。


『男のものを、女の子の――』


 子づくりとはなんて破廉恥な行いだろうと、また何度目か分からない激しい羞恥に悶える。


 サイードがアベルから借りたというベッドの下の色本の絵には、もうそれはそれは恐ろしい光景が広がっていた。

 あり得ない。あんな体勢で、あんなところに、あんなものを。


 思い出すだけで恥ずかしすぎて、顔から湯気が出そうだ。


「だっだだで、おととっ、ひの、お、お、あに、とっ、おにっ、まに、ななな……」


「またか。いい加減落ち着け。また君は余計なことを考えたんだろう。驚かせてしまったのはこちらだが、そんなに壊れられるとどうして良いか分からない」


「だっ、ななな、みみみ、ままま、なに、ばばばばば」


「うん、ごめんな。そんなにびっくりさせるつもりはなかったんだが、純粋すぎる君には少しばかり刺激が強すぎたようだ。他の話を適当にしてるから、その話に耳を傾けて落ち着いてくれ」


 混乱と羞恥で脳みそが沸騰して舌もうまく回らないエリエノールの頭を、サイードが慰めるように撫でる。こんな様子だから仕方ないかもしれないが、やはり子ども扱いされている。

 頭を撫でられたことに反抗するように、抱きしめる力を強めた。


「……あのな、君に謝りたいことがいっぱいあるんだ」

「あ、やま……?」

「そう。王太子である僕がそう容易く謝罪をするのは褒められたことではないのだが、まあ今はふたりきりだし見逃してくれ」

「……あい」

「うん、いい子だ」


 またサイードの手が頭を撫で、腕を背に回される。背中をぽんぽんとされていると、少しずつ落ち着いてきた。

 ほんの少しだけ胸から顔を離して、サイードの顔を見てみる。目が合うと優しく微笑まれて、なんだか恥ずかしくなってまた顔を埋めた。


「僕は、君のことが嫌いだった」

「……しゃじゃ――謝罪じゃない、ですね?」


「出会ったときに剣を向けたのも、陰鬱だとか貧相だとか言ったのも――君のことが気に入らなかったからだった。嫌いだから傷つけば良いと思って、怖がらせて酷いことを言った。……ごめんな」


 やっぱりサイードは、エリエノールのことが嫌いだったらしい。今までは嫌われていると思っていただけだったが、いま明確に嫌いだと言われた。


 何故か涙が滲んで、べったり抱きついているのに胸がちくりと痛む。


「あと、あの日のことも改めて謝りたい。入学式の次の日のことだ。あんなふうに凄んで、勝手に傷痕を見てすまなかった。……本当に、後悔している」


 そりゃあ、後悔しているだろう。あんな醜い傷、見たくなかったに違いない。


 あの頬の傷はサイードのおかげで治ったが、今サイードのローブの下にあるこの体は何処もかしこも傷だらけで、やっぱりエリエノールは醜い。

 醜い身で尊い彼に触れていることが、途端に申し訳なくなった。


「気持ち悪いものをお見せしてしまって、わたくしこそすみませんでした」


「違う、気持ち悪いなんて思わなかった。それに君は何にも悪くない。心の傷を抉るようなことをして、君に嫌なことを思い出させて、また僕が嫌な記憶を作ってしまって……ごめんな。本当に君は何も悪くない。傷痕があることに罪悪感を覚えなくて良い。僕が後悔しているのは、君を傷つけて泣かせてしまったことだ」


 先程は「傷つけば良い」と言ったのに、今度は傷つけたことを後悔していると言う。ふたつの日の間にはほんの数日間しかなかったはずだが、その短い間に何か心境の変化でもあったということだろうか。

 やっぱりサイードのことは、よく分からない。


(でも、悪くないって……初めて言われたな)


 ずっと、エリエノールが「駄目な子」でエリエノールが「悪い」から義姉に虐げられてきたのだと思っていた。だから『君は何にも悪くない』と言われて、なんだか新鮮で変な気分だった。


 本当にエリエノールは悪くなかったのだろうか。本当に傷痕のことで、罪悪感を覚えなくても良いのだろうか。


(すぐに考えは変えられないけど……でも、そうだったらいいな)


 痛い目に遭ったのは、自分が悪かったからではないと。そう心から思えるようになりたい。そしたらもう少し、楽になれる気がするから。



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